下準備
「よし、そうと決まれば善は急げだな。さっそく動き出そう。カイル、お前は人を集めろ。リード軍を構成する兵ももちろんだけど、領地を統治するための人材と、あとはそうだな、向こうでいずれ住むことになる人も用意する必要があるか」
「わかった。けど、ちょっとお願いがあるんだけど、家臣団の人材集めはバルカニアからも募っていいかな、アルス兄さん?」
「ああ、カイルが声をかけて一緒についていきたいってやつがいれば連れていけ。こっちはある程度大丈夫だからな」
「うん。ありがとう、アルス兄さん」
「いいってことよ。で、リオンもいいよな? フォンターナの街でもカイルが声をかけて人を集めても」
「ええ、かまいませんよ。ガロード様もよろしいでしょうか?」
「うん。カイに必要なら好きにしていいよ。頑張ってね、カイ」
「ありがとうございます、ガロード様」
カイルを当主としたリード家の領地獲得戦争。
本当に大丈夫なのだろうかという心配はもちろんある。
なにせ、カイルはリード家という家を興したものの現在までずっと俺のサポートに徹してくれていたのだ。
リード姓の者は多くとも、特別に家臣団となるような組織はなかった。
だが、カイルはその仕事を通じてバルカやフォンターナで多くの人を使っていた。
そのため、人脈そのものはかなり広い。
もし、カイルが声をかけてその者たちが一気にいなくなってしまえば、こちらの領地運営もどうなるかわからない。
が、そのくらいの覚悟はこちらも決めなければならないだろう。
どんと構えるように、好きなだけ持っていけと言ってしまった。
まあ、なんとかなるだろう。
今まで人材を育ててきたし、ここは無理のしどころだろう。
国王であるガロードの許可も出たことだし、もはや後には引けないしな。
「えっと、あとはなんだ。バイト兄にも声をかけてバルカ軍も編成するか。あとは、リゾルテ王国との折衝は頼んだぞ、リオン」
「分かりました。ですが、重要な問題がありますよ、アルス様。聖都跡地周辺を取るのであれば、できるだけ早くが望ましいのですが」
「だろうな。なにせ、来年には攻勢をかけてくるかもしれないラインザッツ家を始めとした大貴族同盟の存在があるんだからな」
「そのとおりです。いつ頃動くおつもりでしょうか? 今年はもう秋になり、冬が迫ってきていますし、来年の雪解けとともに動きますか?」
「いや、それじゃ遅いだろうな。今すぐ動くぞ」
「え、今すぐですか? アルス様がこれまでにも冬に軍を動かしていたことは理解していますが、無理でしょう? まだ、リード軍すら無いのですよ?」
「ああ、違うよ、リオン。今動くのは軍じゃない。俺だよ。俺が先行して準備を調えておく」
「……なるほど。分かりました。でしたら、こちらも急いでリゾルテ王国と交渉しておかなければなりませんね。向こうと連絡を取る前にリード家の旗が南の地ではためいていることになるかもしれないのですから」
「理解が早くて助かるよ。じゃ、行ってくる」
聖都跡地とその近くの土地はフォンターナ王国からするとかなり遠い。
かつて、それよりも手前にあるパーシバル領の迷宮街にかつて俺は攻め込んだことがある。
あそこは、ヴァルキリーの足を使ってひたすら駆け抜けたとき、何日もかかった。
が、もし、あの時、既存の軍が徒歩で移動していればもっと時間がかかっていたはずだ。
それこそ、移動だけで二月か三月もの時間が経過していてもおかしくないほどの距離だった。
それよりも更に遠い聖都にはかつてナージャを倒した後に速攻で帰還した際に10日ほどヴァルキリーの移動速度でかかった。
もし、今回リード家が軍をすぐに編成したとしても準備だけでも時間がかかり、そして移動にもそれ以上の時間がかかる。
今はもう秋になっており、すぐに冬になる。
そのため、リオンも今から俺が動くとは思っていなかったのかもしれない。
が、今の俺は移動手段が増えていた。
現在ではヴァルキリーの足は最速の移動手段ではなくなり、それよりも速い魔導飛行船という空飛ぶ乗り物があるのだ。
高度10000m近くという障害物のない場所を高速で移動する乗り物が。
俺は話し合いの直後にその魔導飛行船に乗って南へと向かった。
はるか上空を他の貴族の領地の上を飛び越えるようにして聖都跡地へと到着する。
そして、上空で待機した状態で翌日の夜が更けるのを待った。
真っ暗になり、誰からも見られる心配が無くなった頃を見計らって、塩に変えられた聖なる都の地に降り立って作業を開始する。
「周りには誰もいないな。よし、やるぞ、カイザーヴァルキリー。魔力の補給を頼むな」
「キュイ」
深夜の暗がりの中で、俺は聖都にてカイザーヴァルキリーとともにいた。
氷と知識の神とでも言うべきカイザーヴァルキリーがしゃがんで地面に手をついている俺の頭の上に角をポンと乗せる。
迷宮核との【合成】により変質した高密度の魔力を内包したカイザーヴァルキリーの角。
その角から俺に魔力が流れ込む。
そして、俺はその魔力を使いながら聖都跡地へと魔力を流し込み続けた。
地面へと練り上げた魔力を広げ、さらに地下深くへと染み込ませ続ける。
どれくらいそうしていただろうか。
かつて聖都と呼ばれていた、しかし、塩に変えられ、その塩が雨などで流れてしまった死の土地へ俺の魔力が充満していく。
その魔力が十分に満たされたと感じた時、俺は魔力を消費して地面の土を変化させた。
塩によって侵された土が浮遊石へと変わる。
周囲の土地が浮遊石へと変わったことで、聖都跡地は大地という鎖から切り離されて少しずつ空へと浮かんでいった。
成功だ。
以前、バルカニアを空に打ち上げたときにはアトモスフィアという迷宮核から事前に土地に魔力を馴染ませていた。
だが、今回はその下準備はできていなかった。
であるのに、この地における魔力の馴染みは非常に良かった。
おそらくは、カイザーヴァルキリーのおかげだろう。
というよりも、カイザーヴァルキリーに【合成】した迷宮核が関係しているのかもしれない。
なにせ、その迷宮核は元々聖都の地下にあり、少なくともアイシャが神像になった数千年前にはすでにこの地にあったのだから。
元々ここにあった迷宮核が材料となったカイザーヴァルキリーの魔力はこの地に馴染みやすいかもしれないという予想はビンゴだった。
こうして、俺はリード家が領地を得るために下準備を調え終えた。
聖都跡地を天界バルカニアと同じように空へと打ち上げ、そこに転送魔法陣を設置する。
これによって、話し合いからわずか数日で、だれも攻め込めない前線基地を手に入れることに成功したのだった。
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