当事者不在の決定
「ただいま、リオン。こっちは変わりなかったか?」
「おかえりなさい、アルス様。そうですね。フォンターナ王国やその周辺では今のところ新たな不死者の情報などはありません」
「そりゃ良かった」
「そうとは言えないでしょう。聖都との連絡が途絶えたという情報だけが出回って、かなりの混乱がみられるようですよ? どうするのですか?」
「……そうだな。聖都が消滅してからもう10日ほどが経過したけど、【神界転送】なんかを使える教皇や枢機卿は現れていないんだよな?」
「はい。残念ですが、現在のところ教会の幹部で生き残っていることが分かっている者はパウロ大司教だけです。ただ、まだパウロ大司教は神界におられるのですよね?」
「そうだな。地上に帰還しようにも、聖都の地下から迷宮核を持ち帰っているからな。まだ神界にいるよ」
「それなら早くお戻りになるように手配すべきでは? それをしないというのは、なにか考えがあるのですか?」
「ま、一応ね。お、準備ができたみたいだな。それじゃ行きますか」
聖都消滅とナージャの討伐が成功してから少し時間が過ぎた。
俺は無事にフォンターナ王国へと帰ってくることに成功した。
少し体を休めてから、フォンターナの街でリオンと再会して情報交換をしている。
リオンが各地から上がってくる情報をまとめたところ、フォンターナ王国以外ではやはり混乱が起きているようだ。
だが、これはまだ始まりに過ぎない。
情報伝達がフォンターナよりも速いところは他になく、現状を正しく知るには時間がかかる。
これからより大きな混乱が発生することが予想できる。
その影響を少なくともフォンターナ国内だけでも抑える必要がある。
そのために、俺は今できる対処をすることにした。
その第一歩がフォンターナの王との謁見だった。
フォンターナ国王であるガロード・フォンターナはすでに洗礼式を終えて、現在はリオンが傅役となってあれこれ教えている。
言ってみれば勉強中の身ではあるが、しかし、現時点ですでにこの国のトップであることに違いはない。
その王様に形式的とはいえ、正式に謁見を申し込んだ。
その準備が終わったらしい。
新しくできた新フォンターナ城の謁見の間にリオンと一緒に赴く。
扉を開けたそこにはガロードが玉座に座っていた。
そのガロードに対して挨拶をし、こちらの意見を陳情し、その陳情書に許可をもらう。
「……というわけで、教会の総本山である聖都が消滅いたしました。ですが、なんとか復活した不死者の王を再封印し、新たな不死者どももすべて討滅することに成功しています。しかし、喜んでばかりもいられません。教会の早期復旧が望まれます。そのために、このフォンターナにある大教会に神界との門を設置する許可を頂きたいのです」
「えっと、うん。じゃなくて……、よかろう。良きに計らえ、アルス・フォン・バルカ」
「ありがとうございます。ただ、新たに教会を再建するにしても大きな混乱が出ることが予想されます。そのために、今後教会の運営については我々もより密接に協力していこうと考えております。王はその点についていかがお考えでしょうか?」
「フォンターナ王国が混乱することがあってはならない。それが良いだろう」
「ありがとうございます。では、すぐに手配いたします」
「うむ、頼んだぞ」
現状で残っている教会関係者で一番力を持っていると考えられるのはパウロ大司教だ。
そのパウロ大司教は聖都という教会の中央ではなく、北にあるフォンターナ王国に本拠地を持っていた。
そして、聖都の危機に際しては自身の危険を顧みずに神界まで駆けつけたという実績と功績がある。
ならば、そのパウロ大司教のいた本拠地がある教会をトップにして、再建するほうがいいだろう。
それはもちろんフォンターナの街にある大教会がそうなるということだ。
という論理で教会関係者が不在の状態で勝手に結論付ける。
そのための後押しとしてフォンターナ家の許可を得る。
もちろん、これは事前にガロードに言い含めているので簡単に許可が出た。
で、そのついでとばかりに教会と協力するという大義名分を手に入れておく。
これはつまり、今後フォンターナ国内、あるいは国外に関わらず教会の運営についてこちらが口を出すことができるということでもある。
それは言い換えると、今までは既存のどの勢力とも一定の距離を保っていた中立機関を仲間に引きずり込んだことに等しい。
教会の影響力は果てしなく大きい。
貴族や騎士にとってはその力を次世代につなげることができるかどうかは教会の有無にかかっていると言ってもいい。
街の運営でも重要だろう。
【洗浄】や【着火】、【照明】、【飲水】といったインフラはすべて教会から授かる生活魔法によって支えられている。
さらにいえば、現在流通している塩も教会の販売網が大きくなっている。
つまり、教会がなければ領地の運営は間違いなく傾くことになる。
もちろん、無ければ無いで対応することも可能かもしれないが、それでも今まで通りにはいかなくなる。
たとえ、どれほどの戦力を持つ貴族家であってもその影響から逃れることはできない。
「よし。王から言質をとった。教会とはこれからも仲良くやっていかないとな」
「ですが、あまり過激すぎることはなさらないほうがいいでしょうね。パウロ新教皇をしっかりと説得してくださいね、アルス様」
「分かっているよ、リオン。俺だってパウロ教皇と敵対する気はないさ」
ガロードとの謁見が終わり、俺とリオンが言い合う。
こうして、俺はその後すぐに大教会の地下に聖都の迷宮核を埋め込み、神界へと向かったのだった。
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