防魔障壁
空絶剣を鞘から抜き、構える。
持ち手以外は見ることもできない魔法剣。
それに魔力を込めて狙いを定める。
バイト兄を倒したナージャはその後ほかの者を襲っていた。
見た感じ、戦いと呼べる状態にはなっていない。
不死者となったナージャは通常の不死者ではなく不死者の王と呼んでもいい状態になっていたからだ。
ナージャの体から溢れ出ているどす黒い魔力が周囲のものをすべて腐らせていっている。
それは襲われた者にとって、一切の対処を不可能にしていた。
手に持つ武器で攻撃しても、その黒の魔力によって攻撃は届かない。
ナージャが近づいてきて触れようものなら防具の有無に関わらず体が穢され爛れていく。
そのためにできることと言えば、近づこうとするナージャから逃げることだけだ。
が、それもままならない。
今のナージャは聖都すべての人間と合わせて、神界にいた神の使徒からも力を奪っていたからだ。
その魔力量は膨大なものへと膨れ上がり、不浄の魔力に侵されても肉体を生前のものと同じように維持することができている。
つまり、圧倒的な魔力を持つナージャから逃げ切ることができる足を持つ者など誰一人いなかったのだ。
ナージャは意識があるのだろうか?
逃げる者を見つけてはそれを追いかける習性でもあるかのように、すべての者を追いかけ回し、殺していった。
ほとんどはナージャによる攻撃で一撃で死に絶え、場合によっては不浄の魔力に侵されて不死者となってしまう。
故にこれは戦いではなく、あまりにも理不尽な災害にでも遭っているかのようにすら思えてしまった。
「シッ」
そんなナージャに向けて剣を振る。
魔力を込めた空絶剣はその場にいながらにして遠距離攻撃が可能だ。
それも全く見えない斬撃。
哀れな獲物を追いかけることに意識のすべてを向けていたナージャにその攻撃を避けることはできず、見事に命中した。
そのはずだった。
「おい、アルス。なにやってんだ? 効いてないぞ。外したのかよ」
「……いや、当たったはずだけど。効果がない、のか?」
空絶剣による攻撃はたしかに命中したはずだ。
だが、ナージャにはなんにも変化が見られない。
なぜだ?
よくわからない事態に疑問を持ちながらも、俺は再度攻撃を繰り出す。
しかし、その攻撃も不発だった。
感覚的には空絶剣の攻撃は命中しているように思う。
だというのに、当たっていない。
試しにナージャではなく別の地点を狙ってみた。
その攻撃は離れた地面を切り裂いているので、空絶剣の力が発動していないわけではないようだ。
「聖騎士様、あれはナージャ団長ではないのですか? 戻ってきたと思ったら、不死者になってしまっているんですが」
「副団長か。そうだ、ナージャは不死者化した。それも最悪に近い状況だ。不死者の王に匹敵する厄介さで、しかもなぜか遠距離攻撃が効かない」
「遠距離攻撃ですか?」
「そうだ。この空絶剣は離れた場所の相手を切ることができる。だが、それがナージャには効いていない」
「あ、それはもしかして魔法かもしれません。【防魔障壁】という魔法を使えば魔力による攻撃を防げますから」
「【防魔障壁】? そうか、ギザニア家の魔法か。防御特化の魔法で攻撃力が無いから、隣のヘカイル家がマーシェル傭兵団に滅ぼされた後も引きこもっていたな」
「はい。よくご存知ですね。ナージャ団長はギザニアの騎士から【防魔障壁】を【収集】して、それを私たち傭兵団の者にも使用できるようにしてくれたのです。それでヘカイル家との戦いは圧倒的にこちらが有利に立ちました」
「くそ、厄介なもんを持ってるんだな。というか、あの状態になっても魔法を使えるのかよ。そうだ。【防魔障壁】が魔力攻撃を無効化するなら、それを使って傭兵団がナージャに挑めば勝てるんじゃないのか?」
「む、無茶を言わないでください、聖騎士様。【防魔障壁】は自分の魔力を消費して相手の魔力攻撃を無効化するだけなんです。何発も攻撃をもらえば守りが剥がされるし、そもそも団長の相手なんてできませんよ」
「ということは、ナージャの魔力が尽きるまで攻撃を繰り返さないといけないのか? 他に弱点はないのか?」
「【防魔障壁】で守れるのはあくまでも魔力による攻撃だけです。物理的な攻撃には効果がありません」
「いや、物理的って言っても聖剣さえ腐らせるんだぞ。無理だろ」
どうする?
