解放されし者
「あれが魔導飛行船というやつかしら? 本当に空を移動しているのね」
「はい、シャルル兄様。空の上を高速で移動するあの乗り物は、実際に見てみないと信じられない代物ではないかと思います」
「ええ、そうね。確かに、いくらシャーロットちゃんの話でも空を飛ぶなんて無理ではないかしらと思っていたことも事実よ。でも、本当なのね。あんなものがあるのね」
「はい。あ、止まりましたね。どうやら降りてくるようです」
「……空中に停泊するのかしら。あれだと、隙を見て乗り込むことも難しいかしら? って、なにあの子……。シャーロットちゃん、あの子、ものすごい魔力量よ。彼が件のアルスという子かしら?」
「……え、なんで? どうして?」
「ど、どうしたの、シャーロットちゃん? 彼はアルスではないの?」
「ち、違います、シャルル兄様。あの人はカイル・リード様です。でも、どうして? 前に会ったときにはあそこまでの魔力量ではなかったはず」
空中停泊した魔導飛行船から続々と人が降りてきます。
最初は兵士でしょうか?
周囲の安全を確認してから、今度は身なりのいい人物が降りてきました。
シャルル兄様はその姿を見て、彼がアルスではないかと思ったようです。
しかし、違いました。
彼はアルスではなく、アルスの弟で私の結婚相手であるカイルくんだったのです。
ですが、その姿は以前お会いしたときとは全く違いました。
いえ、姿そのものは多少成長したくらいでそこまで大きく変わったわけでもないのでしょう。
ですが、その身に纏う魔力量が大きく違っているのです。
当時も兄であるアルスには及ばないものの高い魔力量を誇っていたカイルくんですが、今はその時と比べても圧倒的に魔力が多いように見えます。
王族である兄を超えるほどの魔力量。
いえ、あるいはもしかしたらお父様に届きうるかもしれないほどの魔力の持ち主になっていたのです。
「もしかして、名付けをしたのかもしれません」
「どういうこと、シャーロットちゃん?」
「最近になって判明した名付けの魔法陣の効用です。あれを使うと、他者から魔力を移譲させる効果があることがわかっています。もしかすると、誰か特大の魔力を持つ者にカイル様は名付けをして魔力量を高めたのかもしれません」
「そういうことね。なるほど。それなら合点がいくわね。いくらなんでもわずか数年でそこまで魔力量を高める方法があるとは思えないし。あ、もうひとり、魔力量が多い子が降りてきたわね」
「あ、あれがアルスです、シャルル兄様。あの人がアルスです」
「彼が? 確か、アルスとカイルという二人は兄弟なのよね、シャーロットちゃん? アルスが兄だったはず」
「そうです」
「そうなのね。なんだか、アルス少年のほうが弟に見えるわね……」
「確かに。でも、兄アルスが18歳で、弟のカイル様が16歳だったはずですよ」
「へえ……。アルス少年はせいぜい14か15歳くらいに見えるわね。可愛らしい姿に騙されちゃったのかしら、シャーロットちゃん?」
「う、そ、そんなことありません。あの人は私を西へと連れていって、帰さないぞと言ってきた悪い人です。そんな人に騙されたりはしていませんから!」
お兄様に痛いところを指摘されました。
確かに、当時の私はアルスを子どもだと思っていたようにも思います。
私よりも年下なのではないかと思っていたのです。
あの当時だと、兄のアルスと弟であるカイルくんは同年代くらいに見えていました。
ですが、そのときと比べるとカイルくんは体つきが成長しているのに対して、アルスは当時のままのようにも思えます。
そのためか、パッと見ただけではどちらが兄であるか見間違える人もいるのではないでしょうか。
「お久しぶりです、シャーロット様。そちらの方はどなたでしょうか?」
「お久しぶりです、カイル様。こちら、私の兄であるブリリア魔導国第二王子のシャルル・ド・ルイ・ホーネット・ブリリアです。お兄様、ご紹介いたします。彼がカイル・リード様ですわ」
「カイル・リードです。お初にお目にかかります、シャルル様」
「あらん。そんなに堅苦しくなくていいわよ、カイル殿。これからは私たちは兄弟関係になるんですもの。仲良くしていきましょう。私のことはシャルルお姉さまと呼んでもらってもいいわよ?」
「ええ、よろしくお願いします」
魔導飛空船から降りてきた一団の動きが一段落すると、そこからカイルくんがやってきました。
まずはシャルル兄様とご挨拶です。
本来、父であるブリリア魔導国の国王の名代としての立場もあるシャルル兄様がかなりおどけた対応で迎えていますが、大丈夫なのでしょうか。
気を悪くしないだろうかと少し心配でしたが、カイルくんはごく普通に対応しています。
大抵の人はシャルル兄様ほどのたくましい身体をした男性が女性の言葉遣いで話しかけてくると戸惑うものなのですが、そんな様子は一切見られませんね。
もしかして変わった人には慣れていたりするのでしょうか。
「そういえば、カイル殿。あそこにいる可愛らしい少年は誰かしら?」
「え? ああ、あそこにいるのは私の兄であるアルス・バルカです。今は着陸後で段取りを仕切っていますが、すぐにこちらに来ると思いますよ、シャルル様」
「んもう。お姉さまって呼んでって言っているのに、いけずね。でも、噂の彼がアルス殿なのね。カイル殿の弟かと思っちゃったわ」
「最近はそう言われることも多くなりました。兄は多分14歳ごろから体の状態が変化していませんから」
「へえ……。随分具体的に年齢のことを言ったようだけど、14歳のときになにかあったのかしら?」
「兄は14歳の時点で寿命から解き放たれたのですよ、シャルル様。現在兄は神の盾として、神界に入ることを許された限られた人間ですが、いわゆる神の使徒たちは寿命という概念から超越した存在のようです」
「……え? 神の使徒? ちょっと待ってちょうだい。寿命から解き放たれたってどういうことなのかしら?」
「言葉通りの意味ですよ。我々の地における教会関係者の中でも教皇と呼ばれた者の中で寿命から解放された者は、神の使徒となり神界で数百年を超える悠久の時を生きてきたとされていました。ですが、いろいろあって、神の使徒はほとんどいなくなりました。現在、寿命から解放されているのは我が兄であり、神の盾と呼ばれるアルス・バルカくらいではないでしょうか」
ちょっと待ってください。
カイルくんはなにを言っているのでしょうか?
寿命から解放された存在?
それってもしかして不老不死ということではないのですか?
兄が全然老けないのでその妻である女性が「自分だけがどんどん年をとっている」と嘆いている、などとカイルくんは話を続けます。
が、もはやそれどころではありませんでした。
あの人はやっぱりおかしい。
また一つ、調べなければいけないことが増えてしまったことに気がついて、私は思わず頭を抱えてしまったのでした。
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