土地の再生
「よう、カイル。お早い到着だな」
「アルス兄さんの行動のほうが早いけどね。すごいね。もう、聖都跡地を浮かび上がらせたんだね」
「カイザーヴァルキリーがいたからな。あっという間だったよ」
「そっか。カイザーヴァルキリーもありがとうね」
「キュイ」
空に浮かんだ聖都跡地に設置した転送魔法陣が反応し、そこにカイルが現れた。
そのカイルと一緒に他にも沢山の人がいる。
どうやら、急な話にもかかわらず集まったカイルの新しい部下たちらしい。
というか、数百人もいるがこれ全部急遽集めた人材なのだろうか。
多分まだまだ集まってくるのだろう。
「もうこんなに人を集めたんだな、カイル」
「うん。ちょうどボクがガロード様にシャーロットを連れて挨拶に行くって日でもあったからね。フォンターナの街にも知り合いが沢山いたんだ。だから、声をかけて回って一緒に来てくれる人をすぐに集められたよ」
「ふーん。けど、やっぱあれだな。集める人材にも特徴が出るもんだな」
「そうだね。やっぱり、ボクについてくるって人はどっちかと言うとおとなしい人が多いのかな?」
「それで大丈夫なんだよな?」
「うん。なんとかなると思う。ここまでアルス兄さんが手を貸してくれているし大丈夫だよ」
カイルと一緒にいる連中の顔を見る。
今、ここにいるのはフォンターナの街にいた者とバルカから集まってきたものだろうか。
全員知っているわけではないが、俺が見たことのある者も多い。
が、その多くはどちらかというと文官タイプの連中だった。
あるいは、貴族や騎士の子息ではない一般人上がりの者たちと言い換えてもいいだろうか。
やはり、カイルの魔法が関係しているのだろう。
直接的な攻撃魔法がないリード家の配下となって姓を授けられて騎士となったとしても自分が攻撃魔法を使えるようになるわけではない。
ましてや、カイルはフォンターナ家からも名付けを受けていないので、【氷槍】や【氷精召喚】などの魔法が使えるようになるわけでもない。
そのため、リード家が新たに領地を得られて、かつ、その中核を担う家臣団がいないという状態であるにもかかわらず騎士の息子たちはカイルについてこなかったのだろう。
これがもし、バイト兄だったら、多分貴族や騎士などの特権階級の子どもたちであってもついてきたのかもしれない。
しかし、だからといってカイルのもとに人が集まらなかったというわけではない。
むしろ、俺達が話し合って聖都跡地やその周辺を切り取ると決めたのはわずか数日前の話なのだ。
その時点ではいなかったカイルの部下というべき存在が、今はこうしてカイルと一緒にここにいる。
なんだかんだでカイルは今までフォンターナ軍で将軍として指揮をとってきて、実戦でも模擬戦でも誰にも負けたことがないという実績がある。
攻撃魔法がないという点を除いて言えば、十分に付き従って領地切り取りに参加するだけの価値がある人物と見做されているのだろう。
そう考えてここに来たのは農民や町人出身でありながらも、学校などで勉学に励んで立身出世を望んだ者たちが多かったようだ。
通常では戦場で活躍した者が騎士に従士として取り立てられて、その従士がさらに騎士のもとで励んでようやく新たな騎士として認められるかどうかが従来の出世コースだった。
そんな常識を打ち壊して、勉強すれば魔法を授けられて領地運営の仕事につけるようになった。
が、今回はさらに新たな貴族領として出発するリード家の重役になれる可能性があるからこそ、名乗りを挙げたのだろう。
ここにいる連中は文官タイプではあるが、皆やる気で満ち溢れていた。
しっかりと、カイルのために働いてくれるのは間違いないだろう。
「で、そちらの女性は誰なの、アルス兄さん?」
「ああ、紹介が遅れたな。こちらは青の聖女とも呼ばれているミリアリア大司教だ。聖女様は荒廃した聖都近郊でこの地に暮らす人々のために働いていた。今回、俺たちにこの地の復活を求めて協力を打診してきたってわけだな。これからはこの聖女様と一致団結してこの地を再興していくことが求められている。頼んだぞ、カイル」
