念話の特徴
「ふう、疲れた……」
「よう、お疲れさん、画家くん。どうだ、賢人会議の進み具合は?」
「さあ、どうだと聞かれても困りますね。進んでいるとは思いますが、バルカ様の求めるすべての情報を書き記せ、という難題の前にはまだまだかもしれません」
「そうか。まあ、時間がかかるのは最初からわかっていることだしな。気長に待つか」
「バルカ様はこの賢人会議に参加しないのですか?」
「俺が? この変人たちの集まりの中でごく普通の人間である俺に何を話せっていうんだよ?」
「いや、バルカ様がこの中で一番……。いえ、なんでもないです。けど、この場での話し合いに参加するには十分な知識をバルカ様は持っているでしょう。魔法創造のお話などは誰よりも詳しいでしょうし、それに文化的素養で言えば、バルカ様の詩の知識量の深さは有名ではありませんか」
「詩か。確かにリリーナと結婚したときからクラリスに教え込まれたからな。普通よりは詳しいことは確かなんだろうけど、俺はリード姓を持つ連中の【念話】や【並列処理】が使えないからな。あの会議に参加するのは難しいよ」
バルカ城の大広間に押し込めた数百人を超える変人たち。
その変人たちによる賢人会議で、それまでになかったようなあらゆる分野の知識の集合という作業が行われていた。
その賢人会議に出席していた画家くんが、一度休憩のために部屋から出てきたのを見つけたので話を聞いてみることにしたのだった。
作業は順調に進んでいる。
が、最終目標が大きいだけあって、まだまだ終わりは見えていないという状況のようだ。
そんな途中経過の話し合いに俺にも参加してみたらどうかと画家くんは言ってきた。
実際それも面白そうだとは思う。
俺が持つ知識をここにいるマニアたちに聞かせることで、俺自身が気づいていなかった気づきを得るきっかけにもなるかもしれない。
魔法をつくるという点において、おそらくは俺以上に経験のある者がいることはないと思うが、もしかしたら何かの情報を持っている者がいないとも限らないからだ。
それに文化的なことでいえば詩作については俺も結構詳しいほうだったりする。
ただの貧乏農家の三男坊だった俺がリリーナと結婚する際に、教養面で最低限つり合いが取れるようにと、クラリスから詩の勉強を勧められたことがあったのだ。
詩を作るというのは、これがなかなかどうして奥深い。
ただ単に思いついたことを書き連ねるのではなく、過去に作られた名のある詩人の詩を意識して作らねばならなかったからだ。
例えば、夜空に浮かぶ月がキレイだ、と言いたいだけでもどんな状況で月が浮かんでいるかを表現するかで連想される過去の有名な詩が違ってくる。
読み手はそれらの過去の詩と対比させて新たに作られた詩を評価してくるため、どうしても今までに読まれた詩の知識がなければ詩作はできなかったのだ。
そして、当然のことながら貧乏農家出身の身でそんな知識は俺にはなかった。
が、リリーナにふさわしい教養が無ければいけないと言われたので必死になって勉強をしたのだ。
そこで俺がとった方法は、既存の詩を可能な限り集めて、それを体系的にまとめて理解し、活用するというものだった。
どうやらこの方法論はあまり一般的ではなかったらしい。
クラリスいわく、普通は幼少時からいろんな詩に触れることで、感覚的に良い詩を学び、知識を得るものだったそうだ。
しかし、その勉強のかいあって俺が結婚以降続けていた詩の知識量は他の文化人にも引けを取らないくらいかなり専門的なものになっていたのだ。
ちなみに俺がフォンターナ家当主の代行として貴族領の統治を買って出たときに、周囲からの不満を抑えて仕事ができたのもそれが多少関係していたりする。
当時、俺が作った詩はそれなりに有名であり、ただの農民上がりではない教養の持ち主であると認識されていたことは少なからずプラスに働いていたのだ。
だが、だからといってこの賢人会議に参加したいかと問われると微妙な気もする。
なにせ俺は【念話】も【並列処理】も使えないのだ。
実は息子のアルフォードに生前継承したときに、カイルから名付けをしてもらって【念話】などを使えるようにしようかという考えもあった。
が、結局それは見送っている。
というのも、【念話】は便利である一方で、大変そうだというのがあったのだ。
カイルの作った【念話】という魔法は魔力パスでつながった相手と遠距離であっても思念で会話できるというものである。
これは実は前提条件があって、相手を直接知らないと【念話】が通じないらしい。
つまり、同じリード姓であっても全く知らない者同士では【念話】が使えない。
なので、今回はこうしてバルカ城で変人たちを同じ場所に集めて賢人会議をスタートさせたのだ。
そして、【念話】にはもうひとつ重大な欠点が存在した。
それは、通信拒否ができない、という点である。
魔力パスでつながっているリード姓同士が一度でも会い、【念話】が相互に通じるようになると、いつでもどこでも無言で会話ができるようになる。
が、これは逆に言えば、いつ何時でも頭の中に直接声が届くということを意味していた。
例えば、起きてすぐや寝る前、あるいは寝ている最中であっても急に頭の中に他人の声が響き渡るのだ。
食事をしているときも、着替えているときも、便所にいるときであっても同様だ。
これがいかに辛いことか、わかるだろうか?
とはいえ、リード姓を持つ者といっても、基本的には数が限られている。
カイルから姓を与えられて魔法が使えるようになったとしても、【念話】がつながる相手は意外と少ないことが多いらしかった。
特に地方で事務仕事を任されているようなやつはその地にいるリード姓の数人と、フォンターナの街にいる連絡係くらいだったのだ。
だが、カイルは違う。
リード姓を与えたすべての者と必ず顔をあわせているカイルは、当然だが誰からでも【念話】が届く可能性があったのだ。
たぶん、カイルが【並列処理】という魔法を作る前から複数人の声を聞き分けられるようになっていたのは、それが原因だったのだろう。
頭の中で脳の機能をパーテーションで区切って処理するようなことでもしない限り、常に誰かから話しかけられた状態が続けば頭がどうにかなってしまっていたのではないだろうか。
そんな話を聞いた俺は、最初は羨ましがっていた【念話】が使えるという話にさほど興味を示さなくなってしまっていた。
俺ならたとえ【並列処理】ができたとしても、何度も頭の中で他人の声が響き渡るようになれば気が狂うのではないだろうか。
この賢人会議に参加しているメンバーはみんな大丈夫なのだろうか?
それまでは俺がバルカで雇ったといっても、基本的にはそれぞれに研究室みたいなものを与えて各自で勝手に自由に研究をさせていた。
それが、このような場に引っ張り出されて自分の研究成果を発表し、それを周囲から検証される立場になることになって、今はみんな喜んでいるようだ。
だが、正当な意見や反証などはともかく、誹謗中傷のような意見がくれば会議の場が荒れるかもしれない。
そうならないように、ある程度の意見の出し方くらいは決めておいたほうがいいのかもしれない。
俺は賢人会議に参加した変人どものメンタルの心配をしながら、話し合いのルールづくりをしようと心に決めたのだった。
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