取引の裏
「わー、すごい。ねえねえ、見てみて、聖女様。こんなに食べるものがあるよ」
「ええ、本当ね。これらはすべてあなたたちの分です。遠慮なく食べてくださいね」
「やったー。いただきまーす」
山のように積まれたたくさんのパン。
しかも、保存性を高めるために固く焼かれたものではなく、美味しく食べられるようにとやわらかく焼かれたという白いパン。
それが、本当に山のように子どもたちの目の前に積まれていました。
信じられません。
私がそうなのですから、子どもたちはもっと信じられないでしょう。
つい先日までは食べるものにも苦労して、常にお腹をすかせていたのです。
だというのに、今は食べ切れないほどの食料がある。
それを可能にしたのは、神の盾アルス・バルカ様の弟であるというカイル・リード様でした。
いえ、厳密に言えば両者の力で実現した、と言えるのでしょうか。
死の土地と言われた聖都跡地がまるごと天へと打ち上げられ、その後には地上に大地のくぼみが出現することになりました。
それを、アルス・バルカ様はいきなりくぼみの中に降りていき、そしてしばらくすると底から水が湧き出てきたのです。
大量の水が広大な敷地面積を誇っていた聖都という街のあとにできたくぼみに溜まっていきます。
まるで、巨大な湖でした。
彼は大地を空に浮かべるだけではなく、湖まで作り出したのです。
ですが、アルス・バルカ様だけが規格外の人物というわけではなかったのです。
この荒廃した死の土地を元の豊かな土地へと戻すのは、彼ではなくカイル・リード様であると聞かされていました。
そして、その実力を改めて見せつけられたのです。
カイル・リード様はアルス・バルカ様が作り出した湖のそばに畑を用意しました。
まだ、塩の影響が残っているであろう土地に、木の精霊の力を使ったのです。
そして、次の瞬間には大地に輝かんばかりの黄金色の麦が生え揃っていたのです。
フォンターナ王国でも特にバルカ領で栽培されているというバルカ麦。
一粒が大きく、また、他の麦よりも一束での収穫量が多いと聞きます。
そんな品種改良されたバルカ麦が、もう冬になるというこの時期に、種を撒いたその直後に収穫可能な状態まで育てられていたのです。
この兄弟はいったい何者なのでしょうか?
兄であるアルス・バルカ様もよくわかりませんが、彼よりも弟であるカイル・リード様のほうが魔力量もあるようです。
そして、自在に操ることのできる精霊の使い手。
かつて、教会が成立する以前に存在した真の魔法使いとも呼ばれる精霊術士だとでも言うのでしょうか?
ただ、話を聞くと精霊もなんでもできるわけではないようです。
植物の急激な成長は基本的にはその土地の力を大きく削ぎ落としてしまうといいます。
であるというのに、なんの遠慮もなくこうして精霊の力を使っているのは【土壌改良】という魔法と大量の水がある湖があるからだとか。
なるほど。
なぜいきなり湖を作ったのかと疑問でしたが、これが理由だったのですね。
こうして、子どもたちに【土壌改良】をかけさせた土地にカイル・リード様が麦を急成長させて、大量の食料を備蓄することができました。
畑にした土地以外は塩草が生えるようにしておいて、後は精霊の力を借りずとも収穫ができるようにしておいてくれるようです。
カイル・リード様の計画ではいずれは木綿という植物も育てるおつもりであるそうです。
それがあれば、衣服には困らなくなる。
衣服と食料、そして後必要なのは建物でしょうか。
これも問題なさそうです。
カイル・リード様が食糧問題を解決してくださった間に、アルス・バルカ様がいつの間にか建物を建てていたからです。
「あの、この建物はいったい? いつの間に作ったのでしょうか?」
「ああ、これですか、聖女様。私が魔法でパパッと建てておきました。フォンターナの街にある大教会のような建物をいきなり再現するのは無理だったのですが、バルカニアのような街にある一般的な教会とそれに併設される孤児院をそのまま作っておきましたよ。とりあえずこれでいいですか?」
「え、ええ。問題はないかと思います」
地上に降りて湖のそばの畑を子どもたちが【土壌改良】するのを見守る。
そして、その他の仕事が終わり、夕方に今度は転送魔法陣を使って空に上がりました。
すると、そこには朝にはなかったはずの建物がありました。
……どうみても、これは教会ですね。
彼の言う通り、人口の多い街にあるような教会の建物です。
さらに、街には教会の建物とともに作るように貴族と教会の双方で取り決められている孤児院までもが用意されていました。
この建物はどうやって作ったのでしょうか?
