ブリリア魔導国への報告
「申し訳ありません、お父様。すべては私の失態です」
「……よい。お前が自分で決めたことだ。思えば、あの時、結婚を嫌がったお前を頭が冷えるようにと考えて遠くへと送ったのが悪かったのだ。すべては父であり、王であるこの私の責任でもある。許せ、シャーロット」
「もったいないお言葉です。私、ブリリア魔導国第三王女シャーロットは霊峰を越えた先にあるフォンターナ王国へと嫁ぎます。必ずや、フォンターナ王国での情報を掴んで、お父様へとお届けすることを誓います」
「うむ。こうなった以上は致し方ない。シャーロットの結婚を許可する。魔法伝授の魔法陣やその継承方法、及び、未知の魔道具や魔導飛行船、あるいは天空城の秘密について情報を手に入れることを期待している」
「はい。かしこまりました」
あの日、バリアント城からアトモスの里に帰った私はすぐに本国へと戻ることにしました。
私の決意をお父様である国王に伝えるためです。
アルスの弟であるカイルへと嫁ぐという決意。
当然のことながら、その話を持ち出した時は王宮内のすべての者に反対されました。
ですが、私と私についてきていた総隊長を始めとする部下たちが腰を据えて事情を話し、説得を試みた結果、お父様は最終的に首を縦に振ることになりました。
本来であればまず間違いなく了承しなかったことでしょう。
王族とはそれだけで価値があるのです。
魔力量が高い者同士が結婚することで、より強い子どもを残してきたという歴史があるためです。
王女である私も魔力量は高い。
そのため、結婚する相手は王族と同等である力量が求められます。
どこの馬の骨ともわからぬ者と結婚させるわけにいかないのです。
しかも、相手はあの霊峰を越えた先にある国に住むという、少し前の私ならばとても信じられなかったような存在なのです。
それを説得可能にしたのはひとえに、これまでの積み重ねがあったからではないでしょうか。
王女である私と年齢と格の合う本国での婚姻相手との結婚がどうしても受け入れられなかった私が兄の助けにより向かったアトモスの里。
そこで、仕事を任されて、そして出会ったアルスという存在。
その者によってもたらされた影響は本国でも大きく知られていました。
魔法の存在。
これまで、ブリリア魔導国やその周辺国でも魔力を用いた術の使い手は少なからず存在していました。
ですが、その魔法はあくまでもその使い手個人だけのものであり、他者が使えるものではありませんでした。
それはある意味、世界の常識でした。
いえ、実際は少し違うのかもしれません。
大昔のことを記した文献にはわずかながら、魔法の使い手から他者へと魔法を伝授する魔道士の存在が記されていたのです。
しかし、それはあくまでもおとぎ話のような話でした。
古文書としては貴重ではあれど、古代の人が書き記した夢物語。
それこそが、魔法の伝授の技法だったのです。
そんな世界の常識を覆すことになった、名付けの魔法陣の衝撃はどれほど大きかったか、説明することすら難しいでしょう。
霊峰を越えてやってきたフォンターナ王国の宰相兼大将軍と名乗るその人から、私や部下たちが授かった魔法はブリリア魔導国に大きな波紋を広げたのです。
しかも、古文書で記されていたように、魔法の伝授は魔法陣を以て行われていたのです。
まさかあの伝承は事実だったのか。
それは我々も使用可能なのか。
あらゆる疑問が投げかけられました。
もしかすると、魔法を手に入れた私はその場で貴重な研究対象として拘束されてしまっていたかもしれません。
ですが、そうはなりませんでした。
なぜならば、その霊峰の向こう側との存在と私は取引を交わしていたからです。
アルスとの取引。
それこそが私に自由を与えたのです。
なんという皮肉でしょうか。
それが結局は私から自由を奪い取ってしまうことになるとは。
取引によって得られたもの。
それもまた、本国では大きな影響を与えました。
まずはなんといっても魔法鞄でしょうか。
この世には不思議な鞄というものが存在します。
見た目の容量とはかけ離れた量の荷物を入れることができる魔法の鞄。
多くは迷宮、あるいは攻略済みの迷宮でしか手に入れることができない希少な代物です。
とくに内容量は迷宮内で迷宮の力を受け続けた時間の長さによって変わってきます。
容量の大きい魔法鞄などは何百年以上もかけなければ手に入りません。
ですが、攻略済みの迷宮はどこの国も最重要地点として狙う場所です。
希少な魔法鞄を作るために迷宮に鞄を安置したとしても、それほどまでに長い期間、鞄を置いておくというのは現実的には不可能でした。
そのため、魔法鞄というのはあくまでも見た目よりも多く入るものの、そこまで大容量のものはあまりないのが当たり前なのです。
ですが、私が取引を結んだ相手はそんな大容量の魔法鞄をいくつもポンポンと出してくるではありませんか。
しかも、その鞄はどれも見事な品でした。
まるで作り上げたばかりのように、革には光沢があり、しかも見事な意匠を施した魔法鞄なのです。
普通、魔法鞄を作るために迷宮に鞄を置いたとしても、ここまで高級な鞄を置くでしょうか?
