領地の有無
「アル、そちらの女性がブリリア魔導国の王女なのか?」
「はい、そのとおりです、ガロード様。ご紹介いたします。カイル・リードとこの度結婚いたしますシャーロット・ド・ルイ・ホーネット・ブリリア様です。ぜひとも、この二人に祝福の言葉をいただければ幸いです」
「うむ。両名の婚姻を我がガロード・フォンターナの名のもとに認めよう。カイル、結婚おめでとう」
「はっ。ありがたきお言葉です、ガロード様」
フォンターナの街にある城の中の謁見の間。
そこで、俺はカイルとシャーロットを連れてガロードと会っていた。
フォンターナ王国の国王であるガロードに婚姻の許可をとって、これで正式に認められたことになる。
通常であればその後は自分の館に帰り、そこで挙式をすることになる。
カイルの場合であればフォンターナの街にあるリード家の館で結婚式というのが通常の流れだ。
が、今回はそうはならない。
俺のときの結婚式もそうだったが、この地での結婚式は基本的にはオープンで誰でも参列して祝いの言葉を言いに来てもよいとなっていた。
そして、結婚する者は来た人をもてなさなければならない。
酒や食べ物を対価なしに存分に振る舞う必要があるわけだ。
だが、そうは言っても普通であれば貴族の結婚式には一般人は参加しない。
よくて力のある商人くらいだろう。
が、カイルの場合はちょっと違う。
俺と同じで元々農民だったカイルはこのフォンターナの街でも人気がある。
それに、各地でリード姓を持つ事務員兼連絡係の人間が多数いるのだ。
カイルが名付けをした人間の数はかなり多い。
そのために、結婚式を開いた場合、結婚式には多くの人がやってくる可能性が考えられていた。
なので、今回は特別にフォンターナの城で式を挙げる許可をもらっていた。
フォンターナの城で式を挙げ、そこに教会からパウロ教皇がやってきて継承の儀を執り行う。
こうすることで、あくまでもブリリア魔導国の王女と結婚するカイルはフォンターナ王国の一員なのだと周囲に示すのだ。
シャーロットにもそのことはバルカ城などでしっかりと説明してある。
こちらの風習などについてなにも知らない状態だが、シャーロットも立場を理解してどのように振る舞うかわかってくれたようだ。
謁見の間で玉座に座る少年王に対して頭を下げてくれている。
自身がもうブリリア魔導国のお姫様ではなく、リード家当主の妻であるということを理解してくれているのだろう。
ちなみに、ゆるふわの髪の毛を広げながら、ひらひらのドレスを身に纏っているシャーロットは非常に可愛らしい女性だ。
だからだろうか。
ちょっとドギマギしているガロードの頬は赤くなっていた。
駄目だぞ、ガロード。
お前の奥さんは俺の妹のエリーの予定なんだからな。
カイルの結婚式ではガロードのパートナーとしてエリーをつけて出席させてやろう。
そんなことを考えながら、国王への挨拶はつつがなく終わったのだった。
※ ※ ※
『カイル様。リード家の領地はどこなのでしょうか?』
『え? 領地は無いよ、シャーロット』
『……え? 無い? 領地が無いのですか?』
『うん。リード家は特に領地って持ってないよ』
『御冗談でしょう? え、本当なのですか? カイル様ほどの方が領地なしだなんて信じられません』
フォンターナの城でガロードとの謁見が終わり、その後懇親会が開かれた。
ガロードやリオンまで参加した内々での食事会程度のものだ。
そこで、シャーロットがふと疑問を呈した。
カイルに領地はあるのか、と。
カイルはすぐにその質問に答える。
もちろん、領地はないので無いと答えたわけだ。
すると、シャーロットが信じられないことを聞かされたというように、何度も何度も確認をとっていた。
東方の言語がわからないガロードやリオンもなんだとばかりに様子を窺っている。
『アルス、これはどういうことですか? なぜ、カイル様に領地が無いのです?』
『カイルの領地ですか? リード家は少々特殊な家で、今まで領地を持つ話がなかったのですよ』
『だから、どうしてなのですか? カイル様ほどの魔力の持ち主に領地を与えないなど、ありえないではありませんか』
『うーん。もともとは私の弟として仕事を手伝ってくれていましたからね。ちょっと待ってください』
リード家の成り立ちは少々特殊だった。
俺と同じく農民でありながら、独自の魔法を作り出して新たな家名を持つに至ったカイルだが、今までその所属は曖昧だったのだ。
元々はバルカを助けるために仕事をし続けてくれていたが、俺はカイルに対して名付けをしていない。
そのため、カイルはバルカ家の配下ではないのだ。
が、かといってフォンターナ家の直接の配下というわけでもなかった。
俺に名付けを受けていないのと同じように、フォンターナ家からも名付けされていなかったからだ。
故に、厳密に言えばカイルは誰にも名付けをされておらず、それ故に忠誠を誓った相手もいないフリーランスであるとも言える立場にいたのだ。
無理やり当てはめるとしたら、力のある豪族くらいの立ち位置なのだろうか。
が、実際は俺の仕事をずっと手伝い続けてくれていた。
そして、その延長線上でフォンターナ軍の将軍職もこなし、さらには通信兵のためにリード姓を使わせてもいたのだ。
なので、誰にも名付けされていなくともフォンターナ王国の一員であることに間違いはなかった。
ということは、貴族の兄を持つ力のある豪族が軍部に所属し、兵を率いて、さらにはフォンターナ王国の内政にも関わっていたという感じになるのか?
