土地の変貌
「こんなに塩草が増えたけど、体に害はないよな?」
「大丈夫だよ、アルス兄さん。この植物は地中にある根っこを直接触らなければ体に影響はないはずだから」
「なるほど。じゃあ、聖女様と一緒にいた子どもたちを使って草抜きでもやらせるか。金を払って仕事とすればいいだろう。かまいませんよね、聖女様?」
「ええ。ですが、地上にはまだ他に残された子どもたちがいます。できれば、その子らもここに連れてきてはもらえないでしょうか?」
「うーん。そうですね。でしたら、この浮上した土地に私が教会と孤児院を作りましょう。そこに聖女様が子どもを連れてくればいいでしょう」
「ありがとうございます。感謝いたします、アルス・バルカ様」
カイルの精霊を使った土壌回復作業だが、欠点が唯一あった。
それは大量に根を張った塩草の処理だ。
どうやら、地面に生えているだけではあまり人体に影響はないらしい。
が、それを引き抜いて処理するのには毒に対する耐性が必要となる。
そのために、俺はミリアリアと同じように子どもたちを利用することにした。
ナージャによる影響で魔法が使える子どもであれば【毒無効化】が使える。
そんな子どもたちを集めて、塩草を回収させる。
で、その後は【整地】や【土壌改良】の魔法を使わせればいいだろう。
塩害の原因となっていた過剰な塩が無くなった土地であれば、【土壌改良】によって実りある土地が出来上がるはずだ。
俺がそれらの一連の仕事に対して金を払うようにすれば、孤児となった子どもたちに仕事を与えることができる。
とりあえず、それで当面の貧困問題対策ともなるはずだ。
そうなると、あとは地上にいる盗賊化した民衆だろうか。
そちらの対処をしておかないと、とても領地を統べるどころの話ではなくなることになる。
「カイル。これから俺がここと地上を繋ぐ転送魔法陣を作る。お前は地上に降りて、同じように土地の再生を頼む。で、それが終わり次第、地上で活動拠点も作って周囲を安定化させろ。一般人がナージャの置き土産で魔法を使えるようになっていて、その力で盗賊となっているらしいから気をつけてな」
「わかったよ、アルス兄さん」
「聖女様はカイルと一緒に地上に降りてともに行動をお願いします。孤児を集めるのと、周囲の盗賊の情報をカイルに伝えてください。あと、信頼できる商人がいるなら、カイルとの面通しもお願いします」
「ええ、分かりました」
「よし、じゃあ早速仕事に取り掛かろう。本格的に冬が来る前に一段落させるように急ごうか」
よく考えたら、冬になれば塩草は勝手に枯れるかな?
子どもたちの仕事は他にも必要かもしれない。
まあ、いいか。
枯れた場合の地中の塩分濃度がどうなるかわからないし、やっぱり草抜きはさせることにしよう。
あとは、地形の問題が残っているか。
聖都跡地は俺が地面をえぐり取るように空へと持ち上げた。
元々迷宮核が埋まっていた地下深くまでの土を浮遊石に変えて浮かせている。
そのために、地上部分は大きなくぼみになってしまっているはずだ。
一度、魔導飛行船に乗って地上に降りた俺は、その大地のくぼみのそばの適当な場所に転送魔法陣を作った。
これは空の土地と繋がっていて、それを利用してカイルたちが移動してきた。
カイルのほうはさきほどと同じように精霊を利用して周囲に塩草を増やす。
その間に俺はくぼみの奥へと下っていった。
このくぼみの一番下の部分には少し前まで迷宮核があった。
かつての聖都と呼ばれる教会の本拠地の地下であり、そして、その迷宮核は神界から地上への帰還ポイントとして機能していた。
そして、今回のことで俺もはじめて知ったのだが、どうやらこの場所は少し特別なところらしい。
なんと言えばいいのだろうか。
地中から地上に向かって魔力が湧き出てくるポイントになっているのではないだろうかという気がする。
地中から吹き出る魔力を迷宮核が吸収することで、その力を長年維持し続けていて、神界との接続を可能としていたのではないだろうかという気がするのだ。
ようするにここは魔力的な特異点というべき場所だった。
だからこそ、それを利用して聖都ができたのかもしれない。
両目に魔力を集中させて、視覚的に魔力を観察するとまるで噴水のように魔力が湧き出て天にまで昇っていくさまが見えていた。
この膨大な魔力を利用しない手はないだろう。
俺はこの魔力の吹き溜まりに二つのものをセットすることにした。
一つは水石だ。