「なるほど。そういうことか。わかったよ、アルス兄さん。聖女ミリアリア様、私はカイル・リードです。あなたの要請を兄アルス・バルカを通して受けて、この地に馳せ参じました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ミリアリアです。よろしくお願いいたします、カイル・リード様」
カイルから見ると、魔導飛行船に乗って南に旅立った俺がその地で知らない女性と一緒にいたように見えるはずだ。
少なくとも先日の話し合いでミリアリアの存在など議題にも上がっていなかった。
が、俺の発言を聞いてすぐに状況を理解したらしい。
すぐに機転を利かせて、ミリアリアへの挨拶をするカイル。
そのカイルの頭の回転の速さを見て、少しホッとしたのかミリアリアの顔も先程までよりも落ち着いたように見える。
「それでだ。聖女様の一番の関心事はこの荒廃した死の土地の再生だ。塩害によって作物が育たなくなったこの地をもとに戻さないことには、これからの話を進めようもないってことだな。というわけで、お前がなんとかしろ、カイル」
「ボクが? ここでミリアリア様の前で土地の再生をしてみせればいいってこと?」
「そういうこと。実際に目の前でやってみせるのが一番だろ。はい、これ。これは塩草っていって、土の中の塩分を根っこで集めてくれる効果のある植物だ。こいつを使え」
「ああ、アルス兄さんがさっきから手に持っていたそれって塩草だったんだ。初めて見たよ」
「え? 塩草を知っているのか、カイル?」
「うん。ミームさんが賢人会議で植物の知識として報告をしていた中にあったよ。確か、媚薬になるんだよね?」
「え、そうなのか? 媚薬?」
「アルス兄さん、知らなかったの? 教会とドーレン王家が秘蔵する奇跡の植物で、どれほど長生きした神の使徒でも元気になる薬の原料になるのがその塩草だったはずだけど」
まじか。
てっきり俺はもっと危険な代物だと思っていたが、どうやらかなり俗物的なものだったようだ。
が、そういうこともあるのか。
数百年以上生きた神の使徒は肉体が衰えなくとも、精神的に老成しきってしまうのかもしれない。
そんな神の使徒でも子どもを作れるお薬という意味合いがあったのだろうか。
あるいは、適切に管理し、調合して危険性を排除した薬というのがその媚薬なのかもしれないが。
「ま、まあいいや。とりあえず、この塩草は土壌に含まれる塩分を回収する効果がある。これを使えば、塩害は収まるはずだ」
「了解。なら、とりあえずここでやろうか。精霊さん、よろしくね。この聖都跡地に塩草を増やしてほしいな」
まあ、なにはともあれその塩草を利用して土地の再生を開始した。
どうやら、この塩草は地中の塩分を取る効果はあるものの、それほど大量に草が生えるわけではないらしい。
なので、事前にミリアリアに聞いた感じだと当分の間はまばらに生える塩草を回収しつつ、しかし全部は取りきらずに増やすようにして数年から下手をすればもっと長い期間を使って塩害を解消していかなければならなかった。
だが、カイルがいればそんな悠長なことをしなくともすむようになる。
なぜなら、カイルは北の森で精霊と契約したことがあるからだ。
その精霊は木精とでも言うべきもので、植物についてなんでもできるといっても過言ではない。
カイルが木精に対して、空に浮かんだ聖都跡地に塩草を増やせと命じる。
すると、カイルの体から飛び出るようにして出てきた光の玉のような木精が、一度俺からカイルに手渡した塩草に触れて、次に地面へと降りた。
そして、光る。
その光は柔らかな緑色だった。
まだ、深夜の暗い中で精神を落ち着けるような優しい緑の光が木精を基点として周囲に広がっていく。
そして、その光の届いた土にはそれまではなかった草が生えていた。
それらはすべて塩草だった。
こうして、聖都跡地を汚染していた土壌に含まれる塩分は、カイルの精霊魔法によってあっという間に塩草を増やし回収する目処がついたのだった。
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