奇跡の植物
「青の聖女と呼ばれるあなたがなぜここにいるのですか?」
「それは、この子たちのためです。この子たちは親を失い、行き場を失った子たちばかりなのです。彼らの面倒を見ているのですよ」
「こんなところで?」
「いえ、この聖都の跡地には夜に来るだけです。生活の拠点としている場所はこことは少し離れた場所にあります」
「そうですか。それで、その塩草という植物を採取して売っている、と」
「そのとおりです。この塩草は塩により作物が育たなくなった土地でも育つ奇跡の植物なのです。その塩草から塩を取り出して商人たちに売り、その利益で孤児たちの面倒を見ているのです」
青の聖女ミリアリアが俺の質問に答えていく。
彼女の体には小さな子供たちがピタリと寄り添い、服にギュッとしがみついている。
どうやら、ここにいる子どもたちに慕われているというのは本当のようだ。
なんというか、まだ若いのに母性を感じさせる女性だった。
「なるほど。それは大変でしたね。でも、嘘はいけませんよ、聖女様。できれば、私に対しては隠し事をせずに、すべてをつまびらかにして話していただきたい」
「なんのことでしょうか? 私は隠し事などしていませんが」
「塩草は塩が取れる奇跡の植物、でしたっけ? いや、ちょっと違いますか。塩草が奇跡の植物であることは事実なのかもしれません。そして、その根っこから塩が取れるというのも事実。ですが、この植物から塩が取れるから奇跡の植物と呼ばれているわけではないのでしょう?」
「……なにが言いたいのでしょうか?」
「先程、その少年から塩草を受け取ったときに分かりましたよ。これは毒薬の原料になるものだとね。おそらくはそのままであれば毒性そのものは強くはないのでしょうが、多少なりとも採取する際に人体に影響がある。ゆえに、子どもたちに採取をさせている」
「……おっしゃっている意味がよくわかりません」
「彼らは孤児だ。けれど、なんの力もない子どもというわけではありませんね? みたところ、ここにいる子どもたちはすべて洗礼式を終えている年頃の子どもばかりで、まだ名を持たない者はいないのではないでしょうか。つまり、彼らは全員魔法が使える。しかも、その魔法は青の聖女と呼ばれるあなたでも使えない魔法だ」
「……この子たちは皆普通の子ばかりです」
「もしかして、旧へカイル領や旧ギザニア領から孤児を連れてきたのではないですか? この子たちはかつてマーシェル傭兵団のナージャによって占領された土地の子どもたちだと予想します。それも、当時のその地を管轄していた教会の神父がナージャによって殺されたときに、その神父からすでに洗礼式を受けていた」
「…………」
「この子らは使えるはずだ。【毒無効化】の呪文をね。その【毒無効化】があれば、人体に影響なく毒物の原料たりえる塩草を採取できる。たとえ奇跡の植物がどれほど強力な毒だとしても。だが、あなた自身は【毒無効化】は使えない。ゆえに、子どもたちを使っているのでしょう」
「塩草は古よりある植物です。特に塩害がひどい土地を再生するために用いられてきた経緯があるのです。それを毒だとは、いったいなんの根拠があってそのようなことを言うのですか?」
「そりゃ分かりますよ。【毒無効化】は私が作った魔法ですからね。ありとあらゆる毒草を体に塗りつけ、口から飲み干しながら、その苦しみに耐えて私自らが魔法に昇華したのです。その結果、わかるのですよ。その植物に毒性があるかどうかがね。おそらく、採取するだけならまだ微毒でしょうが、精製すればかなり強い作用の薬物が出来上がるのではないかと思うのですが、違いますか?」
「あなたたちは少し離れていなさい。私はこの方と少し二人でお話しすることがあります」
ミリアリアのもとに案内されている途中で、俺は少年から渡された塩草を観察していた。
その時、気がついたのだ。
この塩草には毒性があるということに。
俺の体はミームとの実験を繰り返すことで、毒発見センサーになっていた。
あのときはミームの入手できる薬物を自分の肉体に使って【毒無効化】という魔法を作り出した。
その魔法はそれ以後も未知の毒に対応できる呪文として役立ってくれている。
例えば、かつて九尾が住んでいたとされる狐谷の毒もそうだ。
誰も近づけないとされた毒で充満している場所に行き、炎鉱石を回収できたのもこの【毒無効化】があったからこそである。
その他には西方の海やジャングルでも未知の食べ物を食べるために役立ってくれた。
それはつまり、俺が今まで体験したことのない毒でも平気であり、おおよそすべての毒に対する耐性を得ていることになる。
さらに言えば、俺自身は別に魔法を使わなくとも毒に対処できる体になっている。
【毒無効化】を使わない状態で毒に触れるとほとんど無意識的に体が対応してくれるのだ。
そして、そのことで感覚的にだが分かる。
この塩草はただの植物ではない、と。
だからこそ、こんなものを塩拾いなどと言って子どもたちに集めさせているのを知って、こうしてリーダーに会わせろと少年に言ったのだ。
それがまさか、こんな大物が釣れるとは思わなかったが。
青の聖女ミリアリア。
きれいで長い青色の髪を持ち、非常に人気のある人だという話を聞いたことがある。
そんな人物がこんなところで毒の原料を集めているとは。
知らなかった、とは言わせない。
次期教皇とすら言われた彼女が塩草の効能について完全な無知であるという可能性は低いだろう。
いったい何を考えてこんなことをしているのか、本人の口から話を聞くために、俺たちは心配そうに離れていく少年たちから話を聞かれないように場所を移動することにしたのだった。
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