なぜここまで曖昧な状態で現在に至るかというと、原因は明らかに俺だった。
カイルはバルカの領地を統治するためにどうしても必要不可欠な人材だったからだ。
だから、貴族にも騎士にもせずに俺の仕事を手伝わせていた。
そして、それは俺がフォンターナ家の当主代行になった後も、宰相兼大将軍になった後も同じだった。
故に、カイル・リードは貴族でも騎士でもないために、俺やフォンターナ家から領地を与えられることもなかったというわけだ。
普通ならば、この待遇はまず間違いなく怒るべきだろう。
これまでのカイルの働きは明らかに貴族になってもおかしくないものだ。
これがもし、カイル以外だったらすでに俺を見限って他のやつから領地をもらうなりなんなりして出ていったはずだ。
だが、カイルはそれをしなかった。
いつまでも俺のことを兄さんと慕って激務に励んでくれていたのだ。
たとえ、他の者からどんなに高報酬での引き抜き話があってもそれを拒み続けてくれていた。
そして、俺はそれに甘え続けてしまっていた。
まあ、それも理由が無いわけでもなかった。
カイルの名付けたリード姓の者たちはフォンターナ王国中に点在しており、さまざまな仕事をしている。
領地の仕事を中心に、【速読】や【自動演算】を使いながら財務などを取り仕切り、【念話】で各地と連絡をとっているのだ。
その影響力は計り知れない。
それを今更俺が自分の配下にしましたといえば、いろいろと問題もあったのだ。
なので、今のような宙ぶらりんの形が一番波風が立たなかったということもある。
が、いい加減、それも終わるべきなのかもしれない。
カイルだってもう16歳だ。
十分に成人男性として周囲からは見られているし、なによりもシャーロットと結婚した。
今後は子どももできるだろう。
その子のためにもきちんとした身分と領地くらいはあってもいいのかもしれない。
「……と、いうわけでシャーロット様からカイルに領地がないのはおかしいだろうと指摘を受けたんだけど、どうしよう、リオン?」
「うーん、そうですね。確かに功績を考えてもカイルに領地を与えるのは間違っていないと思います。ですが、近年は領地替えが頻発していたために、しばらくは現状のままで安定させて混乱を招かないようにすると他の貴族や騎士に通達を出したばかりなのですよ」
「それだと、フォンターナ国内から領地を与えるわけにもいかないか。バルカ家の領地の一部でもリード家に分けることにでもするか?」
「それなら、領地の切り取りをすればいいんじゃないの、アル?」
「え? 領地の切り取りですか、ガロード様?」
「うん。リード家に切り取り自由の許可を与えるから、自分で領地を取ればいいじゃない」
「……なるほど。よろしいのですね、ガロード様?」
「うん、いいよ。奥さんのためにも頑張らないとね、カイル」
「はい。分かりました。不肖このカイル・リード、自らの力で領地を手に入れてご覧にいれましょう」
いいんだろうか?
国王であるガロードが切り取り自由の許可をカイルに出した。
その隣でリオンがアチャーという顔をしている。
が、まあ許可が出たのであればそれを有効活用しようではないか。
こうして、カイルのために領地獲得の動きがにわかに巻き起こったのだった。
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