力の放棄
「やったぞ、カイル。ようやくお前のお嫁さんが決まったぞ」
「ブリリア魔導国の第三王女、シャーロットさんか。でも、本当なの? アルス兄さんが無理やり話を取り付けただけじゃないの?」
「そんなわけ無いだろ。俺はすごい紳士的にお願いしただけだよ。彼女を魔導飛行船という全く新しい乗り物で空の旅に案内して、天空城バリアントにまで招待したんだ。そこで、できる限りのおもてなしをしてから、カイルとの結婚話を持ち出したんだぞ。一切無理強いしていないのは確定的に明らかだろ」
「うーん、本当なのかな? 前のことがあるから心配なんだけど」
「信用なさすぎだろ。俺はいつの間にカイルの信頼をそこまで失ってたんだ。シャーロットは泣いて喜んでたんだって」
ガロード暦4年の春に喜ばしいニュースを俺はバルカニアに持ち帰った。
ようやくカイルの嫁を決めることに成功したのだ。
その相手は東方にある強国のひとつであるブリリア魔導国の王女だ。
16歳になったカイルはもっと喜んでくれると思っていた。
だというのに、なんてことだ。
俺の言葉をカイルが全然信じてくれない。
確かに以前、俺はあまり褒められない手法をとったことがある。
シャーロットを転送石でバルカにつれてきて、取引に応じるまで帰さないぞ、と言ったことは認めよう。
女の子にそんなことを言えば、世が世なら犯罪になったことだろう。
だが、俺は反省したのだ。
心を入れ替えた俺は懇切丁寧に魔導飛行船やバリアント城の中をエスコートしてもてなした。
それをこんなふうに言われるとは心外だ。
お兄ちゃんは悲しいぞ、カイル。
「まあいいや。一旦自国に帰ったんだよね、シャーロットさんは? ブリリア魔導国で結婚の話を持ち帰って正式に決定するなら時間がかかるかな?」
「俺もそう思ったんだけど、シャーロットは乗り気だったぞ。すぐに父親の王様を説得してカイルのもとに嫁ぐって言ってたから」
「そんなに急ぐの?」
「それだけお前との結婚に積極的だってことだろ。と、いうわけで近いうちに式を挙げることになるかもしれない。準備をしておいてくれよ、カイル」
「うん、わかったよ」
なんか、今年も忙しくなりそうだな。
フォンターナ王国の宰相兼大将軍という職を退いて、俺の役職は財務大臣になった。
基本的には内政面のとくにお金に関しての仕事ばかりになる。
それ自体は忙しいものの、以前までよりは遥かにマシになるだろうと思っていた。
だが、この春までの間も結構忙しく動き回ることになった。
その中でも一番の変化は俺の力を息子のアルフォードに継承したことだろうか。
継承の儀。
これは教会が貴族や騎士に対して行う儀式だ。
当主が持つ魔法と魔力パスを後世に残すために、男性と女性に対して魔法をかける。
継承の儀を執り行った者同士で子を作り、その子が男児であれば継承権を持つというかわった効果がある。
継承権を持つ子どもは継承の儀を行った者同士であれば何人でも産むことはできる。
その際、生まれた順に継承権で順序が決まり、もしもその貴族や騎士の家の当主が亡くなれば、序列第一位の継承権を持つ子が魔法と魔力パスを引き継ぐことになる。
が、これはなにも当主が死ぬまで力を引き継げないというわけではなかった。
生前であっても力を継承することは可能で、その際は継承権を持つ全ての子どもから誰に力を渡すかを決められるのだ。
俺は今年になってすぐに自分の力を息子のアルフォードに継承した。
俺とリリーナの間に産まれた子どもは実際には双子であり、もうひとりのアルフォンスは俺の母であるマリーに預けて育ててもらっている。
アルフォードはそうではなく、正式に我が子であり次期バルカ家の当主候補としてリリーナの元で育てられていた。
その子に生前継承をしたのだ。
これにはいくつか理由がある。
ひとつは一卵性双生児としてそっくりな双子のどちらが実際には継承権の第一位なのかが分からないという点がある。
もし、俺がなんらかの理由で急死した場合、俺の子ではなく兄弟であるとして育てられているアルフォンスが力を継承する可能性も十分あるのだ。
そうなったら跡継ぎ問題で混乱することだろう。
なので、いずれは生前継承をしようと思っていた。
そして、もう一つの理由は俺があまりにも強くなりすぎたというのがある。
教会の実質的に最上位に位置する教皇クラスの力を持つ俺の力は、明らかにほかから浮いていた。
フォンターナ王国内で俺に力で敵う者はただの一人もいない。
魔力量で俺を超えているのは国王であるガロードと教会のトップであるパウロ教皇だけだろう。
が、どちらも戦闘経験は皆無で実戦では俺のほうが有利だ。
それに実績が違いすぎる。
俺は活躍しすぎた。
はるかな時を越えて人類の敵たり得た不死者の王を再封印し、その不死者の王の封印を解いて聖都まで消滅させた魔王とでも言うべきナージャを倒し、人が越えることは限りなく不可能であるとされた大雪山を越え東方へと到達し、そして天界を作り上げた。
正直なところ、この実績をガロードが超えるのはまず無理だろう。
どれほどの力を持っていたとしても、ガロードはフォンターナ王国の王であるという立場があるのだ。
ガロードにこれから一番必要とされている実績は大きく成長して、結婚し、継承権を持つ男児を育てることにある。
けっして冒険することなどあってはいけない立場になってしまっているのだ。
別にそれはそれでかまわない。
が、問題は周囲の動きだろう。
これからも大きくなっていくだろうフォンターナ王国の中で、おそらくは貴族や騎士の力関係は変わり続ける。
その際に、国王派とバルカ派ができてしまっても困る。
俺としてはのんびり暮らしたいし、バルカがフォンターナのために汗を流すくらいなら別にどうということもない。
故に、フォンターナ王国にあって主はフォンターナ家で従がバルカ家であると示す必要があった。
そのための生前継承だ。
俺がアルフォードに力を継承すれば、俺の力は配下の騎士やあるいはヴァルキリーから切り離される。
そのため、今までのように圧倒的な強さを持たなくなることになる。
そして、力を受け継いだアルフォードはガロード暦元年に産まれた子であり、今年でまだ4歳だ。
フォンターナ国王であるガロードは今年で7歳となる。
魔力量はガロードのほうが多く、年齢も上。
そして、両者とも一番の仕事は後継者となる子を産み育てることにある。
この少年二人がどのように育つかは全く分からないが、これからの国の未来を任せて見守ることにしよう。
というわけで、俺は生前継承をして、自分の力を減じたのだ。
まあ、今までずっと魔力トレーニングを欠かさずしていたからなのか、体内に雫型魔石があるからなのかはわからないが、ギリギリ当主級くらいの魔力量がある。
そのため、転送石での移動もできないことはないので、さほど不自由せず職務につける。
これによって、フォンターナ王国のパワーバランスは保たれた。
……というシナリオだ。
もっとも、これはあくまで表のストーリーだったりする。
実際は生前継承したのは全く違う理由だ。
タイミングはギリギリだったな。
俺は今年、それまで持っていた魔力パスをすべて手放し、そして新たな力を手に入れることになったのだった。
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