シャルルの提案
『と、まあ要するに【回復】という魔法を真に使いこなせれば寿命を延ばせる可能性はあると思います』
『へえ、シャーロットちゃんが【回復】という魔法を使えることは知っていたけれど、寿命や欠損治療までできたのね。全然知らなかったわ』
『それは私も知りませんでしたよ、シャルル兄様。まさかそんなことができるとは夢にも思いませんでした』
『ま、今のところは寿命延長は本当にできるかはわかりませんよ。ただ、人間の体は常に古い細胞を壊しながら、新しいものに置き換えて維持しています。そのときに起こる細胞の劣化の問題を解決しさえすれば、長生きはできるのではないかと個人的には睨んでいます』
シャーロットとシャルルに向かって、井戸端会議が続く。
とりあえず、寿命については【回復】魔法を使いこなせればできる可能性があるとだけ伝えた。
だが、【回復】という魔法によって寿命を延ばすのは、おそらくだが生理学などを理解していないとできないのではないかと思っている。
人体の構造だけではなく、顕微鏡レベルの細かい部分を知っているかどうか。
おそらく、その知識の有無で長生きできるかどうかが違ってくる。
特に重要ではないかと考えられるのがテロメアだろうか。
DNAなどで構成される染色体はその両端でテロメアと呼ばれる部分がある。
前世で知り得たあやふやな知識だが、このテロメアは細胞分裂のたびに摩耗していくらしい。
細胞が分裂するたびにテロメアの長さは短くなっていき、短くなりきってしまうと細胞分裂できなくなる。
そのため、テロメアは「命の回数券」などと呼ばれることもあるらしい。
普通、体の傷が治るというのは新しい細胞が作られることを意味する。
怪我をしたら、それを治すために傷口を塞いでその下から新しい皮膚などが盛り上がってきて治っていくが、これらは新規に細胞が作られたことになる。
【回復】という魔法は呪文を呟けば勝手に傷口を治してくれるが、これは強制的に一気に新しい細胞を作っているのではないだろうか。
そして、欠損治療もそうなのだろう。
失われた部分を無理やり新しい細胞を作ることで生み出している。
身体構造についての知識があれば、本来は治るはずのない欠損も治療できる。
で、あるならば知識さえあれば劣化した細胞も修復できるのではないだろうか。
それは多分可能だ。
なぜなら、犬人であるタロウのクローンを作ったときに受精卵に【回復】をかけて新たな生命を誕生させていたことからもわかる。
俺は前世で人体の構造についての知識を持ち得ていた。
そのために、【回復】という魔法が使えるようになった際には最初から欠損の治療もできた。
そして、それと同じように細胞の劣化についての生理学的な知識もあったため、劣化を抑えるように無意識に【回復】を用いていたのではないかと思う。
多分あれだな。
よくテレビなどでアンチエイジングなどの情報を見せられていたのが関係しているのだろう。
いつまでも若々しい細胞を、などといった情報番組を母親などが見ていたのを一緒に見せられていたからではないだろうか。
まさか、それがきっかけで【回復】を手に入れてから全然体が成長しないことになるとは思わなかったが。
ただ、この世界では今まで細胞の中などを観察できる顕微鏡などといったものはなかった。
人体の構造すらまともに理解していないのに、それよりも更に細かい細胞について理解できる者は少なかったのだろう。
だが、少数ながらも感覚的に理解していた者もいた。
昔、俺が欠損治療をできると知ったときにパウロ教皇は言っていた。
ごく限られた特別な人なら欠損治療をできる、と。
おそらく、知識はなくともなんとなく人体のことを理解できる人はいたのだろう。
全国各地に点在する教会で神父たちは名付けを行い、位階をあげる。
そして、【回復】を手に入れて司教になった者は毎日執務が終わると自分に回復をかけるのだという。
これは、教会関係者がみんないずれは自分も神界で暮らしたいと思っていたからだ。
【回復】を極めて欠損治療はおろか、寿命を延ばすことができれば、それだけ神界へ行ける可能性は広がる。
なぜなら、長生きして多くの人に名付けを行う機会が増えれば増えるほど、自分の魔力量が上る可能性が高まるのだから。
ただ、俺たちが人体解剖の本を広めるまではどうすれば欠損治療ができるかが具体的にわかっていなかった。
そのために、なるべく多く【回復】を使ったほうが練習になって良いと考えられていたのだろう。
ただ、【回復】は貴族や騎士から高い喜捨をもらって使用することもある。
故に、魔力が余った日の夜寝る前に自分で自分の体に【回復】をすることが通例になっていたようだ。
そして、そんな司教たちの中に特異な者がいた。
誰に教わるでもなく、不思議と感覚を掴むのが得意な天才肌の者たちだ。
満足な身体構造の知識などがないにもかかわらず、感覚的に人体を理解して欠損治療などができる者がいた。
あるいはそのときに無意識的に細胞も修復していたのかもしれない。
そういう人は最終的に教皇にまで上がっていき、神の使徒となった。
『ず、随分難しい話をするわね、アルスちゃん。けど、要するにかつてはアルスちゃん以外にも寿命が長い人々がいた、ということで間違いないのよね?』
『そうですよ、シャルルお姉さま。名付けを受けて【回復】が使え、かつ、人体についての知識があればという条件がつきますが』
『……その知識を教えてもらうわけにはいかないかしら?』
『人体構造のですか? というよりも、寿命延長についての知識全般ですかね。うーん、さすがにそれはただでは教えられないでしょう』
『まあ、そうよね。だったらどうかしら。お互いに人材を預けて、両国でそれぞれが持たない情報を教え合うというのはいかが?』
『お互いが? それって、交換留学みたいなものですかね?』
『ええそうよ。そうね、できれば、若く賢い将来性のある子どもたちを中心に双方の国から人を出し合うの。そして、一定期間相手の国で学び、帰国する。どうかしら?』
『面白い案だとは思います。検討してみましょう』
シャルルはよほど興味があるようだ。
まあ、それはそうか。
通常よりも長生きできる可能性があると聞けば、誰だって興味を持つだろう。
だが、教会関係者を見ているとそこまで簡単でもないように思う。
パウロ教皇が人体解剖の本を紹介し、聖人認定されて何年も経つがいまだに欠損治療をできない人も多い。
それだけ、新しいことを覚えるのは難しいのだろう。
だが、シャルルの申し出そのものはありがたかった。
こっちもいろいろと知りたいことはたくさんある。
知識の書を作る作業を始めているが、東方での情報も欲しかったところだ。
であるならば、交換留学の話は助かる。
国同士の取り決めであれば、留学中の学生の安全は最低限保障されると思うので、少なくとも無許可で東方に人を送るよりもよほどいい。
こうして、カイルとシャーロットの結婚前だというのにもかかわらず、俺とシャルルは交換留学についての話を具体的にまとめるために、更に話し合いを続けていったのだった。
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