収穫量増加の影響
「うーむ、どうしたもんかな」
「どうしたのですか、アルス様? 久しぶりにこの執務室で仕事をしているかと思えば、唸ってばかりいますが」
「……なんか、言葉に棘があるよ、リオンくん」
「それはそうでしょう。いきなり私にこの国の舵取りを押し付けたと思えば、バルカニアを空に打ち上げたり、東方で結婚話を取り付けたり、西に海を見に行ったり。全然、財務大臣としての仕事をしているようには思えないのですが?」
「やだなあ、そんなことはないよ。フォンターナの街を離れていてもきちんと【念話】を使える者を通して連絡を受けながら指示は出しているって。けっして、財務大臣の仕事を放置して遊んでいたわけじゃないんだよ」
「そうですか。しかし、個人的にはもっと国の仕事をしてほしいのですけれど」
「それも今の段階だと良し悪しだろ。つい半年くらい前までは王の代わりに一番上にいたのは俺だった。けど、それはもうリオンに代わったんだ。だってのに、俺がこの街にずっといたら、周りはリオンよりも俺に話を持ってくるかもしれないぞ?」
「まあ、それは確かにあるでしょうね。アルス様がバルカでいろいろとしていてくれたおかげで、ある意味では滞りなく私に権限が移譲されたという面は否定できません」
「だろ? だから、あんまり堅いことを言いっこなしってことで許してくれよ、リオン」
「……わかりました。まあ、アルス様がフォンターナ王国にとって不都合のないことをしているのであればそれでいいとしましょう。で、先程から書類をみてどうしたのですか?」
「ああ、そのことなんだけどな。この数値を見てくれ、リオン」
神の依り代づくりはミームの研究結果を待つことになった。
ドレスリーナでの品評会も急に言って始められるものではないので、今年は周知をして開催は来年くらいになるだろうか。
というわけで、時間ができたので俺はフォンターナの街に来ていた。
フォンターナ城で財務大臣としての仕事が少し溜まっていたのでそれを処理していく。
そして、その書類を見ながら唸っていると、リオンが小言を言ってきた。
軽口を交わしてリオンに謝っているのだが、そのリオンの顔には黒い隈がついていた。
どうやら、かなり忙しいようだ。
リオンはバルカの魔法を使うことができないが、それでも魔力の扱いに長けている。
俺が使う【瞑想】という呪文自体は使用できないのだが、自力で似たような効果を出すことはできた。
通常ならば人体から自然に漏れ出ていく魔力の漏洩の一切を遮断することで、疲れにくくかつ疲労を回復することができる。
だというのに、これほどまでに疲れながらも仕事をこなしているのだから相当に忙しいのだろう。
まあ、それも仕方がないと言える。
なにせ、今のリオンはフォンターナ王国のトップで陣頭指揮を執っていると同時に、去年手に入れたばかりの2つの貴族領をグラハム領として管理しなければいけないのだ。
腹心であるグラハム家総出でグラハム領を掌握しつつ、フォンターナ家を使っていかなければならない。
相当な苦労をしていることだろう。
そんなリオンに俺が書類に書かれているデータを見せる。
そこは俺の仕事の財務についての数値、それも基本となる税の麦の収穫量が記載されていた。
「やはり、すごい収穫量ですね。これも今まで地道にアルス様が農業改革されてきた効果でしょうか。【整地】や【土壌改良】という魔法の効果だけではなく、治水の影響も大きいのでしょうね」
「うん。そうだな。特に治水は農業の収穫量もそうだけど、洪水なんかの災害対策にもなっている。これらは続けていかないといけないだろうな」
「そうですね。しかし、これらの数値でなにか気になることでもあるのですか? 順調に収穫量が伸びており、特に問題とすべき点はないかと思いますが」
「いや、収穫量はいいんだよ。だけどな、こっちの数値とあわせて考える必要がある。どうだ? 麦の単価が落ちているだろ?」
