新・不死者の王
「……あなたは私になにも言わないのですか、アルス?」
「ん? かつて教会がしたことをだまっていたことですか、パウロ大司教?」
「ええ。彼が先程話していたことはある程度真実性があると思います。けれど、教会に残る伝承では、神アイシャは自らの身を犠牲に神の座につき、我らを守る礎となったと言われているのです」
「あ、そういうのはいいです。加害者側が後出しで言い始めたことに信憑性はないですから」
「ぐっ……、いえ、そうですね。そのとおりでしょう。教会は罪を犯した。それを認めないわけにはいけないのでしょうね。ですが、それを聞いてあなたは教会をどうしようとおもうのですか?」
「どうする? いや、それを聞かれても困りますよ。確かにアイシャさんのことはあまりに非道な行いに唖然としていますけど、俺になにかできるわけでもないですし。それよりも、今は別の問題がありますからね」
「別の問題、ですか?」
「ええ。忘れたのですか? ナージャのことですよ。ここに不死者の王がいたのはいいとして、ナージャの姿がない。あまりの情報にさっきは思わず話し込んでしまいましたが、今【裁きの光】を使われたらと思うと悠長に議論している場合でもないでしょう」
「そうでしたね。そのとおりです。ナージャはどこに行ったのでしょうか?」
俺と不死者の王が話している間はだんまりだったパウロ大司教。
問題の不死者の王が俺の【氷精召喚】で氷漬けにされて再封印されたのを見て、ようやく口を開いた。
だが、その内容は教会による自己弁護になりそうだったので、一旦話を打ち切る。
アイシャの境遇には同情はするが、今や教会のシステムは俺たちが生活を送る社会にとって必要不可欠なものになってしまっているからだ。
とくに生活魔法がある前提ですべての街は成り立っているので、もしも今、神像を破壊してアイシャを殺したとしたらその影響は計り知れないものとなるだろう。
こういうのを必要悪といったりするのだろうか?
だが、それよりも今はナージャのほうが気になる。
てっきり不死者の王と戦っていたと思ったのだが違ったのだろうか?
どこに行ったのだろう?
そう思っている時、神殿の外にいたはずのタナトスとイアンが中へ駆け込んできた。
「おい、アルス。何をしているんだ。不死者の王が逃げたぞ」
「あん? 何言ってんだ、タナトス。不死者の王なら俺の隣で寝てるよ」
「は……? なんだそれは? その氷の中にいるのは誰だ?」
「誰だって言われても、こいつが不死者の王だよ。俺の【氷精召喚】で氷漬けにして封印した」
「え……、いや、しかし……。どういうことだ、イアン。あれは不死者の王ではなかったのか?」
「なんだ? どうしたんだよ、ふたりとも。もしかして、不死者の王がもうひとりいたとでも言うのかよ」
「あ、ああ。そうなるのかもしれない。さっきまで外で周囲を見張っていたが、俺とイアンはふたりとも不死者の王を見たんだ。いや、正確には溢れんばかりの不浄な魔力を持つ男が転送部屋に向かっていき、姿を消したのを見たというのが正しいのかもしれんが」
「なんだと? 本当か、タナトス? 本当にそんな強力な不死者がいたのか?」
「ああ、間違いない。あれほどの気配を見間違えるはずがないぞ、アルス。あれは不死者の王に違いない」
「ちょっと確認だ。えっと待ってくれよ。確か魔法鞄に入れていたはずだ。……あった。これだな。そいつはこんな顔をしていなかったか?」
「…………そうだ。遠目だったが確かにその男の顔はこんな感じだったように思う」
「……まじか。まずいですよ、パウロ大司教。どうやら、知らないうちにナージャは不死者になっていたようです。しかも、それが転送部屋に向かって姿を消した。つまり、地上に戻った可能性があるようです」
今日は厄日だな。
次から次にいろんなことが起こりすぎる。
外にいたタナトスたちがもたらした情報。
それはナージャらしき男が不死者になっていたというもの。
そして、その男はタナトスの目から見て不死者の王ではないかと感じるほどの不浄な魔力を周囲に撒き散らしていたということ。
更に追い打ちで、その男は転送部屋へ向かい、姿を消したらしいというものだった。
この神界には不死者の王であるドグマ・ドーレンがナージャの発動した【神界転送】で一緒にやってきた。
そして、この神界では両者が争った形跡も見られた。
だが、そんな争い合っていた二人のうち、不死者の王だけがこの神殿で俺と会話をしていたのだ。
もしかしたら、ナージャは不死者の王に負けていたのだろうか?
だが、ただ敗北して死んだだけではなかったのかもしれない。
不死者の王から発せられる穢れた魔力に汚染され、ナージャも不死者になってしまったという可能性は十分にありえる。
タナトスたちが見た男がナージャだったのは間違いないようだ。
俺が持ってきていたナージャの指名手配用の姿絵で確認したが、絵と同じ顔だったそうだ。
つまり、ナージャの持つ膨大な魔力は肉体を腐らせずにいたようだ。
そして、不死者の王化したナージャが転送部屋に向かった。
すなわち、地上へと行ったかもしれないのだ。
「質問です、パウロ大司教。転送部屋から地上へと向かった場合、どこに出るのですか?」
「たしか、聖都の決まった地点に戻るようになっていたはずです」
「聖都はもうないですが、そこに戻ったのでしょうか?」
「分かりません。が、おそらくは聖都に戻るのではないでしょうか?」
「だとするとまずいですね。聖都の近くはバイト兄たちがまだいるはずです。そこに不死者の王だとタナトスが感じるほどのナージャが戻ってきたら大変なことになる。あの場には俺やパウロ大司教のように【浄化】や【聖域】を使える者が誰一人いませんから」
「……行くのですか、アルス?」
「ええ、もちろんです。俺は地上に戻ります。パウロ大司教はここに残ってください」
「わかりました。もしかするとこの神界にもまだ生き残っている者はいるかもしれませんからね。無事な者はこの神殿に集めるようにしましょう」
「お願いします。この建物内は不死者の王いわく、常に【聖域】が使用されているのと同じくらい清らかな空間らしいですからね。ここにいる限り、穢れが蔓延することを防げるかもしれません」
「ええ。ですが、あなたは大丈夫なのですか? 不死者になったナージャは危険な相手ですが」
「ま、やるだけやってみます。じゃ、ちょっと行ってきます。後のことは任せました」
こうして、俺はナージャを追いかけて地上へと戻ることにした。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと忙しいがさすがにナージャを倒せばこの騒動にも一段落つくはずだ。
がんばれ、俺。
バイト兄の無事を祈りつつ、俺は急いで移動を開始したのだった。
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