寿命について
「おまたせ、カイル。着陸後のあれこれは全部終わったよ。さっき、シャーロットたちに挨拶していたみたいだけど、予定通り、ここでの滞在は5日間でいいんだよな?」
「ありがとう、それで問題ないみたいだよ、アルス兄さん。あ、そうだ、あそこにシャーロットさんのお兄さんがいるから紹介するよ。ついてきて」
魔導飛行船を使って東方にある天空城バリアントへと移動した俺たちは、さらにそこから南東へと向かった。
ブリリア魔導国は厳密に言えばアトモスの里とは接していないらしい。
占領したアトモスの里が向こう側からすれば蛮族の地であり、占領した後もあくまでも飛び地的な扱いだったそうだ。
なので、ブリリア魔導国内で一番アトモスの里に近く、大きな街で結婚するカイルとシャーロットが顔を合わせることになった。
フォンターナ王国でもカイルたちは結婚式をあげるが、シャーロット側の意向もあり、東方でも式をするそうだ。
これは、国内へ向けてのメッセージなのだろう。
あくまでも、霊峰を越えてやってきた謎の集団に王女を持っていかれたわけではなく、自らの意思で婚姻を結んだのだと喧伝したいのだろうと思う。
よく知らないが、きっと盛大な式を予定しているのではないだろうか。
俺たちが到着した今日は街に案内されて、一泊する。
そして、その後にパレードをして、式を執り行い、宴をする。
どこもだいたい流れは一緒なのだろう。
ただ、どうしても文化圏の違いという問題も出る気がする。
知らず識らずのうちにこちらにとっては当たり前でも、相手にとっての非常識なマナーにならないかどうかだけはレクチャーしておいてもらおう。
もちろん、その逆もあれば、トラブルを防ぐためにもこちらから指摘しておかなければならないだろう。
俺がそんなことを考えているときだった。
シャーロットたちと話していたカイルが戻ってきて、俺にシャーロットの兄を紹介すると言ってきた。
カイルの先導に従って、シャーロットたちのもとへと向かう。
『お久しぶりです、シャーロット様。この度はご結婚誠におめでとうございます。我が弟であるカイルとどうか末永くよろしくお願いいたします』
『ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします』
『紹介するよ、アルス兄さん。こちら、シャーロット様のお兄さんにあたるシャルル・ド・ルイ・ホーネット・ブリリア様です。シャルル様、こちらが我が兄のアルス・バルカです』
『あらー、可愛い男の子ね。私はシャルルよ。よろしくね。アルス殿にはぜひともシャルルお姉さまと呼んでほしいわ』
『ごきげんよう、シャルルお姉さま。アルス・バルカです。よろしく』
『んんっ。いい。いいわ! この子、いいわよ、シャーロットちゃん。私のことをお姉さまって呼んでくれたわ』
『お、落ち着いてください、シャルル兄様。アルス、あなたも気をつけてください。シャルル兄様を喜ばせてどうするつもりなのですか』
『いや、呼べって言われたから呼んだだけなんだけど』
随分とガタイのいいお姉さまがいたものだ。
どうやら、シャーロットと一緒にいるのはブリリア魔導国の第二王子であるシャルルという男性だそうだ。
その体は見ただけでも分かるほどよく鍛えられている。
シャーロットいわく王族であるがゆえに高い魔力量を持つのだろうが、それだけではないのだろう。
多分、実戦でもかなり鍛えられているのではないだろうか。
プルプルと震えるしなやかな、しかし、肉体を大きく盛り上げた筋肉の鎧を持つ男性。
それがシャルルなんちゃらさんだった。
だが、その体から放たれる武人としての雰囲気をかき消すかのように、今は体をくねくねさせながらシャーロットと女言葉で話している。
これは単純に、体は男性で心は女性なのだろうか?
それとも、第二王子としての微妙な立ち位置が関係していたりするのだろうか?
