変人集団による集合知
「あ、あの、バルカ様? 彼らはいったい何をしているのですか? なぜ、あんなに集まって全員が一言も喋らずに黙々と紙に何かを書いているのでしょうか?」
「ああ、画家くんか。いや、あそこにいる連中は俺がバルカニア中から集めてきた奴らだよ。今、みんなには仕事をしてもらっているんだ」
「仕事ですか? 事務仕事を任せたわけではないのですよね?」
「うん、違うよ。あいつらは全員が何かしらの分野で異常なほどの知識を持つ連中でな。そいつらに、フォンターナ王国にまつわる歴史や文化、生物の情報をまとめさせているんだよ」
「……はあ、また何か始めたというわけですね。今のお話だとさまざまな分野の情報をまとめているということですか。もしかして、私が呼ばれたのもそれが理由ですか?」
「そうだ。画家くんも絵画という文化の担い手だろ? 当然、普通の人が知らないような絵に関するいろんな話を知っていると思う。それを聞きたくて来てもらったんだよ」
「はあ。確かに絵に関しては今までいろんな技法を調べたりしてきたので人よりも詳しい自信はありますが……。それにしてもあの中には入りたくないですね。あそこにいるのはバルカ様のもとに集まってきた変わり者の人たちばかりじゃないですか」
「まあ、たしかに何年もかけて一芸に秀でた者を集め続けてきた中でも折り紙つきの変人たちだわな。特定の分野に異常に詳しいオタクとかマニアみたいなやつばっかりだし。けど、喜べ画家くん。お前もそのうちの一人だよ」
「うーん、複雑だなあ」
フォンターナの街で財務大臣としての仕事をしながら、俺は新たな構想に着手した。
それが、歴史や文化、生態系について調べ上げるという仕事だ。
今まで出回っている書物だけではなく、実際に現物なども調べて具体的根拠のある証拠を積み上げるようにして確かな情報を集めたい。
それは、真偽が定かではない神話や伝説のような話が入り混じった既存の情報からの脱却という、途方も無いものだった。
実はこれらは今までにも少しやってみたいという思いはあったのだ。
だが、それは実現していなかった。
というのも、俺の立場がそこまで強くはなかったからだ。
あらゆる歴史を調べ上げて事実だけを記した書物を作るというのは非常に困難なことである。
それは、間違いのない事実だけをピックアップして選別するという技術的・知識的な難しさも確かにある。
が、それ以上に問題になるのが「社会的に許容できるかどうか」という点にあった。
例えば、俺がまだカルロスに騎士叙任されたばかりの頃に、「かつてドーレン王国の国王で、愚王と名高いネロ王が暴政と悪逆の限りを尽くしたために貴族がドーレン王家のもとを離れた」という歴史を否定していたらどうだっただろうか。
あれは実際には、ネロ王は双子であり、王位継承権を持たない女性だと思われていたにもかかわらず王位を継承してしまったことがドーレン王国に混乱をもたらしたのだという事実を知っている。
あくまでも、その件を発端にして起こった権力闘争とそれを利用した貴族がドーレン王家から離れて独自に領地運営をしていきたいがために後から作られた勝者による歪められた歴史だったのだ。
もし、ただの貴族に仕える騎士である身分のときにそのことを否定する話をしていたらどうなっていただろうか。
愚王ネロの話を否定することは、各貴族による独立統治の根拠を根っこから覆すことにも繋がりかねない。
その意味で、それがたとえ事実であったとしても誰にも歓迎されなかったことだろう。
それ以外にもドーレン王家と教会誕生の経緯もある。
あれも捏造された歴史だった。
なにせ、教会は神から力を授かり人々に神の加護を与えている、と言っているのだ。
それが、貴重な魔法を持つ女性をだまし討ちのように迷宮核と【合成】して神に仕立て上げたとなればどうなるだろうか。
少なくとも、それを主張した者を教会は絶対に許さないだろう。
つまり、いくら正しい事実があったとしても、それをクソ真面目に公表することは社会の中ではできないということは往々にして存在する。
だが、今の俺なら状況が少し違っている。
