バナージ
『アルスちゃん、紹介するわ。彼はさっきの話に出てきていた小国家群の一つである、オリエント国のバナージ殿よ。バナージ殿、この方は霊峰を越えた先にあるフォンターナ王国のアルス・バルカ殿です』
『アルス・バルカです。よろしく、バナージ殿』
『これはかたじけない。先程、シャルル殿下のご紹介にあったように、拙者、オリエントなる小国の人間でござる。よろしく頼み申す』
『この結婚式にわざわざお越しいただきありがとうございます。ですが、なぜ小国家群から参列しに来たのですか? グランとは知り合いなのでしょうか?』
『もちろん、グラン殿と我らは同じ国で生まれ育った間柄でござるからな。元々、オリエントは小国故に各国との外交によってその地を維持してきたという歴史があるのでござる。もちろん、ブリリア魔導国ともつながりがあるのでござるが、最近になって行方不明になっていたグラン殿の新たな作品をブリリア魔導国が入手したという話を聞いて、拙者が調べていたのでござるよ』
『ああ、なるほど。フォンターナ王国がブリリア魔導国との取引でグランの作品を出しましたからね。ということは、グランの作った魔法剣などはご覧になったということですか、バナージ殿』
『もちろんでござる。ひと目見て、あれがグラン殿の作品であることがはっきりと分かったのでござるよ。いやー、素晴らしい作品でござった。まさか、もう見ることが叶わないと思っていたグラン殿の新作を観る日が来ようとは夢にも思いませんでした。そして、ちょうど今回そのグラン殿の作品を持ち込んだという貴殿らがここに来られるときいて参ったのでござるよ』
『そうでしたか。そこまで評価してくれるというのはグランも喜ぶでしょうね。まあ、とりあえず今はあの二人の結婚式をともに祝福しましょう。グランの話はその後にでも。ささ、一杯どうぞ』
『ああ、これはかたじけない。いただくでござる』
なんだろうか。
このバナージという男性は今聞いた話では外交官的な位置づけになるのではないのだろうか。
いや、魔法剣を見ただけでグランの作とわかるということは、この人も造り手なのかもしれない。
話している内容からグランと同じような、なにかを作ると夢中になる変人気質を感じ取ってしまった。
こういう人間に話し続けられると、ずっと話が終わらない可能性もある。
そう思い、俺はひとまずグランの話を断ち切って、バナージには酒を勧めることにした。
結婚式はその場で宴会に変わる仕組みのようで、さっきから手元にはいくつもお酒が用意されていた。
ここには俺が用意した酒とシャルルが用意した酒がある。
俺が用意したのはカルロス酒などの蒸留酒やバルカ米で作った酒だ。
バルガスが進めている湿地帯の開墾ではまだ米を作り始めたばかりで満足な酒造りはできていないが、バリアントではスーラが酒を作っていた。
それらを王族のいる場で一緒に飲むことで、ブリリア魔導国で売れるかどうかを見極める意味合いもある。
そんな酒をバナージにも飲むように促して、俺が自らついでいく。
どうやら、シャルルを始めとするブリリア魔導国側ではそこまできつい酒はあまり好まないようだった。
かといって、できたばかりのバルカ米を使った酒はまだまだ味がまとまっていなく評価は高くない。
その代わり、近くでとれた炭酸水と蒸留酒を混ぜたハイボールのような酒の飲み方が気に入ったようだった。
対して、バナージはまだまだ未完成ながらもバルカ米の酒を気に入ったようだ。
販路を2つに分けたら売れるだろうか。
あとで、定期的な買い取りができるかどうか聞いておくことにしよう。
ちなみに、シャルルが用意した酒は俺と一緒にきたバルカの騎士や兵たちが嬉しそうに飲んでいた。
あとで彼らにどの酒が気に入ったかを聞き出して、それを取引できないかどうか確認しておこうか。
味の嗜好が合うのであればフォンターナ王国内でも輸入酒として高く売れるかもしれない。
ちなみに部下たち本来は結婚式に出ているとはいえ警備の役割もあるが、【毒無効化】さえすれば酒の酔いもすぐに取れる。
気にせず、酒を楽しんでもらうことにした。
『ところでブリリア魔導国とオリエント国は良好な関係を築いているのですか、シャルルお姉さま?』
『ええ、そうよ、アルスちゃん。変わった国が多い小国家群の中でも、オリエントは領地はそれほど大きくないの。ただ、昔から不思議とものづくりの達人が生まれやすいという特徴のある国だったわ。その中でもとりわけ名匠グランの名は各国に広まっていたかしら。霊峰に向かって行方不明、もとい死んだと思われていたグラン殿の作った品が見つかったと聞いて、すぐにバナージ殿がやってきたってわけ』
『それほど有名だったんですね、グランは』
『ええ、そうね。バナージ殿はかつてグラン殿が霊峰を越えると言い出したときに自らもついていくと最初に言った人らしいわね。だけど、当時のバナージ殿はまだ幼かった。霊峰はアルスちゃんがどう思っているかはわからないけれど、まず間違いなく越えられない死地だわ。だからこそ、いかにグラン殿といえども幼い彼を連れていかなかったのでしょうね』
なるほど。
かつて憧れた名匠グラン、一緒に行きたくてでも行けなかった、そして死んだと思われていた人が生きていたとわかったからこそ、俺に会いに来たのか。
バナージはまだ若い、二十代ほどの青年と言っていい年の男だった。
グランが大雪山を越えて西に来たのは、もう十数年も前になる。
となると、当時のバナージはまだまだガキンチョだったはずだ。
そんな小さな頃の知り合いであるグランをいまだに慕っているというのだから、よほどグランのことを好きだったのだろう。
いつの間にか酒を飲みすぎて潰れているバナージを見ながら、後でグランの話でもしてやるかと思ったのだった。
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