よくわからないが、お姉さまと呼べというので呼んだらシャーロットに怒られてしまった。
もしかして、実際にお姉さまなんて呼ぶやつはいないのかもしれない。
しばらく、キャッキャウフフと姉妹の会話が弾んでいるのを見させられることになってしまった。
『ああ、そうだわ。アルスちゃんに聞きたいことがあったの』
『アルスちゃん!? いや、いいけど。何かしら、シャルルお姉さま?』
『カイル殿から聞いたのだけれど、アルスちゃんは寿命から解放されているって本当なのかしら?』
『ん? ああ、そのことですか。どうなんでしょうね。現状ではわからない、としか言えませんよ』
どうやら、カイルは雑談として俺の寿命について話していたようだ。
シャルルやそばにいるシャーロットは前のめりになるように俺に聞いてきた。
が、これはちょっとわからないとしか言えない。
ただ、一つだけ言えることは、寿命から解放される方法は存在するということだけだ。
かつて、神界には神の使徒と呼ばれる者たちが住んでいた。
天空の楽園と呼ばれるそこで、優雅に暮らし、たまに子どもを産んでは地上の聖都で養育させるというとんでもないシステムが存在していた。
その神の使徒はもちろん教会の関係者であり、かつて教皇という地位にいた者たちだった。
地上で数多くの人間に名付けを行い、魔力を高め、位階を向上させる。
その結果、【回復】や【浄化】、【聖域】よりも更に上位の【神界転送】を使えるに至った者が教皇になり、その者たちが教会での務めを果たしたあかつきには神界での生活を許される神の使徒となったらしい。
だがしかし、ここで問題が発生する。
教皇になるほどまでに魔力を高められる者などそれほど高頻度で出現するわけではない。
だとすると、教皇となれる者の数は限られており、そうなれば必然的に神界に住んでいる神の使徒はごく少数とならなけれおかしいのだ。
しかし、実際には違った。
不死者の王と魔王ナージャが【神界転送】で神界へと入り込んだ際に、俺は不死者化した神の使徒とそれなりの数を遭遇していたのだ。
同時代において教皇にまでなれる者はそこまで多くはない。
が、神の使徒は神界にそれなりの数がいる。
これはきちんと理由があった。
神の使徒は非常に長生きだったのだ。
それこそ、普通の人からみると寿命から解放された不老不死なのではないかと思えるほどに。
何百年も老けずに神界で生活していたという。
が、これは必ずしも教皇になれればそうなるというものでもないらしかった。
単純に魔力量を高めて位階を上昇させても、寿命はたいして変わらない。
せいぜい、病気になりにくくなって、身体能力が上がるために事故死も減るので、教皇の平均寿命は長いというくらいなものだろう。
では、なぜ、神の使徒と呼ばれる者たちは通常の教皇と違って寿命から解放されたと言われていたのか。
それは【回復】にあった。
教会関係者では【回復】を使える者はそれなりに数がいる。
【回復】と呪文を唱えるだけで、体中の傷を治癒することができるありがたい魔法で、これを使えることで司教という地位になることができる。
が、この【回復】は他の魔法と違って使い手によって効果に差が出るケースが存在した。
なにも考えずに【回復】を用いているだけだと傷を治す効果だけしかない。
が、身体の構造などを理解して使用すると同じ【回復】という魔法であっても、欠損治療までできるのだ。
失われた手足がまるでトカゲのように生えてくる。
これは俺とミームが作ってパウロ教皇が広めた人体解剖の本によって、身体構造の理解を深めると可能になり、今では教会内でも十数人ほどが欠損治療をできるようになっている。
しかし、この本は最初出版したもののあまり売れていなかったがパウロ教皇を通して教会内でベストセラーになったのには訳があった。
それは、神界に暮らしていた寿命から解放されていると言われる神の使徒たちは、例外なく欠損治療ができたのだ。
これはつまりなにを意味するか。
【回復】を真の意味で使いこなせば、失われた身体を取り戻すだけでは終わらない。
寿命までもを引き延ばす効果があるということだった。
そして、おそらくだが俺はその領域に片足を突っ込んでいるのだろう。
俺は14歳で【回復】が使えるようになってから、毎晩寝る前に自分で自分の体に【回復】を使っていた。
それによって、俺の肉体は本来成長期であるはずの14歳頃からあまり変化が現れなくなっていたのだった。
だが、今はまだ、はっきりとはわからない。
もしかしたら、幼少期の頃の食糧不足による成長不良で14歳時点で身体の成長が停止してしまった可能性もないではない。
が、もしかしたら、このままの姿でずっと生き続けるのかもしれない。
ヴァルキリーを迷宮核などと【合成】して神の座に引き上げたのも、この問題が関係していた。
心のどこかでずっと一緒に生きられる相手がほしかったのかもしれない。
俺はこれらのことを念頭に、現状ではまだ自分の寿命がどうなっているのかがわからないとシャーロットやシャルルに説明していったのだった。
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