カイルの提案
「ふむ、こんなもんかな」
賢人会議という名の変人たちによる集合知を書物にするというプロジェクト。
それぞれが情報を出し合い、意見を活発にして議論しあい、ブラッシュアップしていく。
俺はこのやり方をなるべくうまくできるように、前世で得た知識をここでも活用することにした。
まず、第一に賢人会議で作られる予定の「知識の書(仮)」は参加した者たちの共同著書として名を残すことを告げた。
これは、いずれできる書物が誰によって作られたものなのかを明確にすると同時に、その参加者の一員であり責任ある立場であるという意識をしっかり持ってもらうためのものでもあった。
そして、知識の書に記載する情報はきちんとした出典を載せることも命じている。
いわゆる情報源、あるいはソースなどと言われる出典元をきちんと書く必要があるようにしたのだ。
これは、知識の書に載せる情報は「〇〇と言われている」などという曖昧なものではなく、しっかりとしたデータを求めていたためだ。
根拠となる論文を基に、あらたに論文を作る。
引用したのであれば、それらもしっかりと書き記す。
そんな基本ルールをしっかりと決めておこうと思ったのだ。
あとは、編集権限を持つ者を任命することだろうか。
賢人会議では基本的に知識ある者たちが【念話】を使って話し合っている。
が、最終的にはそれらを書物という形あるものにしていくことになる。
そのために、各人が【念写】を使って、情報が整理されたものを文章にしていくことになる。
が、それをそのまま知識の書として本にするわけにもいかない。
その文章が正しいかどうかを改めてチェックすると同時に、なにか記載漏れや誤字脱字以外にも文章の修正が求められることもあるだろう。
それを勝手に書き直す者が出始めたら困ることになるかもしれない。
そのために、知識の書という紙に出力された情報を修正するには編集者という権限が与えられた特定の者にしかできないようにしたのだ。
というわけで、こんなことを頼めるのは一人しかいない。
俺がすべての情報に目を通して査読していく能力があればよかったのだが、この世界の情報すべての真偽を見抜くことなどできるとは思えなかった。
そのため、一番信頼できる我が弟のカイル先生に頼み込んだ。
「ごめん、さすがにそれは無理だよ、アルス兄さん」
「……カイルでも無理か? 編集者の役目はやっぱり大変か」
「大変なんてものじゃないよ、アルス兄さん。毎日【念写】で書かれた数千枚以上の紙に書かれた情報が上がってくるんだよ? しかも、それの出典元を確認して情報の齟齬がないかどうかも見ながら、次々に出てくる修正案までもをみるのは【速読】があっても難しいよ。他の仕事がなにもできなくなる可能性もあるしね」
「そうか。なら、編集者を増やすっていうのはどうだ?」
「うーん、それもいいんだけどさ。この、紙でのやり取りって方法自体がそもそも問題なんだと思うんだ。最終的には書物にしたいっていうのはわかるんだけど、確定前の情報をいちいち紙に書き出して、それを査読する必要なんてあるの?」
「え……。そりゃまあ、一通りの意見が出てから紙に記すだけのほうが楽だとは思うけど、賢人会議で出た意見をいつまでも頭の中に残しておくことなんてできないだろ? まとまった意見はすぐに紙に出力しておいたほうが、情報が間違いなく残ると思うんだけど」
「それって結局、記録媒体が問題だってことだよね? 【念話】で話した内容はきちんと残しておかないと忘れちゃうから、紙に書き出しておこうってだけで、頭の中でも忘れなかったら問題ないんじゃないかな?」
「そりゃそうだけど、覚えてられるのか? 人間は忘れる生き物だろ」
「……え? 何言っているの、アルス兄さん。【記憶保存】って魔法を作った人がどの口でそんなことを言うのさ」
「……ああ、そっか。【記憶保存】があったか。あれがあれば紙に書き出さなくても覚えてられるよな。……いや、けど、カイルやリード姓のやつらは【記憶保存】が使えないだろ」
「うん、そうだよ。だからさ、ボクに一つ考えがあるんだけど言ってもいいかな。できれば、怒らずに聞いてほしいんだけど」
「なんだ? カイルに考えがあるならもちろん聞くぞ? というか、俺は別にそんなに簡単に怒らないだろ」
「うーん、内容がちょっとあれだからね。じゃあ、言うよ? 賢人会議でまとめた情報を記録するのにヴァルキリーを使わせてもらえないかな。ヴァルキリーならアルス兄さんに名付けされた経験があるから【記憶保存】が使えるでしょ。それで、できればなんだけど、その記録係のヴァルキリーにはボクも名付けさせてほしい」
「……なるほど。ヴァルキリーに対してカイルが名付けをして、ヴァルキリーにも【念話】を使えるようにするのか。で、賢人会議で出た情報を【念話】でヴァルキリーに伝えて【記憶保存】してもらう、と。うん。いいんじゃないか? でも、文章を【記憶保存】させたヴァルキリーがその情報を【念写】できるかどうかが問題になりそうだけど。けど、なんでそれで俺が怒ると思ったんだよ?」
「この話はそこで終わりじゃないからね。むしろ、ここからが本題かも」
「ここから? どういうことだ、カイル?」
「可能ならば記憶させた情報はずっと残るようにしたいんだ。つまり、【記憶保存】してすべての知識を得たヴァルキリーが死なないようにしたいんだよ。だから、そのヴァルキリーを神様と同じ死なない状態にできないかとボクは思っているんだ」
「神と同じ? それって、もしかして迷宮核と【合成】されたアイシャと同じことをヴァルキリーにもしようってことか?」
「うん、そうだよ、アルス兄さん。実現できるかどうかだけで言えば、できなくはないよね? だって、アルス兄さんは聖都の地下に埋まっていた迷宮核を一度フォンターナの街の大教会に埋めたあと、もう一度取り出しているよね? その迷宮核があればできないことはないはずだよ。やるかやらないかはアルス兄さん次第だけど」
カイルがとんでもないことを言い出した。
だが、カイルは俺と違って思いつきでこんなことを言い出すやつではない。
きっと、今まで考えていたことではあったのだろう。
確かに、カイルの言う通り記録媒体として、神、という存在はありだと思う。
実際に数千年以上前から神界で神としてあり続けたアイシャは昔のこともしっかりと覚えている。
どういう理屈なのかはわからないが、肉体を迷宮核と【合成】した以上、脳の性能云々ではないのだろう。
おそらく、10万3000冊を超える書物を記憶したところで脳がパンクすることもないだろう。
そういう意味では誰かを神に仕立て上げて、自分たちの知識を余さず記憶させるというやり方がないわけではない。
だが、だからといって誰をそんな人身御供のように迷宮核と【合成】できると言うだろうか。
永遠に死ぬことも許されずに、常に【念話】で流し込まれる知識を【記憶保存】し続けるだけの存在になれ、というのはあまりにもひどい話だ。
たとえそれが人であれ、ヴァルキリーであれだ。
しかし、倫理的な善悪を問わなければいい考えではあるのかもしれない。
何事もなければ数千年は残り続ける記録媒体が出来上がるというのはそれだけでも大きい。
俺はこのカイルの提案を実行するかどうか、しばらくの間、考え続けたのだった。
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