「……本当ですね。今はここまで麦が安くなっているのですか? ……そうか。今年は大貴族同盟の動きは見られるものの、今のところ戦の兆候そのものはない。麦相場が安定しているのですね」
「そうだ。今まではなんだかんだで毎年フォンターナでは戦があった。戦があるということは軍が動く。何千、何万もの人間で構成された軍が食料となる麦を消費する。それで麦の相場はある程度、一定の高さで維持されていた」
「そうですね。ですが、今年は少し事情が違います。毎年戦をしていたアルス様が宰相兼大将軍の職を辞して、教会が戦の禁止令を出した。商人たちも麦を高値では買わなかったのでしょうね」
「……いや、そうなんだけど、別に俺は戦がしたいわけじゃなかったんだが。まあ、いいか。問題はそこじゃないしな。今、問題とすべきはこの麦相場だ。これは例年よりも安値だ。だが、今年だけがそうなるかというとそうじゃない。もしも、今後戦がない年が続けば、この安値が続く可能性がある」
「お言葉ですが、フォンターナ王国の外ではこちらに対して聖戦なるものを企てようとしている大貴族同盟が結成されているのですよ?」
「そうだな。だから、すぐにどうこうなるわけでもないだろう。けど、結局は同じことだ。この調子でいけばフォンターナ王国での麦の収穫量は毎年上がる。その結果は同じ量での麦の値段が下がり続けるってことだ。そうなると、どうなるかわかるか、リオン?」
「……たくさんの麦を作っても、それを売ったときの値段はその分だけ比例して多くはならない、ということですか。あるいは、暴落する可能性もありますか?」
「わからん。さっきも言ったように、今すぐにって話じゃないかもしれないしな。だけど、今のうちから先の展開を考えておく必要もあるだろう。あまりにも麦の相場が安くなりすぎるなら、調整できるようにしておかないと」
「調整といってもどうするのですか? 麦が取れすぎたからといって、それを捨てるわけにもいきませんよ?」
「そうだな。最悪は生産調整も視野に入れておく必要があるだろう。だけど、それよりももっといろんなものを農家に作らせるようにしたほうがいいだろう。麦が安くなるようなら、ほかの作物を育てて代わりに金を稼げるようにってな」
「……それは難しいのではないですか、アルス様。ご自分が農家だったときのことを忘れたわけでもないでしょう? 基本的に農民はそこまで未来を予想して行動できません。彼らは農業の技術を持ってはいても、相場を読む力などはないのですから」
「だよなあ。と、なると、こっちがある程度先を読んで計画を立てていく必要があるか。……よし、決めた。国営の酒造所を作ろう」
「え? なぜそこでお酒なのですか、アルス様?」
「なぜって、先を見据えての投資だよ、リオン」
麦相場の変動による影響。
リオンと話した通り、いまのところはそこまでの影響はない。
ないのだが、自分で言うのもなんだがバルカの魔法は今までの農業とは桁違いに効率がいい。
よすぎるのだ。
俺が貧乏農家として生を受けたがゆえに、効率の良い農業魔法を作ったが、それが国家規模になれば周囲に与える影響が変わってくる。
あまりに麦が取れ過ぎたら、農家が生活できなくなるかもしれない。
といっても、農家は今までよりも麦という食べ物を手に入れられるので死亡率は下がるだろう。
だが、現金収入は今よりも減り、他の職業よりも稼げなくなる可能性がある。
たとえ魔法があったとしても農業はきつい仕事だ。
もしも、同じ苦労をして他の仕事よりも稼ぎが悪いという状況が続くようならば、農民は農業をしなくなるかもしれない。
なぜなら、そのほうがお金を稼げるからだ。
だが、国として考えた場合、農家の数が減るという状況になるのはまずい。
ゆえに、なにか重大な影響が出る前に対策を講じておく必要があるだろう。
そう考えた俺は国家として酒造りをすることをリオンに提案したのだった。
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