すでに独立したフォンターナ王国でもトップに近い位置におり、しかも、神の盾として教会最上位の教皇と同レベルの地位を確立しているのだ。
さらに、当事者である神とも直接話をする間柄である。
ある程度、過激な事実を公表したところで、それを咎められにくい状況になっていた。
とはいえ、社会秩序を混乱に陥れる気はない。
とりあえず、教会と揉めるようなことはないように配慮して歴史書を作るつもりではいる。
「あ、どうも。バルカ様からの絵画枠での参加となりましたモッシュです。どうぞ、よろしくおねがいします」
そして、そんな歴史を始めとしたさまざまな情報をまとめた書物を作るに当たって、まずは専門家たちを招集した。
天界にあるバルカ城の一室に集まった数百人を超える変人たち。
彼らは特定の分野に特化したオタクたちだ。
画家のモッシュや医師のミーム、使役獣に詳しいビリー、【歌唱】を使うクレオン、天体を観る占星術師のキリ。
あるいは各地で建築をしてきた者や服職人、大の動物好きのただのおっさんなどなど。
本当にいろんなやつがバルカニアにはいた。
バルカが騎士領として始まってから、ずっと集めてきた変わり者たちを総集合させたのだ。
最終的にはすべて実証つきで書物に情報を載せるつもりではいる。
が、その前に詳しいやつらから話を聞き出して、それを書き出し、その後にその情報が正しいかどうかを確認していこうと考えたのだ。
今回はそのために、我こそはという者やこいつは異常に細かなことにまで詳しいぞとタレコミがあったやつを中心に集まってもらっている。
このメンツが出した情報をまずはひとまとめにして叩き台にしようというわけだ。
だが、ここで面白い現象が起きた。
オタク・マニア・変人といえる者たちを一つの部屋に集めて、「お前たちが知り得るすべての情報が網羅された本を作れ」と命じたら俺の予想もしていなかったことが起きたのだ。
それは集まった全員がカイルによる名付けをなされていたからこそなのかもしれない。
全員が同じ部屋にいながらにして無言で集中しているのだ。
最初は誰一人部屋の中で喋らないので俺も焦った。
だが、どうやら彼らはみんな【念話】で話をしていたのだ。
しかも、全員が【並列処理】という魔法までもを使っている。
これは聖徳太子のように複数の話を聞きながらすべてを聞き分けることができる。
が、さらにすごいのが【念話】中であればしゃべる必要もないということだろうか。
つまり、【並列処理】を使いながらだと人の話を聞きながらも自分も言いたいことを発信できて、かつ相手もそれをきちんと聞き取れているのだ。
要するに、ここにいる変態的執拗的知識欲の持ち主たちは、己の持つ知識を思う存分他人に説明しながらも、他者の話を聞き取り、わからない所があれば質問を返し、反論があればするということを同時に並行的に無言でやっているのだった。
しかも、それは各自で手元に積まれた植物紙に【念写】されていっているというおまけ付きだ。
一芸に秀でた者というのは、得てして他の分野にも精通しているものなのだろう。
例えば医師であるミームは人体についてを詳しく知っているが、それと同じく薬草などの植物にも詳しいわけで、それらを食べる動物や各地の土地の風土などにも知識があるのだ。
動物大好きおじさんが語った動物の話でおかしな点があれば、即座にそれを確認、訂正することで、単に詳しいやつから集めた情報というだけではなく他人によるチェックまでもが入っていることになる。
そうして、きちんと各分野から精査された情報が膨大な内容を書き記した書類として積まれていく。
もしかしたら、こういうのは集合知などと言ったりするのかもしれない。
変人たちの集まり、ではちょっと格好がつかないので、とりあえずこの話し合いは「賢人会議」とでも名付けることにしようか。
こうして、俺の考えでは数十年はかかるのではないかと思っていた「知識の書」の執筆が予想を遥かに超えた速度で進められていったのだった。
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