無法地帯
「で、結局、塩草から作った薬物はなぜ必要だったのでしょうか、聖女様?」
「なぜ、というのはどういう意味でしょうか?」
「単純にお金を手に入れるだけが目的ではないですよね? 教会本部が北で再建されたといっても、このあたりも他の貴族領でもまだまだ教会組織は盤石です。青の聖女であるあなたがその影響力を発揮して、資金集めをすることも可能だったはずですが」
「……アルス・バルカ様はこの周囲が現在どのような状況になっているか、あまりご存じないようですね。今、この下の地上ではいわゆる盗賊たちで溢れかえっているのですよ」
「盗賊?」
「はい。神敵であるナージャが登場して以降、聖都から旧ギザニア領や旧へカイル領にかけて無数の魔法使いが出現しました。それらは、他の貴族とは違い、いくつもの魔法を行使することができるのです」
「ああ、なるほど。それまでただの一般人だった者たちが攻撃魔法を使えるようになった。そして、土地は塩害によって荒れ果てている。つまり、食料がない。となると、ごく普通の人が盗賊に早変わりってことですね」
「そうです。そして、周囲の土地を治めている騎士領の騎士ではそれらの盗賊にうまく対処できなかったのです」
「なぜですか? 確かに厄介だとは思いますが、対処不可能であるということはないかと思うのですが」
「盗賊たちの拠点の防御力がことごとく強固だったからですよ。この地に現れた盗賊たちの拠点はすべて高い壁で覆われているのですから」
あ、そっか。
ナージャの影響下にあった一般人たちが魔法を使えるようになったということは、つまりは現在ヴァルキリーが使える魔法を使えるということだ。
ミリアリアは子どもたちに【毒無効化】の呪文を使わせて塩草を回収していた。
だが、大人たちは違ったのだろう。
手に入れた魔法をもっと直接的に使用することにしたのか。
盗賊となった連中は自分たちのアジトを【壁建築】などで囲って強化したのだ。
そして、そんなアジトが一つや二つではないに違いない。
無数に現れる盗賊がそれぞれに固い守りのアジトを持っているとなると、そりゃ対処も難しいだろうな。
「あれ? でも、そうなると【土壌改良】も使えるんじゃないんですか? あれで土地に魔法をかけて作物が育つようにすればいいのでは?」
「それがどうやら駄目なようですね。おそらくはあまりにも広範囲に塩害が発生しすぎたのでしょう。あるいは、川や地下水なども汚染されているのかもしれません。【土壌改良】という魔法を使えば、たしかに一時的には良いのですが、すぐに塩の影響を受けるようです」
「なるほど。まあ、あれは一定範囲の土地を耕すだけの魔法ですからね。もしも、塩害の影響を無くすならもっと広い範囲で土地をもとに戻さないといけないわけですか」
「……もしかして、土地の力を回復させることはできないのでしょうか?」
「あ、いえいえ、それについてはご心配なく。なんとかなると思います。ま、それはひとまず置いておいて、要するに聖都跡地からその近辺の土地までが本当に無法地帯になっているというわけですか」
……いや、もしかして塩害の理由ってナージャのせいじゃないのではないだろうか?
