光の剣
「頼むぞ。うまくいってくれよ。……聖域」
ナージャを倒すための最後の手段。
今までに試したすべての方法が通じず、これが正真正銘最後の抵抗になるだろう。
ナージャに対峙しながら、俺はわらにもすがる気持ちで【聖域】を唱えた。
【聖域】とは空間に対して発動する魔法だ。
【浄化】のように穢れを癒やす効果があるが、【浄化】は人などに対して使用するのに比べて空間そのものに作用するという違いがある。
一度使えばその場で暖かく柔らかな光の柱が立ち上り、その中ではいかに不死者の王といえども穢れた不浄の魔力を抑えることができる。
その魔法を発動する。
だが、その発動場所は俺がナージャと戦っている所ではなかった。
俺が【聖域】を使ったのは、この空間とは隔絶した異空間とでも言うべき場所だった。
空絶剣だ。
かつて斬鉄剣と転送石を【合成】して作り上げたこの魔法剣は、不思議な効果を持つ剣として生まれてきた。
剣としての存在はあるものの、その姿かたちは全く見ることができないのだ。
そして、その剣身にふれるとどんなものでも断ち切ることができるという性能を持つ。
俺はこれを転送石同士で遠方に一瞬で移動する際に利用しているのではないかという異空間としての性質がこの剣には宿っているのではないかと考えていた。
つまり、この空絶剣で切るというのは異空間による影響によって空間ごと切断されているのではないかという仮説だ。
ならば、これは剣そのものが別の空間と言い換えることもできるのではないか。
その考えを元に、空絶剣そのものに対して【聖域】をかけた。
「ビンゴ。剣が聖域化しやがった」
どうやら俺のトンデモ仮説はそれなりに正しかったようだ。
本来、聖剣と呼ばれるものは剣に対して【浄化】を使用することで造られる。
斬鉄剣に【浄化】をかけた際にできたのが聖剣グランバルカだった。
だが、空絶剣に【浄化】をかけても聖剣化したりはしなかった。
それゆえに、俺は空絶剣は聖剣にはならないものだと思っていた。
だが、違ったのだ。
空絶剣に対して【浄化】ではなく【聖域】を使用することで新たな変化が生まれた。
それまでは見えなかった剣身がまばゆい光でその姿を浮かび上がらせているのだ。
光の剣。
見るものにやすらぎの心を与えると同時に、不死者にとっては穢れを祓い、不死者の王の魔力すらも寄せ付けない清らかな剣がそこにはあった。
剣の形をした異空間そのものを【聖域】と化したその剣を見て、明らかにナージャにも動揺が見られた。
先程、ナージャは【聖域】の範囲内から逃げ出して範囲攻撃を仕掛けてきたが、それは取りも直さず【聖域】がナージャに対して効果があるということを自ら証明したことにほかならない。
この光の剣はナージャに対して間違いなく効果がある。
「終わりだ、ナージャ」
光の剣を握り直した俺がナージャに対してそうつぶやく。
それは反撃の狼煙ではなかった。
ただ、純粋に終わりを告げるだけのものだ。
ナージャは強い。
圧倒的な魔力を持ち、誰も近づくことができない不浄の魔力を撒き散らしながらも、遠距離からの攻撃にも対応できる魔法をも持つ。
だが、ナージャそのものの戦闘技術はそこまで高くなかったのだ。
神の使徒よりも戦えはする。
だが、もともと迷宮街では荷物持ちをしているだけで、それ以降の傭兵時代はおそらく【収集】して得た数々の魔法の力で戦ってきたのだろう。
そのためか、剣を向けられての対人白兵戦では一般人に毛の生えた程度のものしかなかった。
そんな動きでは子どもの時からバイト兄とともに模擬戦を繰り返しながら、多くの戦場に出て命をかけて戦ってきた俺には通じない。
光の剣を握り、勢いよく踏み込んで袈裟斬りに振り下ろした剣撃をナージャは避けることすらできなかった。
そして、その剣による一撃は不浄の魔力に触れても穢れて崩れ落ちることもなく、ナージャの体に届いた。
ズバッとその胴体を切り裂く。
胴体についた大きな裂傷に呆然とした様子で手を当てて、それから地面に倒れ落ちるナージャ。
そのときになって、ようやく自身が切られたと認識したのだろう。
まるで助けを求めるかのように俺に対して右手を伸ばす。
「っさ、さばきの……」
だが、それは決して命乞いではなかったようだ。
伸ばされた腕に魔力が込められていたからだ。
膨大な魔力がその手に集中する。
ここまでの魔力を使用する魔法というのはそうそうないだろう。
致命的な攻撃を受けつつも【裁きの光】を発動しようとしている。
しかし、その大魔法が放たれることはなかった。
俺が再び光の剣を振り、ナージャの腕を切り落としたからだ。
ボトリ、と落ちるナージャの腕。
それによって発動間近だった大魔法がキャンセルされ、膨大な魔力が宙に霧散していった。
こうして、聖都を滅ぼし、多くの者を恐怖のどん底に陥れたナージャの脅威は消え去ることとなったのだった。
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