狙うべき土地
「カイルがリード家の当主としてリード領を得るために切り取り自由ということはいいとしてだ。兵はどうしようか? 切り取り自由ならフォンターナ軍をカイルが使うわけにはいかないだろうから、辺境伯家と同じようにリード家として独自の軍を持つ必要があるかな?」
「そうですね。切り取った領地を統治するためにも自前の戦力があることは絶対条件でしょうね。アルス様はリード家の戦に出るおつもりなのですか?」
「どうしようかな。まあ、カイルがどれくらいの兵を集められるかわからないけど、バルカからも与力として軍を送ろうとは思う。バイト兄あたりが自分も出るって言うだろうしな」
「分かりました。ただ、バルカ軍がリード軍よりも数が多くならないほうがいいでしょうね」
「そうか。そういう配慮もいるか。了解した、リオン。で、肝心なのはどこの土地を押さえるかって問題だな。それと、大義名分も必要だ。今年、教会が戦の禁止を各地に命じたばかりなのに、それを破る形になるだろうし、しっかりした理由は必要だろう」
リード家の領地問題について、切り取り自由が決まった瞬間に話がスタートした。
すぐに軍の編成や狙うべき場所などを考えていく。
そういえば、いつもは攻撃されてから反撃に移ることが多かったが、今回は自分たちから動くことになるんだなと思った。
これまでのように攻めてきた相手を批判するような大義名分ではなく、攻略するための土地を攻める理由と、その土地を継続的に統治するための理由が必要になる。
もし、大義名分が何もなければリード家の動きは非難されるどころか、その土地の住人たちからも「支配者たりえず」と見做されてしまうことだろう。
あとは、フォンターナ王国との兼ね合いも重要だ。
フォンターナ王国は大雑把に言うと北からバルカ領と王領があり、その南にグラハム領がある。
そして、そのグラハム領の南に3つの辺境伯領が並んでいる。
キシリア・ビルマ・イクス辺境伯領はそれぞれが南の貴族領について切り取り自由が与えられているのだ。
すでに作戦は開始され、大規模な戦闘こそ無いものの、他貴族や騎士相手に調略などの動きが進んでいる。
もし、それらの土地をいきなりリード家が奪い取って領地にしてしまうとまずい。
そこを狙っていた辺境伯家と険悪な関係になってしまいかねないからだ。
なので、フォンターナ王国内で揉めることがなく、狙う価値があり、なおかつ攻め込んでもよく、しかも統治するだけの大義名分が必要な場所を考えねばならなかった。
……そんなのあるのか?
「それなら、狙うべき土地は一つだけでしょうね」
「え、あるのか、リオン? そんなに都合のいい場所が」
「ええ。と言っても、攻略がうまくいっても、その後が大変かもしれませんが。戦禁止令を出した教会が納得し、その土地を治める理由もあり、フォンターナ王国にとっても利益になりえる場所はあります」
「どこだ? 全然思い浮かばないんだけど」
「簡単ですよ、アルス様。マーシェル傭兵団を率いていたナージャが占領していた土地、及び聖都跡地ですよ」
「ナージャ? えっと、ナージャは王都の南にあるヘカイル領やギザニア領を手中に治めていたんだっけか? そこから進軍して各地を襲いながら、王都の南西にある聖都を塩に変えた。そこを狙えってか?」
「はい。特に重要なのは聖都跡地でしょうか。あそこはかつて教会の本拠地だったために、今でも教会関係者は聖地として認識しています。その失地を回復するといえば、それは教会のための行動であり、自己の利益のための戦とは言えません。教会を説得するには十分な理由となり、大義名分となります」
「まあ、説得はしやすいのかもな。でも、もう誰かが土地を押さえているんじゃないのか? 土地的にはラインザッツ家が自分の領地からも王都からも近いだろう?」
「それがそうとも言えないのですよ、アルス様。理由はナージャにあります。あそこは今、死の土地となっているのです」
「はい? 死の土地ってなんだ? 不死者は残らず倒したはずだけど、もしかして討ちもらしがあって不死者が増えていたりするのか?」
「いいえ、違います。死んでいるのは土地ですよ。あそこはナージャの使った【裁きの光】の影響を広範囲に受けすぎました。あまりにも大量の塩が土地を汚染し、今年になって一切の作物が育たなかったのです。そのために、ラインザッツ家も聖都跡地やその近辺を名目上は押さえたものの放置しているのです」
なるほど。
あの時、俺は聖都での一件が終わって即座に帰還したがそんなことになっていたのか。
確かに、巨大な都がすべて塩に変えられたのだ。
しかも、ナージャは自身の本拠地から聖都まで行く途中でも何度か【裁きの光】を使用した形跡もある。
そのときにできた塩が大量に残り、雨で流されたのだろう。
その結果、周囲の土地に甚大な被害を与えることになったのか。
「それに、ラインザッツ家がその地を放置しているのはもう一つ理由があります」
「まだあるのか?」
「はい。魔法を使う者たちの存在ですよ、アルス様。旧ヘカイル領、及び旧ギザニア領周辺の土地は多数の魔法使いが存在します。貴族でもなければ騎士でもない、ただの一般人が皆魔法を使えるのです。それも、攻撃魔法すらね」
あ、そっか。
すっかりと失念していたが、ナージャは【収集】という能力を使って教会の神父から魔力パスなどを奪い取っていた。
その結果、ナージャの魔力量は跳ね上がり、そして、最終的にその魔力パスはヴァルキリーが【収集】したのだ。
つまり、ナージャからつながっていた魔力パスは今もヴァルキリーを通して残り続けているのだ。
ナージャの【収集】やヴァルキリーの【共有】は使えなくても、他の魔法は使える状態が続いてしまっている。
もはや統制の取れない無法地帯になっているのかもしれない。
覇権貴族であるラインザッツ家が匙を投げるほどの、火薬庫地帯というわけだ。
「ようするに、教会を通して聖都を取り戻すという大義名分と、その地で幅を利かせている魔法を使える暴徒たちから民を守るとでも言えばいいのか。うん、攻め込む理由と統治する理由になり得るかもしれないな」
そのきっかけを作ったのはナージャを倒した後に放置した俺ではないか、という気がしないでもない。
まるでマッチポンプじゃないかと思ったが、言わないほうがいいだろうな。
使えるものはなんだって利用すべきなのだろう。
こうして、俺たちはさらに今後について議論を深めていったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