これは天界であるバルカニアでも使っているが、魔力を注ぎ込むと水が発生する不思議な石だ。
神界や天界という空にある場所でも水が何不自由なく存在する理由でもある。
この水石を魔力の吹き溜まりにセットすることで、地中から湧き出てくる魔力と反応して水が出現し、溜まっていく。
その結果、地上部分の聖都の跡地であり、今は大地のくぼみとなっていたこの場所が巨大な湖のようになっていった。
これをしたのは土地の再生のためでもある。
カイルの精霊を使った力はすごいのだが、以前ネルソン湿地帯で俺とカイルが米の品種改良をしたときもそうだったが、木精は植物を急成長させる力があっても土地の力や水は普通に消費するのだ。
つまり、カイルが土地の再生のために塩草を増やすという行為は、超短期間で地面の栄養と水分を使い切ることにもなる。
土の栄養は【土壌改良】でなんとかなるが水はそうもいかない。
そのため、精霊を使っても土地に水が不足しないように手立てをしておく必要があったのだ。
そして、その水石とは別に、もう一つセットしたもの。
それはアトモスフィアの欠片と転送石、さらにヴァルキリーの角を【合成】した、いうなれば転送精霊石というものだった。
以前、ブーティカ家のルークと一緒に協力して作っていたものを利用することにしたのだ。
水石を置いたよりも下の、大地のくぼみの一番底に転送精霊石をセッティングする。
そして、もう一つ同じものを、空に浮かんだ聖都跡地にもセットした。
さらにいうと、天界にあるアトモスフィアにもピタリとはめ込むようにくっつけた転送精霊石が存在している。
この転送精霊石の効果は非常にシンプルなものだ。
わかりやすく言えば、アトモスフィアの子機、という感じになるだろうか。
だが、アトモスフィアからの一方通行の関係ではなく、双方向の働きもある。
つまり、大地のくぼみの底の膨大な魔力が溢れている地点に転送精霊石をセットすることで、その転送精霊石から天界にあるアトモスフィアにも魔力が流れ込むのだ。
そして、その逆にアトモスフィア側から子機に働きかける効果もある。
空に浮かんだ転送精霊石が擬似的なアトモスフィアの代わりになるという効果だ。
つまり、天界という土地の管理をしているアトモスフィアの機能を他の場所でも発揮できることになる。
アトモスの戦士から、大地の精霊が宿りし偉大なる石、と呼ばれるアトモスフィア。
そのアトモスフィアは今は天界バルカニアにあり、そして、その地を維持し続けている。
空に浮かんだバルカニアという土地を自動修復しつつ、雨風で崩れていかないようにしてくれているのだ。
単に浮遊石を使って空に浮かべた土地は、そのままではただ単に浮いている岩みたいなものだ。
いずれは風化して崩れ去ってしまうことになるだろうと考えられる。
なので、それをなんとかして食い止められないだろうかとずっと考えていた。
そのためにはアトモスフィアのような巨大な精霊石をどこかで見つけてこなければならないのかとも思っていた。
だが、この転送精霊石がその問題を解決する一助になる。
大量の魔力が湧き出ているこの地に一つの転送精霊石を埋め込むことでアトモスフィアとの間に魔力的なつながりを作った。
このことにより、アトモスフィアの魔力は常時回復することができ、その結果、他の離れた土地に影響を与えても迷宮核としての機能を失うことも無くなる。
それまでは研究中にできた偶然の産物であっただけの転送精霊石。
それを利用してアトモスフィアに魔力を供給しつづけるのは普通では難しかった。
空に浮かんだ土地で農業すら可能になるほどの魔力の補給源というのは早々見つからなかったからだ。
だが、この聖都の跡地を手に入れたことでそれも可能となった。
ナージャと戦ったあのときは地中からこんなに魔力が溢れているということは気づきもしなかったが、この発見があっただけでも今回のリード家の領地獲得戦争にわざわざ出てきたかいがあったと言えるだろう。
おそらくは、これで空の聖都跡地も風化することはなくなるはず。
あとは天空城バリアントにも同じ処置をしておいてもいいかもしれないな。
こうして、空に浮いた前線基地は持続的に利用可能なものとなり、地上部分では土地の再生が急ピッチで行われていくことになった。
これにより、ナージャによって滅ぼされたまま放棄されていた聖都跡地は僅かな期間で大きな変貌を遂げることになったのだった。
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