拠点づくりと民衆の心
「だんだん形ができてきたな、カイル」
「うん。この湖を聖湖と名付けて、そのほとりに街を建てる。今はまだ外周の壁だけだけど、いずれはもっと拡張していきたいかな」
「バイト兄が工兵を連れてきたからな。とりあえず、あの大隊に任せておけば工事は進められる。けど、そろそろ周囲に向かって新しい土地の支配者として発信していかないといけないんじゃないか?」
「わかっているよ、アルス兄さん。とりあえず、この地上部分に拠点はできたからね。そろそろ、動こうと思っていたところなんだ」
「そうか。無用な心配だったかな。ま、カイルが思うようにやってくれ。なにか手伝ってほしいことがあれば言ってくれればやっとくから。つっても、当分は排水関係で動けないかもしれないけど」
「ううん、そんなことないよ。ありがとう、アルス兄さん。いろいろ助かっているから、あとは自分でなんとかするよ」
聖都跡地は空に浮かべた。
その土地は一応俺の土地ということにしている。
神の盾アルス・バルカの土地に聖都を再建し、そして、その聖都の統括管理者にミリアリアを任命したという形になる。
つまり、空の土地はカイルの、リード家のものではない。
あくまでも、フォンターナ王国から人材を連れてくるための一時的な中継地点となっているが、リード家としては地上で拠点を作っていく必要があった。
なので、南にやってきたカイルはしばらくの間、地上で拠点づくりをしていたのだ。
大地のくぼみが巨大な湖になった。
どうやらこれを聖なる湖ということで聖湖と呼ぶようにしたようだ。
その聖湖のそばにカイルの木精で塩草を生やし、麦を育てて食料確保の目処をつけた。
そして、その後はバルカの魔法のなかでも【壁建築】などを使える者たちを使って、拠点をせっせと作っていたのだ。
現在はとりあえず、軍を引き入れ駐屯可能にできて、かつ、周囲の難民たちをある程度受け入れられるだけのスペースも確保できた。
本当ならばすぐに盗賊退治なども行いたかっただろうが、まずはしっかりと土台作りをする。
そう判断したカイルの考えに間違いはないだろう。
だが、あまり動かなさすぎるのも良くない。
もう時期的にいつ雪が降ってもおかしくないのだ。
雪が降る前にある程度周囲を掌握しておいて、この近辺はリード家の土地だと縄張りを主張する必要がある。
そうすると、多分ラインザッツ家や周囲の他の貴族や騎士が反応することになる。
急に現れた北を本拠地とするフォンターナの一味が土地をかっさらっていくのだ。
到底許せるものではないだろう。
だが、他の勢力も雪が降れば動くことはできない。
おそらくは来年の冬が明けてからが動くタイミングになるだろう。
つまり、カイルは来年までに周囲の勢力に対して少なくとも互角に対抗できるくらいの力を持たなければならないのだ。
そのためには、逆算すると今年のうちに近隣の無法地帯になっている土地にいる盗賊たちを従えておき、それらを戦力として活用できるくらいにまで訓練させる必要がある。
もちろん、最低限戦闘中に裏切らないようにリード家に対しての忠誠心なども必要だろう。
こう考えると、なかなか鬼のようなスケジュールだ。
もしこれが俺の場合だったら、あまりに面倒な条件がありすぎて嫌になっていたかもしれない。
特に、盗賊たちの心を掴むというタスクが面倒くさすぎる。
すでに他者から奪うことに慣れてしまっているであろう荒くれ者たちを服属させて、それをリード家の支配する土地の住人だと認めさせたうえで使っていくのは難題だからだ。
多分、盗賊退治のときにあまりにも過激にやりすぎると失敗するだろう。
なにせ、もともとは彼らもこのあたりに住んでいた普通の人間なのだから。
人は身近な者が殺されて嬉しく思うはずもない。
そんなことをすれば恨まれるだけだろう。
だが、ある程度こちらの力を見せておかなければならない。
もしも、盗賊たちを従えるために甘い判断で妥協するようなことがあれば、その話が広がってリード家は頼りないと思われてしまうかもしれないからだ。
そうなればどうなるか。
周囲に確固とした地盤を持たないリード家が今後覇権貴族やそれに連なる大貴族同盟相手に孤軍奮闘して生き残れるはずがないと周囲の人間に見られてしまうことになるだろう。
であれば、一度はリード家の下についた者たちも、いざ戦いになるとすぐに自分の命かわいさに逃亡してしまうかもしれない。
つまり、カイルがこの地で領地を得るために重要なのは土地を得ることではない。
そこに住む民衆の心を掴む必要があるのだ。
リード家はこの地を治めるだけのしっかりとした力があるところを見せながらも、不必要に恨まれたりしないように気をつけて。
それも可能な限り早くそれを終えて、来年に向けて備える必要もあるということだ。
なお、俺の方はそれに対して直接力を貸さないつもりで今のところは考えている。
よくも悪くも、俺の名はかなり広まっているからだ。
聖都を滅ぼした神敵ナージャを倒した者として。
あんまりでしゃばりすぎて、この地が俺の支配地だと認識されるようでは困る。
それに、俺も工事をしなければならない。
かつて迷宮核が埋まっていた聖都の跡地の地下深く。
大地のくぼみとなったその地面の底の場所へ俺は水石を埋め込んで、聖湖を作り上げた。
が、当たり前だがこれは異常な天変地異と同じである。
水石は大地のくぼみから溢れ出る魔力に反応して水を出している。
出し続けているのだ。
それが巨大なくぼみを満たすほどの水として溢れ出している。
今はまだいい。
カイルが木精を使って食料となる農作物を一気に増やしたので、その分だけ水が消費されたのだ。
だが、少しずつ増え続けていく水量を放置しておくわけにはいかないだろう。
そんなことをすれば、周囲は水浸しになり、リード家の拠点も無くなる。
このへんが死の土地から水浸しの土地に変わることになってしまう。
こう考えると、もしかしたらネルソン湿地帯から西にずっと続いていたあの地形も水石が関係しているのかもしれないなと思った。
あそこまでの広大な土地が水で覆われているのはちょっと不思議な現象だったからだ。
地下に埋めた水石の大きさそのものが小さいので、あれほど巨大な湿地帯になるようなことはないと思うが、それでも対策が必要だろう。
とりあえず、他の川や地下水脈につながるようにして水が流れていくようにしておく必要がある。
それにほかにも、農業用の用水路にも使えるようにしておいたほうがいいだろう。
あるいは、いずれ聖湖ほとりの拠点を拡張して街を広げていった時のために、今から堀や下水道などを作ったりしておくのがいいだろうか。
とにかく、俺は急ピッチで増えていく水の対処をする必要があった。
カイザーヴァルキリーに魔力を分けてもらいながら、水路作りをしていく俺。
俺がそんな作業に手を取られている間にカイルは周囲の盗賊たち相手に軍を率いて向かっていったのだった。
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