差し伸べる手
「と、いうわけでこれからは教会についても積極的に意見をぶつけていく気ですので、よろしくおねがいしますね、パウロ教皇」
「待ちなさい、アルス。あなたはたしかに不死者の王をも封印し、それに匹敵する不死者であるナージャすらも倒したかもしれません。ですが、いくらなんでも教会の運営に口をだすのはいささかやりすぎなのではないでしょうか?」
「……へえー。そんなことを言ってもいいんですか、パウロ教皇?」
「脅すつもりですか? 私は脅しには屈しませんよ」
「パウロ教皇に対してそんなことをする気はありませんよ。ですが、これだけは言っておきます。パウロ教皇がどんなつもりであっても、私と連携して教会を運営していくしかありません」
「……なぜでしょう?」
「お金、必要なんでしょう? すべての貴族領から集めていた喜捨はその多くが聖都にあったようですね。どうやらこの神界の建物にもそれなりに物はあるようですが、見た感じ、現金での資金が無いのではないですか?」
「……そうですね。確かにお金はあまりないかもしれませんね。つまり、こういうことですか? あなたは教会にお金を出すから、教会のやり方に口を出させろということですね」
「何言ってんですか、パウロ教皇。いくらなんでも消滅した聖都の機能を回復させるための物的、あるいは人的な資源を回復させるだけのお金をポンッと出すわけないでしょう。貸付にしますよ。いつでもニコニコ現金を用立てるバルカ銀行へようこそ、パウロ教皇」
「な、あなたは教会へ利子をつけてお金を貸し付けようというのですか? なんと恐れ多いことを」
「無償で出すわけ無いでしょ。それにいやならいいんですよ。借りたくないという人に無理やりお金を押し付ける趣味は俺にはありませんから」
ガロードに許可をもらった俺は、さっそく神界へとやってきて次の教会の指導者であるパウロ新教皇と話し合いの場を設けた。
さしあたってなんの話を最初にするべきか、となると、やはり金のことだろう。
教会は大きな勢力だ。
たとえ聖都が消滅したとしても、再び金を稼ぐための集金力というのはまだまだあるはずだ。
だが、お金というのは、今すぐ必要だ、というタイミングが存在する。
教会は今まさにその状況にあるのだ。
教会の中心だった聖都が消滅し、そこに集約されていた知識や技術、人、もの、金。
それらを一度にすべて失ってしまった。
それに対処するのには、多くの人の力とモノがいる。
それを賄うには天文学的なお金が必要なのだ。
そして、パウロ教皇はこの申し出を突っぱねることができない。
ここでもし、俺から金を借りることを拒否すればどうなるかが賢いパウロ教皇には分かっているのだろう。
緊急時の初動の対策で下手を打てば、それはすなわち、その対処を担当した人間の失敗とみなされるのだ。
たとえ「一日で聖都も神界も機能を停止した」というありえないような状態でも、対処を誤れば責任はすべてトップの者に覆いかぶさってくることになる。
なので、すこしでもうまく状況を治めるためには、金を借りないなどという選択肢はないのだ。
ちなみに、パウロ教皇が教会組織の再建に成功するか、あるいは失敗するかは俺にとって正直どちらでもいい。
もちろん、今までの付き合いがあるパウロ教皇が教会のトップにいてくれたほうがやりやすい。
が、パウロ教皇が教会再建に失敗しても、俺はなんのダメージも無い。
というよりも、どちらかというと俺に対して「なんとかしろ」と言われるよりは遥かにいいのだ。
それよりは金を出すだけのほうがいい。
教会そのものは時間がかかってもそれなりに金を回収できるだろうしな。
返済能力は十分にあると見ている。
「……多くの貴族があなたを悪魔だという気持ちが少しわかりましたよ」
「そんなに褒めないでくださいよ、パウロ教皇。で、どうしますか?」
「いいでしょう。毒を食らわば皿まで、と言いますからね。こうなったら私も覚悟を決めましょう。ぜひ、私にお金を貸してください」
「まいどあり。きちんとした貸付額と利率、返済期間はあとでバルカ銀行にて話し合いましょうか。俺とパウロ教皇の仲を考えて、なるべく安くなるようにしておきますよ」
「ええ、ありがとうございます。ですが、その貸付を条件にどんな無理難題を教会に持ち込むつもりですか?」
「そんなに無茶は言いませんよ。そうですね。とりあえずは、各地にいる司教を緊急時であるという名目で臨時大司教という役につけて教会の中心地となる予定のフォンターナの街に集めてください」
「それは、まあ、いいでしょう。人手が足りないのは確かですし、私が教皇に就任するための承認も取らなければなりませんからね。しかし、考えましたね。そうやって司教たちをフォンターナに集めて、他の貴族には【回復】を使わせないようにするつもりなのですね」
「そういうことです。正直、教会の【回復】があるおかげで戦乱が長引く面も否定できないと思っています。ですが、それだけでは足りません。もうひとつ、教会から声明を出していただきたいのです」
「声明ですか? どのような内容でしょうか?」
「戦の禁止、です。あらゆる貴族、あるいは騎士に対して戦闘行為の禁止を義務付けてほしいのですよ。もしも、その約定を破ったら、その土地から教会は撤退する可能性もある、とにおわせてほしいのです」
「戦の禁止ですか……。その声明を出すだけならば可能でしょう。が、ほとんどの貴族は守らないのではないですか?」
「でしょうね。ですが、聖都が消滅する事態にまで発展した以上、教会が今以上に人や物を失う状況を憂いて提案することは不自然なことでもないでしょう。この地の人々はみな疲れ切っています。あまりにも長すぎる動乱にだれもが嫌になっているのです。それを止めるように言えるのは教会をおいて他にはいないでしょう」
「……ふう。そんなことを言って、分かっているのですよ? どうせ、教会が出した戦禁止の声明を無視した不届きな貴族や騎士を罰するといって、フォンターナが攻め込むのでしょう?」
「さあ、どうでしょうか? 平和を愛する私はそんなことをしたくはありませんが、まあ、そういうことが起こらないとは限りませんね」
「わかりました。司教を大司教相当の役職としてフォンターナに集める。そして、全貴族、あるいは全騎士に戦闘行為の停止を訴える声明を出す。それくらいであれば、教皇として発信することはできると思います」
「ありがとうございます、パウロ教皇。いやー、素晴らしい人格者が教会で頂点についてくれて助かりますよ。これからもよろしくおねがいしますね」
「ええ、こちらこそ」
金が足りるかな?
まあ、教会に対してなので貸し付けた債権が焦げ付くリスクはそこまで大きくはないだろう。
それに教会が聖都にどれほど溜め込んでいたかはわからないが、多くの硬貨が塩になってしまった可能性もある。
流通していた現金そのものが少なくなっている可能性もある。
白い犬人であるタロウシリーズを最大稼働にして銀を多めに造らせておこうか。
こうして、俺はパウロ教皇にボッタクリではない金利でお金を貸すことで、世のため人のため、平和な世の中が来るように教会を助けることにしたのだった。
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