プライド
「お願いしてもよろしいでしょうか、アルス・バルカ様? あなたは本当に皆を救ってくださいますか?」
「……救う、という定義が難しい質問ですね。そうですね。ならば、あなたと協力するにあたって取り決めをしておくことにしましょうか。私から聖女様にお願いしたいことは次のものがあります。まず、第一に青の聖女として私アルス・バルカに救援要請を出していただきたい。そして、今後は私と協力してこの地を導いていってほしい。そうすれば、私はこのあたりで影響力を発揮できるようになりますから」
「では、私からアルス・バルカ様には次の願いを。一つ、聖都の再建を。二つ、死の土地を元の豊穣な土地に戻すことを、三つ、子どもたちの、いえ、すべての貧しい者たちに救いの手を差し伸べてあげてください」
「わかりました。聖都の再建と、土地の力をもとに戻す、そして貧困問題の解決ですね。ただし、これらは私を通して私の弟であるカイル・リードが実際の実務を行います。故に、私からはもう一つ追加で、あなたはカイルとも協力していただくことを求めます」
「わかりました。では、そのことを文書に認めることにしましょう。互いに先の約定を守り、それを破ったものはいかなる罪も甘んじて受けなければなりません。いいですね?」
「はい。約束しましょう、ミリアリア様」
よかった良かった。
やはり、本質的にこの人は悪い人ではないのだろう。
塩草という危険性のある植物も自分から育てたというわけではなく、状況的に利用しようとしたに過ぎないのだと思う。
聖都の地下に保管されていた種から勝手に芽吹いたので、それを活用しようとしたわけだ。
だが、ただ単純に良い人というだけではなかったということか。
多分、口で否定はしていたが薬物として利用することも考えていたはずだ。
もしかしたら、もうどこかで精製して薬として売っていたのかもしれない。
なにせ、聖都を再建しようとしていたのであればとんでもない金が必要だからだ。
いくら民衆に人気があるといっても、北にある教会本部と離れて活動していてそこまでの資金力を得るのは難しいだろうからな。
おそらく、この聖女様は清濁併せ呑むだけのしたたかさがあるのだろう。
裏で汚いことに手を染めてでも目的を達成するだけの覚悟がある。
だからこそ、人体に影響がある塩草の採取に救うべき子どもたちも利用していたのだ。
ちなみにこの聖女様にお金がないのは俺が理由だろう。
フォンターナの街で教会を再編したパウロ教皇に対して、俺はバルカ銀行を通して金を融通した。
その時、いくつか条件をつけていたのだ。
利子や返済期間などとともに、使用用途にも一部条件が加えられていた。
それは、教会の本部をフォンターナ国内に置くこと。
そして、聖都跡地を復興しないということだった。
あのときは、まだ遠方の地である聖都跡地という国外の土地に手を出す余裕がこちらにもなかった。
それに、フォンターナ王国外で強力な組織が出来上がるのも嫌った。
そのために貸付金は基本的に国内最優先で使うように頼んでおいたのだ。
それゆえに、パウロ教皇の求めに応じずに聖都跡地に残ったミリアリアは金銭的にも苦労をしていたのだろう。
だが、もしかしたら彼女には別の一面もあるのかもしれない。
それは野心だ。
もしも、本当に人々の平和や土地の復活を願うだけならば他にもやりようがあるはずだからだ。
本当にどうしても必要であれば、パウロ教皇に頭を下げて金を借りるすべもあったのだ。
あるいは、パウロ教皇を通して俺やフォンターナ家に掛け合い聖都の復活を願い出でれば、金を出させる交渉もできただろう。
だというのに、パウロ教皇の要請を無視する形で聖都跡地近郊に残り続けた。
そして、一番の目的は聖都の復興だという。
つまり、彼女は俺には直接言わなかったが一番の願いがあるのだ。
青の聖女ミリアリアは教皇になりたがっている。
おそらく、次期教皇と言われていたという自負もあるのだろう。
意識しているのか、あるいは無意識かはわからないがプライドが働いたのかもしれない。
自分こそが教会のトップである教皇にふさわしい。
だというのに、近年になって急に力を伸ばしはじめて、わずか10年ほどの間でただの神父から教皇までのし上がったパウロという存在が出現した。
もしかすると、パウロ教皇のことを受け入れられなかったのかもしれない。
だからこそ、パウロ教皇の要請に応じずに南に残り、独自に聖都の復興を目指した。
それが実現した暁には聖地である場所を教会に取り戻した者として、自分こそが教皇にふさわしいのだと言うために。
そう考えていたからこそ、危険な行為に手を染めてまでここで活動していたのではないだろうか。
だが、その野望達成の道は今、目の前で途絶えている。
俺という存在によって。
聖都跡地という教会関係者にとって聖地というべき場所そのものが空へと強奪されている最中なのだ。
ここで俺との取引を拒否することはできないだろう。
なぜなら、それは自分の願いを叶えるために唯一残された聖都そのものに二度と手を出せなくなることを意味しているからだ。
俺はミリアリアと会話しながら、このように彼女のことをプロファイリングしていた。
であれば、割と強気の対応でもこちらのお願いを聞いてくれるかもしれない。
聖都を復活させた後にその聖都の管理をパウロ教皇ではなくミリアリアに委ねるかもしれない。
そんなふうにささやいておけばいいだろうか。
そうすれば、その僅かな希望を頼りに俺への協力を惜しまなくなることだろう。
まあ、そうでなくとも教会のお偉方とは仲良くなっておいて損はない。
なんだかんだで、現状で一番勢力のある組織なのだ。
こうして、ミリアリアとの約定を取り決めて書状にまとめた俺たちは、上昇が止まった聖都跡地へと再び降りていったのだった。
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