さらに言えば、容量が増える前にどうしても古くなってしまうために見た目はどれもくたびれてきてしまうものなのです。
だというのに、私が魔装兵器との取引で得た魔法鞄はどれも芸術的な品であり、かつ、倉庫内のものを詰め込んでも余りある容量を誇っていたのです。
たったひとつだけでも、小国ならば国の財政が傾くほどの高価な品であると言えるでしょう。
そんな魔法鞄をいくつも送り届ける私の評判はとどまることをしりませんでした。
が、それだけが取引で得たものではありませんでした。
魔法武器の話も当然ながら色んな人の話題になっていました。
ブリリア魔導国の魔道具のように、魔法陣を用いて作る魔道具とは明らかに違う魔法武器という存在。
これは今では手に入りにくくなった魔物などの素材を使わなければ作ることが難しいとされています。
というよりも、魔物素材が手に入りにくくなったからこそ、ブリリア魔導国では魔道具の研究が盛んになったという歴史があると言えます。
今ではほとんど作ることができなくなった魔法武器。
特に氷炎剣は大国の財政すら傾けるほどの評価を得たと聞いています。
魔力を込めると氷を出す、それだけにとどまらず、その氷を炎へと変換する不思議な効果がある魔法剣です。
なぜそんな効果が出るのか、ブリリア魔導国が誇る優秀な研究者たちですら、いまだに解明できていないそうです。
それ以外にも、ほぼ混じりけがないのではないかというほどの純銀なども取引によって国に持ち込まれたりもしました。
その結果、私が取引を交わした相手は、霊峰の向こうからやってきたと主張する怪しげな存在ではあるものの、けっしてないがしろにできない相手であると認識されるようになっていたのです。
しかも、相手は転送石を作り出すことによって離れた場所へと転移までできるというのですから、無視しようはずもありません。
ですが、どこか心のなかに余裕があったというのも事実でしょう。
実際に相手の領地に行った私の証言からは、向こうでは魔道具の類のものがなにひとつなかったと報告があったからです。
どれだけ変わった品や希少なものがあったとしても、技術的には大きく遅れている国であると考えられていたのです。
その相手がまさか、僅かな期間で魔道具を再現するどころか、ブリリア魔導国ですら作ることができないものを作り上げるとは夢にも思っていなかったのです。
しかも、空に浮かぶ城などというありえないものまでも作ってしまっていました。
もはや猶予はありません。
すぐに向こうと親密な関係を築き上げ、その関係を利用して情報を集めなければなりません。
こうして、私はお父様を始めとして、国からの許可を得て、この夏には結婚して、フォンターナ王国へと向かうことになりました。
ですが、このときの私はまだ気がついていませんでした。
今回の取引の際に、ブリリア魔導国を、いえ、すべての国を巻き込む埋伏の毒ともいえる巧妙な罠がアルスによって仕込まれていたことを知る由もなかったのでした。
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