盾と剣
「……なんですか? 神の盾? それはいったい、なんのことを言っているのですか、アルス?」
「天上で人々をあまねく照らして見守っている神アイシャを守護する聖なる騎士。それが神の盾ですよ、パウロ教皇」
「……ほう。私が不勉強だったのでしょうか? 初めて聞いたように思います」
「そうかもしれませんね。なにせ、聖都が崩壊するという大事件があったのですから、それも致し方なしと言えるのではないでしょうか。なぜなら、神の盾というのはこの度新しく作られたのですから」
「……教皇である私に一つの相談もなくですか?」
「神アイシャに直接お伺いしてみてはどうでしょうか」
「……その様子だと、向こうと根回しは済んでいるということなのでしょうね。やってくれますね、アルス。どういうつもりですか」
「どうと言われても困ります。神アイシャがこちらに直接神の加護を授けてきたのですから。まさか自分でも命名や継承の儀が使えるようになるとは思えませんでしたよ、パウロ教皇」
「……はあ。あなたはつくづく何をするかわかったものではありませんね。ほかの者にどう説明すればいいのですか。いきなり、神の盾、などと言われてもみんな困惑するでしょうに」
「別にそのまま言ってくれればいいですよ。神の盾の仕事はもっぱら神様に新しい服を届けるくらいですからね」
神界でアイシャと話をし、再び魔法を授かった俺はフォンターナの街に戻ってきていた。
神であるアイシャが【神界転送】を封印したことをパウロ教皇に伝え、新しい転送魔法陣を作って神界と行き来できるようにするためだ。
そして、そこで俺がアイシャから直接力を授かったことも説明した。
その際に教会の神父たちと同じことができるようになったために、これからは神の守護者を名乗ることも伝えたのだ。
それを聞いて、パウロ教皇は頭痛に耐えるかのように頭を押さえて下を向き、次にこちらを見つめながらも問い詰めてきたというわけだ。
なんだそれは、聞いていないぞ、と怒っている。
が、こっちも引くわけにはいかない。
今更教会に所属して、上から言われたことを押し付けられるようになっても嫌だからだ。
この教会の歴史は長い。
ドーレン王家の初代王であるドグマ・ドーレンが国を興す前から存在していた教団なる組織が出発点だ。
その組織が初代王の妹であり妻でもあるアイシャを迷宮核と【合成】して今の教会という組織機能が完成した。
出発点はむちゃくちゃだったが、今ではこの地の安定化を図る機能を兼ね備えているためにどの王家や貴族よりも大きい影響力を持つに至っている。
その教会だが、誰でも神父になれるというわけではない。
今はもう滅んでしまったが、神界にいた元教皇で神の使徒と名乗る連中が作った子を聖都で養育した後、神像に誓いを立てて神父となっていたのだ。
あれもある意味では全員血がつながっている一族の家のようなものだと思う。
そして、それ以外の他の者が教会に入り神父になろうとしても、条件があった。
攻撃性のある魔法を使えないこと。
これは俺がバルカの動乱でフォンターナ家家宰のレイモンドを討った後、当時のパウロ神父に聞いた内容だった。
バルカの動乱での着地点を決める際に、俺が出家して神父になれないかと聞いたときのことだ。
攻撃性のある魔法を持つ者は神父にはなれないと言われたことがあった。
どこかの貴族と繋がっている可能性があるからだと説明を受けた気がする。
では、今回の件はそれに当たるかどうかが議論されるだろう。
教会という組織から、俺が攻撃性のある魔法を持つがゆえに危険とみなされて破門すべし、となるかどうかだ。
これはすでに解決している。
俺は確かに【散弾】という攻撃魔法を持っていた。
だが、これはアイシャに封印してもらっている。
そのため、俺が誰かに名付けをしても【散弾】を使う者が増えることはない。
ゆえに、攻撃魔法を持っているから破門だ、とは言えないわけだ。
ならば、他に何を言ってくるか。
もしかしたら、普通に教会に所属して神父として活動しろよ、といってくる可能性もあった。
今の俺は【回復】を使えるので司教あたりの位置づけになるのだろうか。
あるいは、他の連中と同じように臨時の大司教相当の役職を与えるので、教会の一員として務めを果たせと言われるかもしれない。
が、そうなるとフォンターナ王国の財務大臣であるという点が問題になる。
教会はどこの国や貴族にも属さずに独立した存在なのだ。
その教会の臨時大司教がフォンターナ王国の大臣を務めているのはおかしいだろうとなるかもしれない。
だが、今の状態でそれを言われるとちょっと困る。
なので、無理やり神の盾などというありもしなかった名称をつけて、教会とは一歩距離を離した立ち位置になろうとしたのだ。
俺は教会の神父と同じような儀式を行えるが、教会の神父とは別であると印象付けるために。
教会からは独立した存在であると強調するために。
そして、教会から命令される立場ではないというために、神の盾などと名乗ることにしたのだ。
「ふう。まあ、いいでしょう。あなたは神から直接力を授かり、神を守護する存在となった特例的な存在であるということを皆に説明します。それでいいですね?」
「ありがとうございます、パウロ教皇。これからは、神の盾アルス・バルカが俺の名前になるみたいですので、よろしくおねがいしますね」
「……ちなみにあなたが神の盾なのであれば、神の剣はいるのですか?」
「いますよ。神の剣は神アイシャの兄であり夫でもあり、ドーレン王国の初代王でもあるドグマ・ドーレンです。もし、神アイシャに対して何かがあれば、不死者の王が神の剣として出てくるので注意してくださいね」
「不死者の王が出てくるのですか? それのほうがよほど危険ではないですか」
「ま、そうですね。ただ、そのうち不死者としての穢れを祓ってしまえるようなので、たぶん大丈夫でしょう」
「そうですか。不死者が元の状態に戻れるというのもすごいですが、初代王は【裁きの光】が使えるのですよね? 神の剣としてこれ以上ない力の持ち主であることは間違いないのでしょうね。わかりました。不死者の王を封印したあなたがその功績をもって神から直接神の盾として認められた。そういえば、ほかの大司教や司教、神父たちも説得できるでしょう。ですが、これからはなにかする前にきちんと相談してください。いいですね、アルス」
「はい。いつもご迷惑おかけします、パウロ教皇。後始末、よろしくおねがいしますね」
よかったよかった。
持つべきものは信頼できる相手だな。
俺が急に神の盾などと名乗りだしたら、普通の人だったら頭がおかしくなったのかと心配されていたかもしれない。
が、これまで付き合いのあるパウロ教皇は頭を押さえながらも受け入れてくれた。
こうして、俺は教会に直接所属しない、神アイシャ直属の護り手として神の盾と名乗ることを教会トップの教皇にも認められることになったのだった。
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