そのへんの農民たちが魔法を使えるようになったのだ。
ということは、つまり、【毒無効化】や【土壌改良】などの魔法と同じように【塩田作成】の魔法も使えているはず。
【塩田作成】は岩塩を作り出す魔法だが、あれは【整地】や【土壌改良】と同じように10m四方の土地に岩塩を出現させることになる。
フォンターナ王国内ではこの【塩田作成】の魔法の使用は厳しく制限して、専売している教会の指定の土地にしか使わせないようにしていた。
だが、このあたりの無法地帯はそうではない。
塩が欲しくなった連中が勝手に土地を岩塩に変えているのではないだろうか。
もしそうであれば、塩害は多分ずっと終わらないことになるかもしれない。
……このことはミリアリアに言わないでおこう。
だが、そうか。
だからこそ、ミリアリアは塩草を利用しようとしたのかもしれない。
いくら【土壌改良】しても塩害が治まらないからこそ、禁断の手法を使うことにした。
ただの農民では知らない、塩害のある土地でも育つ奇跡の植物の存在。
便宜上は根っこが土壌にある塩を集めるという効能があるだけの植物で、そこから塩が取れる。
値崩れしかねない岩塩とは違うドーレン王家由来の海塩なら多少は売れるのかもしれない。
盗賊にはなれずに貧困にあえいでいる子どもたちを使って青の聖女である自分が集めさせてその塩草を回収し、わずかばかりの収入を得て、子どもたちの救済に使用する。
そして、土地の力を回復させる。
また、それとは別に塩草から作り上げたなんらかの薬をうまく使って、盗賊化した連中をコントロールするつもりだったのではないだろうか。
貴族や騎士が手を焼く盗賊たちといっても、それは数が多く分散しているからだろう。
一人ひとりの魔力量はそのへんの農民レベルで少なく、ミリアリアのような位階の高い教会関係者に危害を加えてくることもないはずだ。
ナージャでも無ければ普通は教会に刃を向けることもないからな。
なんだかんだと頼ってくる盗賊たちをうまくコントロールし、支配下に置くことで無法地帯となった周辺勢力を安定化させようと考えていたのかもしれない。
「盗賊となった者たちは元の生活に戻れるとしたら戻ると思いますか、聖女様? 一度人から奪うことを覚えて、平和な農民生活に戻れないということはないですか?」
「おそらく、問題ないでしょう。彼らが人から物資を奪うのは、そうすることでしか生きていけなくなったからでもあります。もとの生活ができるというのであれば戻りたいと思うでしょう。もっとも、中には過激な考えの者がいないでもないでしょうけれど」
「ふむふむ。で、聖女様はそんな穏健派の盗賊たちについて当てがある、と思ってもいいのですか?」
「はい。一応、私のほうでも周囲の勢力を調べていましたから。……もしかして、その人たちを取り込むのですか?」
「ええ。言ったでしょう? このあと、ここに我が弟のカイルが来ます。カイルはリード家として周囲を平定して土地を治めるのが目的ですからね。盗賊とは言え元々住んでいた住人が戻ってこないようでは、領地として治める意味がないですし」
「それでしたら私から信用できる方々と連絡を取ることもできますが、やはり彼らの一番の関心事は土地の再生です。このあたりで盗賊行為を繰り返しているのは、自分が生まれ育ったこの地で暮らしていきたいという郷土愛もあるのでしょう。元のすみかに戻って畑仕事ができるかどうかで彼らを仲間に引き込めるかどうかが決まると思います」
「そうですね。あ、転送魔法陣が反応している。どうやらカイルも来るようですね。なら、カイルが来たら早速、先程から聖女様が気にしている土地の再生について実際に見てもらうことにしましょうか」
ミリアリアとの話で、どうやら死の土地と言われるようになったにもかかわらずまだ人がそれなりに残っていることがよくわかった。
盗賊にジョブチェンジした連中だと言っても、それらを再び農民なり町民に引き戻せるなら、そうしない手はない。
なぜなら、農業やその他の仕事というのは基本的には技術職なのだ。
このへんで取れる作物を一番うまく育てられるのは、この地で生まれ育った農民だということだ。
もしも、バルカやフォンターナから移民を連れてきても、すぐにこの地で適した農業ができるとは限らない。
故に、農民として戻る意思がある連中がまだいるというのはいい知らせでもあった。
まあ、治安維持には多少の不安が残るがそれは仕方がないことだろう。
そして、そんなことを考えていると転送魔法陣に反応が現れた。
次の瞬間、その魔法陣が発動して今までいなかった人物が姿を現す。
盗賊のはびこる無法地帯を平定するために、カイル・リードが到着したのだった。
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