シャーロット様、混乱す
「な……、なんですか、あれは?」
「お下がりください、シャーロット様。未確認の飛行物体がこちらへと接近してきています。なにがあるかわかりません。避難を」
「え、ええ。わかりました」
冬が終わり、雪も降らなくなってきた頃。
私は最後となるはずのアルス・フォン・バルカとの取引場所へと赴きました。
どうやら彼はまだ来ていないようです。
先に到着した我々が陣幕を張って、待つことしばし。
急に外がざわつき始めたのでした。
どうしたのかと思い、外に出てみて、その原因がわかりました。
何かがこちらへと飛んできていたのです。
私たちの頭の上、空を飛んでくる謎の飛行物体。
それが私たちの陣の上を通り過ぎ、その後、ぐるっと廻るようにして再びこちらへと戻ってきたのです。
もしかするとなんらかの魔物かもしれない。
空を飛ぶ魔物であれば非常に危険です。
私を守ろうと総隊長が避難を指示してきましたが、あるいは私も戦いに参加したほうがいいかもしれません。
昔の私とは違い、今の私は無力ではありません。
魔装兵器だけに限らず、魔法を使えば魔物とも戦える。
ここにいる部下を守る力が私にはあるのです。
総隊長と逃げろと言われながらも、私はその場に留まっていました。
ですが、どうやら心配は杞憂だったようです。
あれがなにかはわかりませんが、どうやら魔物ではなかったようです。
空中でピタリと止まった、左右に羽を広げた不格好な鳥のような形の何かから人が降りてきたからです。
『……いったいどういうおつもりですか? あれは何か説明していただけるのですよね、アルス?』
『こんにちは、シャーロット様。あれですか? あれは魔導飛行船ですよ。いやー、うちでも何か魔道具を作ってみようかってなりまして。それで空を飛んで移動できるのを作ってみたんです』
『……空を飛んで移動。あれはそういうものなのですか。いえ、たしかにあれが空を飛んでいるのをこの目で見ましたが……、本当に?』
『ええ、そうですよ。よかったら、後でシャーロット様も一緒に乗ってみますか? 空の上から地上を見るのはなかなか楽しいものですよ』
『そうですか。考えておきましょう』
……嘘でしょう?
あれが魔道具だというのですか?
あの、大きさの魔道具が人を乗せて空を飛ぶ?
そんなことがあり得るのでしょうか?
ブリリア魔導国でもそのようなものはありません。
魔法陣の技術を用いて作り上げた魔道具は非常に価値の高いものばかりです。
ですが、その中でも空を飛ぶという研究は昔から続けられていて、しかし、いまだかつて成功した報告はないと言われています。
それを彼が作った?
ありえません。
以前、バルカニアという彼の領地に行ったときには、ただのひとつも魔道具は存在しなかったのです。
それなのに、我が国でも作ることができていない空飛ぶ魔道具を作るなんてありえない。
現物を目の前にしながら私はそれが信じられませんでした。
『さて、それじゃあ、お楽しみの前に先に用事を済ませてしまいましょうか。取引は事前に話していた通りの内容でよろしいですね、シャーロット様?』
『ええ。ですが、先に伝えておきたいことがあります』
『伝えたいこと? なんでしょう?』
『フォンターナ王国とは今後も良好な関係を続けていきたいと考えております。ですが、いつまでも魔装兵器などの兵器を取引し続けるわけにはいきません。そのため、今後も魔道具の販売などは継続するものの、兵器関係の取引は中止とさせていただきます』
『それはまた急なお話ですね。ですが、よろしいのですか? その場合、魔法鞄のやり取りや魔法を授けることが今後はできなくなるかもしれませんよ?』
『はい。それらも魅力的ではありますが、精霊石を用いた武器は我々も必要とするのです。そのため、取引の継続は困難であると言わざるを得ません』
『なるほど。わかりました。では、今回が最後の取引ということでよろしいですね』
……あれ?
おかしいですね。
私の予想ではもっと悔しがるかと思っていたのですが、思った以上にあっさりとしています。
岩弩杖はともかく、魔装兵器などはもっと欲しがるのではないのでしょうか?
食い下がってこないのでしょうか?
それになにか違和感を感じます。
魔導飛行船とやらに気を取られていて今まで気が付きませんでした。
ですが、アルスと話していてその違和感にようやく気が付きました。
『あの……、つかぬことをお聞きしてよろしいですか?』
『なんでしょうか、シャーロット様?』
『…………あなた、弱くなったんじゃありませんか?』
『あ、わかりますか? そうなんですよ。以前、シャーロット様とお会いしたときと比べると魔力量が減っていると思います』
『やっぱり。ですが、どうしてでしょう? 魔王を倒すと言っていたのではなかったのですか? そのようなことで大丈夫なのですか?』
『お気遣いありがとうございます、シャーロット様。実はその件なのですが、無事に魔王を倒すことに成功したのですよ。今はフォンターナ王国は平穏そのものです』
『あら、そうなのですね。それはおめでとうございます』
『ありがとうございます。魔王を倒して平和になったので、私は自分の力を息子に継承させたのですよ。それで、私自身の魔力が減っただけなので、ご安心を』
『……継承? あなたの力を、息子に? なんですか、それは?』
『あ、失礼しました。そう言えば説明していませんでしたね。私がシャーロット様を始めとしたあなたの部下への魔法を授ける儀式は、実は次世代にはその力を継承できないのですよ。それを子どもに継承するには継承の儀という別の儀式が必要なのです。私はその継承の儀によって授かった継承権を持つ我が子アルフォードに自分の力を生前継承したというわけです』
な、なんですか、それは?
継承の儀?
そんなものがあるのですか?
どうしましょう。
名付けの魔法陣の解析が終わり、私自身がその魔法陣を用いて他の者に名付けをして魔法を部下に授けることにすでに成功していました。
なので、今後は自由に魔法使いを増やすことができる。
そう思っていたからこその取引の停止を申し出たのです。
ですが、この方法では魔法を次世代には継承できないと言うではありませんか。
いえ、それどころではありません。
彼は今、なんと言いました?
自分の力を、自分の魔力を、我が子に継承させることができると言っていませんでしたか?
そんなことができるのでしょうか。
少なくともブリリア魔導国をはじめとして、私が知る限り、他の国でもそのようなことができるとは聞いたことがありません。
歴史ある国々は魔力量の多い男女で婚姻関係を結んで、その結果、少しずつ一族の魔力量を高めていく手段をとっているはずです。
ですが、彼はそれ以外の方法で次世代の魔力量を高めることができると主張しています。
しかも、彼自身の肉体がそれを証明してしまっています。
以前あったときよりも、あきらかにアルスの魔力量は落ちています。
王族に近いだけあったはずの魔力が半減しているように感じるのです。
ということは、本当にそれだけの魔力を継承したのではないでしょうか?
取引の中止を申し出たのは時期尚早だったかもしれません。
私たちが知らない何かがまだ彼にはあるのではないか。
彼の驚く顔を見ようとばかり思っていたのに、完全に予想外のことばかりを目にし、耳にして、私のほうが混乱してしまうことになったのでした。
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