頼みの綱の空絶剣が全然役に立ってくれていない。
副団長の言うとおりなら、ナージャの魔力で魔法攻撃を防いでいることになり、その魔力が尽きるまで攻撃を繰り返せば障壁がなくなるらしい。
だが、空絶剣の燃費の悪さがここにきて仇となった。
空絶剣は遠距離攻撃するのに多くの魔力を使用するくせに、どうやら攻撃を命中させてもナージャの魔力をそこまで削っていないようなのだ。
イメージ的には10の魔力を消費して1くらいしかナージャの魔力を減らせていないような感じだろうか。
一度の攻撃で減る魔力の量は明らかに攻撃している俺のほうがナージャよりも多いように思う。
消耗戦で遠くからチクチクやっても、たぶん俺のほうが先に魔力切れになるんじゃないだろうか。
まあ、そんな悠長なことをしている間にこの場にいる全員が死ぬか不死者になっているような気もするが。
ほかになにかいい案はないか?
うなれ、俺の脳細胞。
そうだ、例えばヴァルキリーを使うのはどうか?
ナージャはヴァルキリーから【共有】などの力を奪って【裁きの光】を使用可能になった。
ということは、逆に考えればヴァルキリー側からもナージャと魔力的なつながりがあるといえる。
なので、ヴァルキリーが魔法をすっからかんになるまで使えば、ナージャ側の魔力も減ることになるのではないだろうか?
いや、駄目か。
この案はすでに以前から考えていて、メリットが少ないという結論に達していた。
ヴァルキリーは常に群れ全体で魔力を【共有】している。
だが、だからといって常にナージャと魔力を【共有】し続けることになるかというとそうでもないようなのだ。
【共有】というヴァルキリー独自の魔法は任意発動型の魔法なのだ。
あくまでも、【共有】という魔法をヴァルキリーが常に使っているに過ぎない。
つまり、ナージャがヴァルキリーとの【共有】発動状態を意図的にオフにすることもできるのだ。
その場合、いくらヴァルキリーが【共有】という魔法を使っていてもナージャ側にはアクセスできなくなる。
ゆえに、ヴァルキリーが【共有】しているナージャの魔力をすべて使おうとするのは逆に危険なのだ。
外部から魔力量を減らされていると気づいたナージャが【共有】状態を切る可能性がある。
そうしたら、聖都や神界で力を【収集】したナージャと、そのナージャとの魔力パスが途切れた俺は力関係が大きく離れることになる。
ようするにやぶ蛇になるかもしれないということだ。
なるべくナージャにはヴァルキリーとの関係に気がつかずに【共有】を使い続けてもらわなければならない。
でなければ、俺は【聖域】どころか【浄化】すら使えなくなってしまう。
じゃあ、どうすりゃいいんだ?
なんかほかにいいアイデアはないのか?
あれこれ対策を考えているときだった。
ナージャがこちらへと視線を向けた。
もしかしたら、ダメージはなくとも攻撃を受けたということは感じられるのかもしれない。
そうでなくとも、活きが良い人間が逃げずに突っ立っているのだ。
美味しい獲物が転がっているように見えるのかもしれない。
ナージャがこちらに顔を向けて、淀んだ瞳で見つめてきた。
次の瞬間、爆発的な加速をしながらこちらに向かって走り寄ってきたナージャによって俺は攻撃を受けたのだった。
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