新たな神
「……なあ、ヴァルキリー。お前はどう思う?」
「キュイ?」
「お前が神になるって話だよ。アイシャと同じように永遠に生き続ける、というか、死ねなくなる。そして、その上でお前にはずっといろんなことを覚えておいてもらうって話なんだけどな」
「キュイ!」
「……どうすっかな」
カイルの提案を受けてから何度目だろうか。
こうして、ヴァルキリーに話しかけるのは。
そのたびに、ヴァルキリーは俺の話を最後まで聞いてから頭を押し付けてグリグリしてくる。
たぶん、嫌がってはないと思う。
というよりも、俺が命令すればそれがどんなことでも嫌がらずに受け入れてくれると思う。
元来、人の言うことをよく聞く使役獣だからなのか、あるいは俺のことを信頼していてくれるのか。
このときばかりは、できれば後者であってほしいと思ってしまった。
だが、こうして話しかけてはいるが、実のところ俺の心は決まりかけていた。
俺が初めて孵化させた使役獣である初代ヴァルキリーを神にする。
これは今回のカイルの提案がなくとも、もしかしたらいずれは考えていたことなのかもしれなかったからだ。
それはヴァルキリーの寿命にあった。
俺が初めて使役獣の孵化に成功させたのは当時6歳のころだった。
それから月日が流れてヴァルキリーが誕生してから12年の時が過ぎている。
そして、ついに恐れていたことが起きた。
怪我などではなく、寿命で死んだヴァルキリーが出始めたのだ。
といっても、それは初代ではない。
最初に生まれた初代ではなく、当時角を切った個体が命を引き取ったのだ。
もしかしたら、角を切ったことが初代よりも早く亡くなる原因だったのかもしれない。
が、誤差の範囲内なのかもしれない。
今のところ、初代ヴァルキリーはピンピンしているが、この先どうなるかは全くわからないのだ。
今ならば、初代ヴァルキリーを神アイシャと同じようにすることはできる。
きっと、成功するとは思う。
そして、成功してしまえばアイシャと同じように何千年という時間を死なずにすむことになる。
が、果たしてそれが生きていると言えるかどうかが問題だが。
逆にメリットはどうか考えてみる。
初代ヴァルキリーを迷宮核と【合成】することによるメリットは十分にあると思う。
それは、今後も生まれ続けるヴァルキリーたちが俺の魔法を使い続けることができるという点だろうか。
ヴァルキリーは元々【共有】という魔法をもって生まれた魔獣型の使役獣だ。
そのヴァルキリーに俺が名付けをしたことで、全く同じ身体的特徴と【共有】の魔法をもつヴァルキリーは群れ全体で俺の魔法を使うことができるようになった。
だが、もし、名付けされた個体である初代が死んでしまったらどうなるだろうか。
おそらくだが、群れ全体で使えていたバルカの魔法は使えなくなるのではないだろうか。
初代ヴァルキリーを迷宮核と【合成】し、永遠のものとしてしまえば、今後生まれてくるヴァルキリーたちもバルカの魔法を使い続けることができるだろう。
ただ、この程度のメリットは大したことではないとも言えるかもしれない。
もし、本当にヴァルキリーがバルカの魔法を使い続けたいだけであれば、バルカの魔法を【収集】してしまえば実現はできるからだ。
結局のところ、カイルの言う通り、俺がどうしたいかを決めるだけなのだろう。
どんなに理由をつけたところで、ヴァルキリーを迷宮核と【合成】するのは俺のエゴによるものでしかない。
「よし、決めたぞ、ヴァルキリー。お前には神になってもらう。これからもずっとこのバルカを見守っていてほしい」
「キュイ!!」
「ありがとう。悪いな、ヴァルキリー」
こうして、俺は今まで連れ添ってきた最高のパートナーを神にすることに決めたのだった。
※ ※ ※
「では、いきますよ。いいですね、アルス様?」
「ああ、頼むよ、ルーク」
「…………合成」
天界に呼び寄せたブーティカ家当主であるルークが【合成】を発動する。
