国営酒造所と文化の保護
「酒造所を作ると言いましたが、すでにあるのではないのですか? というか、最近はどこも独自の酒を作っていますが」
「そうだな。なんせフォンターナ王国の祖王の名にちなんだカルロス酒があるからな」
「ええ。それもアルス様がお作りになったのではありませんか。今までにない高い度数のお酒という、他では手にはいらないものとして」
「ああ、今のところ一定の人気はあると思う。けど、リオンは飲むか? カルロス酒を?」
「私ですか? 私はたまに飲みますが、そこまで常に飲むということもありませんね。あれはちょっと度数が強すぎるので」
「そうだ。銘酒カルロスは度数が高い。今までのほろ酔いになれる酒なんかとは比べ物にならないくらいガツンとくる酒だな。それが人気の秘訣でもあり、逆に敬遠される理由でもある」
「ええ。あまりにもきついお酒なので、苦手な人は飲まないこともあるでしょう。ですが、水で割ったり、果汁を混ぜて飲むことも多いと認識しています」
「俺も飲むときは柑橘系の果汁で割っているかな。でもな、酒飲みの一人である父さんが言うには、銘酒カルロスの一番旨い飲み方はそうじゃないって言っているんだよ。父さんいわく、もっと樽の中で寝かせたほうがうまくなるって話だ」
「樽で寝かせる、ですか?」
「そうだ。あれらの蒸留酒は木の樽に詰めて保管する。現状では大体蒸留して樽詰めした酒を数ヶ月以内で出荷して飲まれていることが多いらしいな。だけど、本当は何年も寝かせたほうがうまくなるって言うんだよ」
「へえ、そういうものなのですね」
「どうも、木の樽から独特の香りが酒につくらしいな。それに蒸留酒そのものの尖った味が多少まろやかになるという面もある。要するに何年か酒を寝かせたほうが味は良くなるんだよ」
「なるほど。しかし、そうは言っても、酒を作る者たちはそんなに気長なことはできないのではありませんか? お酒の原料となる麦などを購入し、それで酒を作って蒸留する。その蒸留酒を樽に詰めて出荷してはじめて現金収入が手に入るのです。何年も寝かせるとなると、当座の収入が無くなってしまいますよ」
「まさにそこが問題なんだよ、リオン。俺が蒸留酒を作ってからもう何年も経った。だけど、ほとんどの酒造所は作った蒸留酒をその年か、あるいは次の年には売ってしまって消費しているんだ。理由は今リオンが言ったように、そうしないと金にならないからだ。だけど、それでは本当にうまい酒はできないかもしれない。少なくとも数年、あるいは十年単位で酒を寝かせる体制を作るには国で管理したほうがいいんだよ」
「え、数年ではなくて十年単位ですか? それはまた気の長い話ですね」
リオンとの麦相場の話から酒造所のことに話題が移った。
そのために、以前から考えていたことを話す。
この辺りでは酒は自然に発酵してできる軽い度数のものしかもともとは存在しなかった。
だが、もう何年も前になるが俺が前世の知識を利用して蒸留酒を作らせたことがあった。
何度も蒸留を繰り返して度数を高めるお酒で、普通に作るよりも原料の麦をよく消費するこの蒸留酒はそれなりに人気が出て今も製造されている。
今までにない強いお酒ということと、その酒に亡くなったカルロスというフォンターナ王国の祖王の名を冠したこともあり、高い人気があった。
だが、その蒸留酒に関しては多少の不満もあった。
基本的には製造して数ヶ月もしないうちにほとんどが消費されて無くなってしまうという現状があったからだ。
しかし、この蒸留酒はしばらくの期間はきちんとした温度管理も行いつつも寝かしておいたほうが美味しくなるという。
実際に、バルカで作っている酒は俺の最初の要望で製造した酒の一部を寝かせるようにしていた。
それを飲んだ父さんからの証言で少なくとも3年は寝かせたほうがいいのではないかという話になっている。
俺としてはもっと長く、10年や20年は寝かせておいてもいいかと思っている。
が、そうは言ってもそんなことをするやつはそうそういないだろう。
なにせ、酒造りを生業としている者にとっては、作った酒を売らなければ仕事にならないからだ。
できれば在庫を抱えたくはないし、さっさと売りたいことだろう。
だからこそ、フォンターナ王国が国として責任を持って酒造りをしてもいいのではないかと俺は考えた。
国営として酒造所を作り、そこで作った酒をきちんと管理して寝かせる。
10年、20年先を見据えて酒を作る。
そうすることで、必然的に数十年先の麦の収穫についても国が責任と自覚を持つことになるのではないかという期待もある。
それになにより、わざわざカルロスという名前までつけたお酒を後世に遺すこともできるだろう。
「ということは、酒造りに定評のある職人を集めて、国として酒造りをしていこうというわけですか。いいのではないかと思いますが、ちょっと意外ですね」
「意外? 何がだ?」
「アルス様がそんなことを言い出すというのがですよ。てっきり、こういう商売というのは自由に競争させて競わせるようなほうが好みなのかと思っていました。国をあげてものを作るよりも、例えば税率を下げていろんな者に作らせるように推奨するやり方をとるのかな、と思いまして」
「確かに競争を促したほうがいいものができる気もする。けどまあ、それが全てではないよ。特にこういう技術やあるいは文化ってのは、ある程度権力がある側が保護することも重要ではあるからな。競争だけだと、その競争に負けたほうが技術的、あるいは文化的に消滅する危険もあるし」
「なるほど。私も同意見です。技術者たちは商売人から食い物にされる危険性があります。適切に手助けするのは必要でしょう」
「そうだな。酒造り以外でももうちょっと文化の保護を考えておいたほうがいいか。要検討だな」
市場原理一辺倒だとリオンと話していたとおり、弱者は切り捨てられやすくなる。
今まで長い年月続いてきた文化はその危険性が高いかもしれない。
特に、旧フォンターナ領以外での文化はその危険性が高かった。
ここ数年でフォンターナ家に負けてフォンターナ王国に吸収された土地で元々育まれてきた文化は現在比較的弱い立場にあった。
急成長し続けるフォンターナの勢いに飲まれて、各地で息づいてきた小さな文化が失われつつある。
が、それはちょっともったいない気もしていた。
なので、国営の酒造所だけではなく、地域の文化も盛り上げて、維持していくような対策も必要かもしれない。
こうして、俺は財務大臣としての権利を行使して、文化の保護の政策も打ち出していくことにしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。
評価は下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと執筆の励みになります。





