笑うシャーロット様
「例の件、その後の調べはどうなっていますか、総隊長?」
「はっ。魔法伝授のための魔法陣の研究は現在進行中です。研究者からは8割ほどの解読が終わっていると報告を受けています」
「8割ですか。あと少しですが、意外と進みが遅いのですね」
「申し訳ありません、シャーロット様。なにぶん、使用されている魔導文字の種類や配置などが現在は失われた古代のものであるため、時間がかかっているようです。ですが、暗号化なされていないため、じきに解読できるかと思います」
「わかりました。あの魔法陣をこちらのものとすれば、我々が独自に魔法使いを増やせることになります。引き続き研究を続けてください」
「はっ。かしこまりました」
ふう。
アトモスの里での精霊石の採掘状況の確認の後、私は総隊長に魔法陣研究の進捗についても確認をしました。
まだ8割と捉えるべきか、もう8割と受け取るべきか。
霊峰を越えてこちらへと接触してきたアルスによってもたらされた、私たちの知らない古代文字による魔法陣。
他者へと魔法を授けることができるその力を早く我が物としなくてはならないでしょう。
現在のアトモスの里では明らかに精霊石の採掘効率が落ちてきています。
かつてはそこらに落ちているものを拾うだけでよかった精霊石も、段々と取り尽くした結果、渓谷を掘って手に入れなければならなくなりました。
が、最近ではさらに深く掘り進めていかなければならない傾向が強まってきています。
その原因ははっきりと分かっています。
やはり、アルスという人物がその状況を作り出しました。
巨人たちの住むアトモスの里にあった巨大精霊石を持ち去ってしまったことが理由です。
とても動かすことなどできないと思った巨大な精霊石を、迷宮でしか見られない転送石を作り出して霊峰の向こう側に持ち去るなど誰が予想できたでしょうか。
その巨大精霊石が消えた影響が確実に出ています。
アトモスの里にあった精霊石が新たに産み出されなくなっているからです。
おそらくは、現在ある精霊石を取り尽くせば、この地で採掘できなくなってしまうでしょう。
本来であれば、ある程度採掘した後は迷宮核である巨大精霊石が生み出す精霊石の量を計算に入れて、もっとも効率のいい採掘状況を確立するはずでした。
ですが、それはできなくなってしまいました。
これは本来であれば非常に大きな失点です。
アトモスの里を任された私の責任問題と言えるでしょう。
ですが、希望はあります。
私や私の部下がアルスによって魔法陣を用いて名付けされたことにより、私たちは魔法が使用可能になったのです。
その中には【魔石生成】という魔法もありました。
一言呪文を唱えるだけで魔石が作り出せるという、奇跡のような魔法。
しかも、その作り出せる魔石はおそらくは竜種の魔石ではないかという研究結果も上がってきています。
もはや辺境に出向かなければ見ることもできなくなった魔物の中でも、伝説上の存在である竜。
その竜の中でも長い年月を生きて体内に魔石を作り出した個体からしか取れることがないはずの高密度な魔石が人の手によって作り出すことができる。
アトモスの里の巨大精霊石を失うという失敗を帳消しにして余りあるそれがあったからこそ、私の責任問題はそこまで追及されずに済んだのです。
ですが、ただ喜んでいるばかりではいられません。
この魔法を含めて、私たちが使えるようになったいくつもの魔法を今後も使い続けられるようにしておく必要があるのです。
仮にアルスから名付けが行われなくなり、私たち魔法を使える者がすべていなくなったときに竜種の魔石が手にはいらなくなるという状況だけは避けなければなりません。
そのためには、なんとしても他者へと魔法を授けることができるあの魔法陣を我々自身で使えるようにしておく必要があるのです。
「そういえば、次にアルスと取引を行うのはもうそろそろでしたね、総隊長?」
「はい。次回の取引は冬が終わるころになると取り決めを交わしています。すでに取引に用いる魔装兵器と岩弩杖、および魔法を授けられる予定の者たちの選別などは終わっています」
「よろしい。おそらく、その取引の頃にはこちらも魔法陣の解析が終わっているはずです。そうなったら、もはや彼と取引する必要はなくなるでしょう。ふふ。今から楽しみですね。取引停止を告げたらどれほど驚く顔を見せてくれるでしょうか?」
「きっと慌てふためいて取り乱すことになるでしょうね、シャーロット様」
「ええ、そうでしょうね。いい反応を期待しておきましょう」
総隊長とそう言い合いながら、思わず笑みがこぼれてしまいました。
何度もこちらが驚かされてばかりいましたが、彼のいるフォンターナ王国では魔道具の類は一切なかったことを私がこの目で確認しています。
きっと、魔装兵器や岩弩杖の取引が終わるとなればひどく驚くことになるでしょう。
見ていなさい、アルス・フォン・バルカ。
必ずあなたに一泡吹かせてみせましょう。
こうして私は冬が終わり春の季節が訪れる頃に現れる予定の彼を今か今かと待ちわびていたのでした。
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