絵本と歴史書
「あ、あの……、こんな絵でも良いのでしょうか? バルカ様が生身で空を飛んで空竜と戦っていたわけではないのですよね?」
「そりゃそうだ。俺は空を飛ぶ魔法なんか持っていないからな。魔導飛空船の中から応戦していたにすぎないよ」
「ですよね。でも、絵本ではバルカ様が空を飛んで西へと向かったことになっていますが……。これでいいのですか?」
「別に良いだろ。絵本ってのは子どもたちに夢と感動を与えるためのものだからな。必ずしも事実である必要はないし、本当のことを描いても見栄えしないだろ。相手がまともに見えていない魔導飛行船の中で俺が一人で剣を振り回しているなんて現実的に考えておかしいだろ」
「それは確かにそうなんですが事実なんですよね? まあ、要するにあれですね。この絵本というのは知識の書とは違って、吟遊詩人が語る物語を絵にした本ということですか」
「そういうこと。ドキドキワクワクする内容ならそれでいいんだよ。なんなら別に主人公が俺でなくてもいいしな。子どもの共感を得るなら主人公の年齢はもっと低い少年でもいいくらいだ」
「な、なるほど。子どもが竜と戦えるとは到底思えませんが、バルカ様ならありそうですしね。でも、そうなるともっと話の内容にあわせて絵を簡略化したほうがいいでしょうか。あまり精密な絵画調のものや、普段の私の作品では合わないでしょうし」
「そうだな。ただ、そのへんは作者の描きたいものを優先してくれてもいいよ。想定される読者が子どもだとわかって作ってさえいればそれでいいから」
画家くんとあーでもないこーでもないといいながら、絵本についての意見を出し合っていく。
最初、画家くんは俺の話した東方遠征や西方探索について、すべて正確に書き記そうとしようとしていた。
だが、それはやめさせた。
俺が絵本の読者ならば説明くさい描写が続くより、わかりやすく、面白い内容のほうが読みたいと考えたからだ。
なので、絵本の内容は簡潔に省略しながらも、スペクタクルに物語が進んでいくように作っていくことに決めた。
その参考になったのが、吟遊詩人の歌う歌だった。
この世界にも旅芸人のように各地を放浪して歌を歌う吟遊詩人という存在がいる。
そして、俺はそんな奴らともコネクションを持っていた。
俺がどこかで何かをしてきたときに、吟遊詩人たちにその話を聞かせる。
すると、各人がそれを元に歌を歌い、各地を練り歩くのだ。
だが、やはり不思議なもので同じ話の内容からでも完成した作品には人気に差が出てくるものらしい。
しばらく経つと、人気がある歌は広まり、他の吟遊詩人もそれを覚えて歌ったりもしていた。
というわけで、東方遠征や西方探索が終わった後に作られた吟遊詩人の歌で人気作があり、それを絵本に原作として使わせてもらうことにしたのだ。
もちろん、黙って盗用したわけではない。
この世界にパクリ云々という話はあまりないのだが、原作となった歌の造り手には絵本にすることを話して金一封を渡しておいた。
これは、絵本を作るときに吟遊詩人の目から見て、民衆に受ける内容かどうかを確認したかったからでもある。
こうして、いくつかの冒険活劇の絵本が出来上がった。
そして、これらの絵本を作りつつ、思ったことがある。
それは知識の書に含まれる歴史分野についての記載だった。
歴史は勝者によって作られる。
いくら正しい歴史的事実を並べたとしても、現在に残る勝者がその歴史認識を認めないとなると軋轢が残ってしまうことになる。
特に、神と教会の関係は悩みのタネでもあった。
すでに数千年の時が過ぎたかつての出来事であっても、神は現在も存在している。
そんな生き証人がいるのにたいして、長年各地で存在感を保ち続けてきた教会の主張と神の存在はぶつかり合っているのだ。
そのことについて、歴史書に記載するかどうか迷っていた。
この問題について絵本作りの経験が役に立つかもしれない。
要するに事実を書きつつ、軋轢をうまなければいいのだ。
絵本で描いたように、俺が西の海を探して空を移動したという事実は間違いないが、それがどんな方法だったかは話の流れには関係ない。
つまり、神と教会の関係もそういう曖昧さをもって処理してしまうことにした。
歴史書には事実を書こう。
ドーレン王家の初代王は不死者の王となって封印された。
初代王の妻であり妹は教会によって神の座についた。
教会は神界と神を見守り続けて今日まで連綿と続いてきた。
これらの事実だけを書けばいい。
ただし、歴史書に当事者の感情は不要だ。
神になったアイシャが身動きできない神像にされたことに対してどのように思っていたかなどは歴史書に書く必要はない。
初代王が封印されながらも神界にいる神と思念を伝えあっていたことも別にいらない。
ただ、当時の教団と貴族が持てる秘術を駆使して、この世に神を顕現させたとだけ書いておけばいいだろう。
あとは読む者の解釈でどのようにでも読み取ってもらえばいい。
教会側も元々の話と食い違う部分が少なければ特に問題視しないだろう。
「と、いうわけで、こんな感じで歴史書を作るつもりなので根回しよろしくお願いしますね、パウロ教皇」
「ふむ。あなたが何やら書物を作るという話を聞いたときにはどうなることかと思いましたが、それであれば問題ないでしょう。ただし、他の大司教たちへの根回しをするには相応の喜捨がないと難しいでしょう」
「……前に大金をポンッと渡しませんでしたっけ? しかも、貸付で」
「それとこれは話が違いますよ、アルス。何事も物事をうまくすすめるためには新たに必要になるものがあるのです」
「そっすか。まあ、そういうことなら喜捨いたしましょう。といっても、神の盾である俺が教会に喜捨するのもおかしいですかね? 喜捨するのはバルカ家当主のアルフォードからということにしておいてください」
「ええ、わかりました。新たなバルカの当主が敬虔な信徒であることが分かり、神もお喜びでしょう」
なんだかこれでいいのだろうかとも思わないでもないが、まあいいだろう。
あとは、神であるアイシャに新しい依り代を渡すついでに事情を説明しておこう。
どうも、今のアイシャは今まで離れ離れだった最愛の夫がそばにいることで機嫌がいいらしいので、多分許してくれるだろう。
初代王が復活するのは早くてもあと100年はかかるはずだが、今からそんなので気持ちが続くのだろうかと思ってしまう。
なんにせよ、これで歴史問題について一番の懸念は解消されたと言ってもいいだろう。
我が子アルフォードがわずか4歳にして教会から表彰されるほどの金額を喜捨したという話に発展しながらも、知識の書づくりは進んでいったのだった。
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