バルカの魔法ではレンガを作ったり、壁を作る魔法があります。
でも、こんな建物を作れるものなのでしょうか?
……いえ、愚問ですね。
地面を空に上げたり、湖を作れる人物が建物を作るくらいわけないのでしょう。
自分でもほんの少しの間にそれまで培ってきた常識を壊され始めていることを感じつつ、私は現状を素直に受け入れたのでした。
「ちょっと、聞いていますか、聖女様?」
「あ、はい。ごめんなさい。なんでしょうか?」
「だから、ここの教会は青の聖女ミリアリア様にお任せしますよ、って話です。いずれここを聖都として復活させたいことでしょうが、今はこの教会で我慢してくださいね」
「ありがとうございます、アルス・バルカ様。このように教会としての様式が整った建物まで用意していただけて、それ以上無理を言うつもりはありません。感謝いたします」
「いえいえ。そんなに気にしないでください。ミリアリア様にはこの聖都で新しい教会組織を取りまとめていってもらわなければなりませんからね」
「……え? あの、聞き間違いでしょうか? 新しい教会の組織ですか、アルス・バルカ様?」
「そのとおりですよ。ここは、新しく作られる教会である南方教会の本拠地になるんですよ」
「……おっしゃっている意味がよくわかりませんが」
「そのまんまですよ。この聖都跡地という聖地に教会組織を作ります。が、それはフォンターナの街にあるパウロ教皇の教会とは少し違う。青の聖女ミリアリア様がもうひとりの新しい教皇となって治める新たな教会になるのです」
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてそうなるのですか?」
「だって、しょうがないでしょう。パウロ教皇は教会組織を再編しました。が、実際はパウロ教皇に従わずに、ミリアリア様のように教会とは離れて独自に動く聖職者もいないわけではありません。それらの勢力を無理なく取り込み、まとめていくにはパウロ教皇の主導する聖光教会とは別の新しい教会があったほうがなにかと都合がいいのですよ」
……この人は何を言っているのでしょうか?
いえ、言っていることの意味はわかります。
それに狙いも分かる。
確かに、私と同じように聖都を放置して離れたパウロ教皇主導の今の教会の動きに不満を持つ教会関係者が他にいるのは間違いありません。
それらを取り込むという狙いは一見すると理にかなっているようにも見える。
ですが、彼の狙いは違うのではないでしょうか?
この世界では、すべての人が教会のもとで暮らしている。
つまり、どの貴族やあるいは王家などよりも遥かに教会は力を持っているのです。
その教会を二つに分ける。
聖光教会と南方教会という二つの教会に。
それはすなわち、強大な力を持つ組織を一気に弱体化させるということにほかなりません。
私は嵌められたのかもしれません。
突然に現れ、周囲の状況を大きく変えられた状態で唐突に突きつけられた条件を受け入れて、私は彼と取引してしまった。
お互いに協力する、と。
そして、その条件は土地の回復と貧困問題、そして聖都の復興でした。
ですが、その取引の裏をかかれた。
彼は聖都を復興させると約束した。
けれど、それがまさか別の教会組織という名のもとの復興だというのでしょうか。
あまりにも強引な屁理屈です。
ですが、私はこの提案をはねのけることができるのでしょうか。
大地を浮かべ、湖を作り出し、食糧問題を一気に解決してしまうこの兄弟に対抗することは可能なのでしょうか。
あまりにもとんでもないことを言われ、混乱した私の頭には、とんでもない者と取引を結んでしまった少し前の自分に文句を言いたくなってしまったのでした。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





