バナージの主張
『うう、頭が痛いでござるよ』
『どうやら昨日の結婚式で飲んだ酒で二日酔いになったようですね。まだ新作の酒はあまり質がいいとはいえなかったようです。ほかにも酒が残って頭が痛いと言っている人がいましたので』
『……うう、しんどいでござる。もう死んでしまいそうでござるよ』
『そんなことで死にはしませんよ、バナージ殿。しっかりしてください』
カイルの結婚式が終わり、次の日になった。
前日の式は特に問題もなく終わり、カイルたちは夫婦となった。
今は、参列していた人たちを中心に改めて挨拶をしている。
王女であったシャーロットを見送る者たちもいるが、ほかにはフォンターナとの取引に関わっている商人たちも顔を見せているようだ。
その場に俺がいる必要もないので、俺は式の途中で出会ったグランの同郷の者であるバナージと面会していた。
バナージはまだグランのことについて話したかったようなので、こうしてわざわざ時間をとったのだが今は二日酔いの真っ最中のようだ。
頭を常に押さえながら顔の色を悪くしており、今にも吐きそうな雰囲気を出している。
これはちょっと話し合いになりそうにないように感じた。
『よければ治療しましょうか、バナージ殿?』
『治療でござるか。この頭痛をとってくれるのであればなんでもするでござるよ。ぜひお願いするでござる』
『え、本当? 今、なんでもするって言ったよね? 嘘じゃないですよね?』
『早く頼むでござる、アルス殿』
『回復。はい、終わりましたよ。大丈夫ですか?』
『……え。あれ、これはいったいどうしたことか。さっきまでの不調が嘘のように無くなったでござる。今、なにをしたのでござるか?』
『回復魔法で治療しただけですよ、バナージ殿』
『……回復、魔法? え、えっと、拙者意識が朦朧としており、自分がなにを言ったか定かではないのでござるが、変なことは言っていなかったでござるか?』
『なんでもするって言っていましたよ、バナージ殿』
『い、いや、それは……、なんでもは難しいでござるが、できるだけのお礼はしたいと思うでござる。それでなにとぞご勘弁を、アルス殿』
『それはありがたいですね。でも、先にそちらの話をお聞きしましょうか。バナージ殿がわざわざこの結婚式に参加してまでも我々に会いに来たのはそれなりに理由があるのでしょう?』
『さすがですな。お見通しというわけでござるか。そのとおりでござる。実はここだけの話があるのでござるが、よければ聞いていただけないでござるか?』
バナージがどれほどの人物かは知らないが、とりあえず恩を売っておく。
【回復】をかけて二日酔いを治してみた。
本来はそんなに簡単に【回復】という限られた者だけが使える魔法を使うなと言われそうだが、外交官ポジションにいるであろうバナージに貸しを作れるのならばいいだろう。
まさか、魔法で治療されるとは思っていなかったのだろう。
二日酔いが全く無くなったバナージは別の意味で慌てて、頭に手をやっていた。
そのバナージと話をする。
結婚式の最中に顔を合わせたときに言っていた内容ではグランの情報を掴んでこの場に来たというものだった。
それだけであればグランの話をして終わりだが、どうもそうではなさそうだ。
俺はバナージがどういう意図を持って俺の前に現れたのかを聞きだしていく。
『我が国は現在、厳しい情勢のなかに立たされているのでござるよ』
『厳しい情勢ですか。たしか、小国家群はいくつもの国が入り乱れるような土地だったはず。その中でオリエント国は他国では作れぬ物を作り、それで外交しつつ勢力を維持しているという話でしたね』
『そのとおりでござる。ですが、最近ではそれもだんだん厳しくなってきているのでござる。理由はある時期を境に熟練の造り手が一度にいなくなったからでござるよ』
『一度に大量の職人がですか? もしかして、なにか流行り病でもあったのでしょうか?』
『違うでござる。原因はグラン殿にあるでござるよ』
『グランの? ああ、そうか。もしかして、十数年前にグランが霊峰を越えようとしたことが関係しているのですか?』
『そのとおりでござる。かつて、各国を旅して名を馳せた名匠グラン。彼は新たなものづくりを目指して霊峰を越えるという途方も無い計画を立てたのでござる。本来これは明らかに無理筋でござった。あの偉大なる神の山は人間が越えることはできないのでござるよ』
『だけど、グランはそれを実行した。そう言えば、昔グランは言っていましたね。あの山々を越えて西に来る時、自分は一人ではなかったと。多くの友が道半ばにして倒れたのだと言っていたように思います』
『その通りでござる。普通ならば霊峰を越えるという話がでれば、それは明らかに狂った計画として一笑に付されるだけで終わるのでござるよ。ですが、グラン殿は違った。かの名匠を慕いついていく者たちが多かったのでござる』
『それがオリエント国の職人たちだったと?』
『然り。特にグラン殿についていったのは才能のある職人たちでもござった。あまりにも多くの才能が霊峰に散ったのでござる』
『ふむ。それで、肝心のお国で職人の数が減り、外交に支障をきたすようになったということですか』
『まさにそうでござる』
『で? それが事実であったとして、もう十数年前の話でしょう。グランにどうしろと言うつもりですか?』
『責任をとってほしいでござる。グラン殿の新作を拝見して、当時の腕はいささかも衰えていない。むしろ、当時よりも更に上がっているように見受けられたでござる。故に、グラン殿には帰国していただき、責任をとって我が国のために仕事をしてほしいのでござるよ』
『なるほど。バナージ殿の言いたいことは理解しました』
机に置いた手をギュッと握りしめながら俺に対して話をしてくるバナージ。
昨日会ったときには、ただ単にグランのことを慕う青年だとしか思わなかった。
だが、どうやら少々違ったようだ。
シャルルいわく、バナージも当時グランの霊峰越えについていきたいと手を挙げた一人だったはずだ。
それも一番最初に手を上げるほどグランを慕っていたという。
だが、当時の彼はまだ幼く随行を許されなかった。
そして、残されたあとには冬の時代がやってきたということなのかもしれない。
グランに対して思うところがあるのだろう。
慕っていた人に置いていかれ、しかも、会ったばかりの他国の人間に現状は厳しいと言わざるを得ない状況に追い込まれている。
そんな複雑な気持ちを持つバナージのもとに、新たにグランの作品と思われる情報が届いた。
そして、それを見て確信したのだろう。
グランは生きている、と。
今も昔と変わらずに好きなようにものづくりをしていると知って、わざわざこうして押しかけてきたのかもしれない。
その後もいかにグランに国のために働く責任があるかを話し続けるバナージを見ながら、俺はどうすべきかを考えていた。
ぶっちゃけて言えば他の国がどれほど大変かなど知ったことではない。
が、グランには俺も世話になった。
なので、なるべく助けてやろうか。
そう結論を出した俺は救いの手を求めてもがいているような状態のバナージに対して、手を差し伸べることにしたのだった。
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