その魔法によって、ヴァルキリーの全身が魔力で包まれた。
そのヴァルキリーのそばには、かつて教会の本拠地であった聖都の地下に埋まっていた迷宮核もある。
神界から地上へと帰還するために気の遠くなるようなほどの昔からそこに存在した迷宮核が、今、ヴァルキリーと【合成】される。
だが、その迷宮核のそばには他にも品が置いてあった。
それらが迷宮核やヴァルキリーと同じようにルークの魔力で包まれている。
「どうだ?」
「せ、成功です、アルス様。……すごいですね。まさか、このようになるとは」
「……危険の大きい賭けだったけど、うまくいったみたいだな。成功してよかった」
「キュー」
「おお、ちゃんと動けるんだな。大丈夫か、ヴァルキリー?」
「キュイキュイ」
迷宮核と【合成】された初代ヴァルキリー。
本来であれば神であるアイシャと同じように物言わぬ像になるはずだった。
だが、俺は危険すぎる賭けに出た。
迷宮核以外も【合成】の材料に使うことで、【合成】されたヴァルキリーが動けるように仕組んだのだ。
そして、それは見事に成功した。
【合成】後のヴァルキリーはこうして動いている。
いつもと同じように、頭を俺に擦り付けるようにしてくる。
だが、それはかつての感触と同じではなかった。
ヴァルキリーの体に手を触れるとひんやりとしているのだ。
「すごいね、アルス兄さん。それってヴァルキリーが氷精になったってことでいいのかな?」
「そうだな。そういうことでいいと思うよ、カイル。ただ、今のヴァルキリーはやっぱり普通の氷精とも違うだろうし、さしずめ氷の神ってところかな」
カイルの言う通り、【合成】されたヴァルキリーの体は氷精と同じようになっていた。
俺がルークに【合成】を依頼したときに、用意した品の影響であることは間違いないだろう。
莫大な魔力を内包する迷宮核と一緒に、俺は吸氷石も【合成】の材料として使ったのだ。
その吸氷石は俺が魔力で作ったものではなく、大雪山で見つけたものだ。
天に届くと言われる大雪山は一年を通して雪と氷に包まれている。
そこで、どれほど昔からあったのかわからないが、長い年月を経て周囲の冷気を吸収し続けてきた吸氷石を利用したのだ。
俺が大雪山で見つけた吸氷石の中でも一番大きく、最も冷気を取り込んでいるであろうものを【合成】に使用した。
しかも、それだけではない。
この吸氷石には俺が氷精を取り込ませていたのだ。
今はもう使えない【氷精召喚】を、俺は息子に生前継承する前にこの吸氷石に使っていた。
当時の持てる全ての力を使って俺は無数の氷精を召喚し、そして、その吸氷石に取り込んでいたのだ。
俺の【氷精召喚】では一番戦闘能力のないただ青白く光るだけの氷精しか召喚できなかったが、大雪山で手に入れた吸氷石に取り込むことで他の姿の氷精として使うことができた。
生前継承すれば【氷精召喚】できなくなることを見越して、いつか使うかもしれないと思い、氷精を取り込ませた状態でストックしておくことにしたのだ。
それを今回使用したというわけである。
果たして、迷宮核と一緒に氷精を取り込んだ特製吸氷石を【合成】したらヴァルキリーがどうなるかは誰にもわからなかった。
【合成】の使い手であるブーティカ家当主のルークももちろん、神にされた経験を持つアイシャもわからなかった。
だが、もしかしたらヴァルキリーが氷精のような精霊の姿となり、像になったアイシャとは違って動けるかもしれない。
そんな希望的観測にかけて俺は吸氷石を利用したのだが、結果的にそれはうまくいってくれた。
こうして、初代ヴァルキリーはこの日をもって神の座についた。
あらゆる氷精を越えた魔力を持つ精霊としての力を備えた氷の神として、新たな生を得たのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





