荒療治
神像が置いてあった神殿から急いで転送部屋へと戻る。
どうやらこの転送部屋から地上への帰り道は一本道になっているようだ。
地上からは教皇だけが使える【神界転送】で好きな場所からここに来ることができる。
が、転送部屋からは聖都に直接降りるルートしかないらしい。
ただ、地上へ降りるだけならば転送部屋に設置されている魔法陣の上に立ち、少し魔力を込めるだけで転送できるようになっているというメリットもあるようだ。
ナージャが不死者になったというのは本当みたいだ。
神殿から転送部屋に向かう道で、最初は見られなかった不死者の通った痕跡が残っていたからだ。
新たに草花が不浄の魔力に侵されて腐ってしまっている。
その痕が転送部屋までずっと続いていたのだ。
「あ、悪い。タナトスたちはここに残っていてくれ」
「なに? 一緒に行かなくていいのか?」
「ああ。この神界もまだすべての不死者がいなくなったかどうかわからないからな。いくらなんでもライラひとりの護衛では負担がかかりすぎるだろ」
「だが、ナージャとやらの相手をするのは大丈夫なのか?」
「分からん。不死者の王みたいに話が通じる相手なら奇襲できるかもしれないけど、どうなんだろうな。しばらく経っても俺から連絡がなければ何かあったと思って行動してくれ」
「わかった。武運を祈る」
「ありがとう。じゃ、行ってくる」
神界でのことはアトモスの戦士たちに任せた。
俺は転送部屋で1人だけ魔法陣の上に立ち、魔力を魔法陣に込めた。
すると、その魔力に反応して魔法陣が輝きだし、すぐに浮遊感のようなものを感じて跳んだ。
「どこだ? これは、塩か? 塩の海。じゃ、ないか。そうか、聖都のあとか」
一瞬にして終わった転移。
地上に降り立ったのはやはり聞いていた通り、もともと聖都があった場所のようだ。
大量の塩が地面にぶちまけられている状態で、これはおそらくナージャが聖都に対して【裁きの光】を用いたときのものだと思う。
そして、その塩も不浄の魔力によって腐ってしまっていた。
俺が立っている場所から墨汁をつけすぎた筆で半紙の上に線を引いたような感じで、不死者が移動した跡が残されている。
たぶん、これを追跡していけばナージャがいるはずだ。
体に魔力を練り上げて走る。
今までよりも魔力量が格段に多くなっているからか、かなりの速度が出ている。
そして、その速度を保ちながら塩が途切れる場所が見えるところまであっという間に走り抜けた。
するとそこで見知った姿が目に入った。
バイト兄だ。
バイト兄が地面の上で仰向けに倒れ込んでいる。
「どうした。大丈夫か、バイト兄?」
「……あ、アルスか。どうなっているんだ。急に強力な不死者が現れたぞ」
「悪い。不死者の王は封じたんだけど、いろいろあって、どうやらナージャが不死者になった。ナージャにやられたのか?」
「ああ、たぶんそうだろうな。てっきりあれが不死者の王かと思っていたんだが。見ろよ。聖剣がこんなになっちまった」
「聖剣が? って、それどころじゃないじゃねえか。右手が腐ってるぞ、バイト兄」
「へへ。ドジッちまったみたいだな」
倒れていたバイト兄を抱き起こすようにすると、返事が返ってきた。
どうやらバイト兄は地上に戻ってきたナージャと戦ったようだ。
だが、その手に持っていた聖剣は剣身部分が崩れ落ちてしまっている。
本来これはありえないことだ。
バイト兄の持つ聖剣グランバルカも俺のものと同じで剣そのものに【浄化】の力が宿っている。
普通に不死者と戦っただけではその聖剣が崩れ落ちるようなことにはなりはしない。
ということは、やはりナージャは不死者の王と同じように【浄化】すら効かないほどの穢れた魔力になってしまっているのだろう。
しかも、更に悪いことにバイト兄の右手もその穢れに侵されていた。
以前俺が不死骨竜と戦ったときに穢れを受けたが、その比ではないほど悪い状態になっている。
「浄化」
慌ててバイト兄に【浄化】をかけた。
だが、効果がない。
右手はいぜん変わらず不浄の魔力に侵され続けており、全く浄化されていない。
「浄化、浄化、浄化」
何度も何度も繰り返し【浄化】をかける。
だが、いくら穢れを癒そうとしても全然効果がない。
というよりも、どんどんと右手から上に上がるように黒い魔力が広がっていっている。
「バイト兄、切るぞ」
「えっ、おい、ちょっと待て。いきなりかよ」
「しゃべるな。舌を噛むぞ」
「ぐあっ!! いってえ!!」
「回復。……よし、元通りだ」
何度かけても効果が見られない【浄化】に見切りをつけた俺は、荒療治を試みることにした。
バイト兄の穢された右手を腕ごと肩の下あたりで切り落としたのだ。
ボトリと地面に落ちる右腕。
それを蹴り飛ばして、すぐにバイト兄の体に【回復】を使用した。
【回復】には不死者の穢れを癒やす力は一切ない。
が、【浄化】とは違って知識さえあれば失われた手足などをもとに戻せる欠損治療すら可能な魔法だ。
その力に期待した。
つい今しがた切り落とした腕とは違う、新品の腕がバイト兄の肩から先にぶら下がっている。
そして、その腕は穢れた魔力の影響はなかった。
「お前、ほんとに無茶苦茶だな。いきなり腕を切り落とすやつがあるかよ」
「いいじゃねえか。感謝してほしいくらいだよ。俺がいなかったら治せてなかったんだからさ」
「まあ、それはそうだけどな。助かったよ、アルス」
だが、この方法は運良くうまくいっただけだともいえる。
なにせ、腕ではなく胴体が穢れに侵されていた場合、体を切り分けるわけにもいかないからだ。
それに穢れが進行するスピードは結構早かった。
すぐに処置できていなければ間に合わなかったかもしれない。
もう一度同じことができるという状況は早々ないだろう。
というか、現在進行形で被害が広がっている。
聖騎士団として連れてきていた兵も味方につけた傭兵団もが、今もナージャに襲われていたのだ。
急いでナージャを止めなくてはいけない。
が、聖剣は使えないことをバイト兄がすでに証明してしまっていた。
ならば、聖剣以外を使って対処するしかない。
俺は腰に吊るしていた聖剣ではなく、魔法鞄から新たに空絶剣を取り出して、ナージャに向かって剣を振ったのだった。
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