偽りの歴史
「それはまた、なんというかこちらの知っている歴史知識とは大きくかけ離れた話ですね。聞いた話ではドーレン王家ができる前から教会は存在していて、初代王が多くの魔法使いを配下に置いて魔物や不死者を駆逐した際に教会がその土地の所有を認めた。そんなふうに聞いていましたが」
「くだらん戯言だ。どうせ教団が作り出した偽りの歴史を刷り込まれたのだろう。余が仲間とともに国を興して魔物と戦ったのは事実だ。だが、教団が土地所有を認めるなどという話は愚物どもが考えそうな話だな」
「なら、その教団とやらがブーティカ家と結託して、【浄化】などを使えたアイシャさんを迷宮核と合成した、と。そして、それによって神像と契約を交わすなんらかの手段を用いて今の教会としての仕組みを作り上げたわけですか。ですが、それならあなたの存在はどうなるのですか?」
「余の存在? なんのことだ?」
「あなたですよ。ドグマ・ドーレンという稀代の大魔法使いにして初代王のあなたがなぜ不死者となったのですか? しかも、不死者の王などと呼ばれて」
「それすら知らんのか。余が国を興して時が経った頃の話だ。不死者の竜が現れてな。当時、建国に関わった多くの仲間とともに、その不死の竜と余が戦った。結果としては痛み分けだな。不死の竜を倒すことに成功したものの、仲間の多くは死に、余は不死者の穢れをその身にまとってしまったのだ」
「不死者の穢れた魔力を受けてしまったわけですか。今の話しぶりだとその時はまだアイシャさんは生きていたのですよね? ということは、【浄化】ですら防ぎきれないほどの強力な魔力を持つ竜が不死者だったのですね」
「そういうことになるのだろうな。余が受けた穢れはアイシャでも完全には癒やすことができなかった。そのままでは余はいずれ愛する者を巻き込んでしまいかねん。故に自らを封印することにしたのだよ。余の魔法を我が子に継承してからな」
なんかあれだな。
俺の知っている知識は結構間違ったものも多いんだなと思ってしまった。
そう言えば、昔は最初に歴史の話を聞いた時もドーレン王家は愚王ネロが暴政をしたために各貴族は離反したとかいう内容だったのではないだろうか。
だが、後からそれは違うらしいということが分かった。
当時の権力争いが原因で、別にネロという王は暴政をした愚王だったというわけではなかった。
ただ、今の時代に生き残っている貴族が王に従わないための理由付けとして、当時貴族が王家から離れたことを正当化していただけだったのだ。
たぶん、今回もそれと同じようなものなのだろう。
不死者の王は危険だから封印していたのではなかった。
初代王自らが封印を望んでいた。
まあ、そうはいってもこの神殿や聖都での封印のように、常に【聖域】の効果がある場所でなければ周囲を汚染する穢れた魔力を放ち続けるというのは本当なのだろうが。
しかし、そうなってくると歴史関係の知識はほとんど当てにならんな。
まあ、もう大昔の話なので正しい保証なんてどこにもなかったのだろう。
これからはもうちょっと疑ってかかったほうがいいのかもしれない。
あるいは無事に今回の騒動が終わったら、考古学の研究者でも見つけて調べさせて見るのもいいかもしれないな。
「要するに今の話をまとめると、ドーレン王家が国を興してしばらくした頃に初代王は不死者になってしまった。それを治すこともできず、その体を封印することになった。そして、おそらくは初代王が封印され不在となった後にアイシャさんが迷宮核と【合成】されてしまい、それを利用して教会の仕組みが作られた、ということですね」
「簡単に言えばそうなるだろうな」
「でも、封印された後のことをよく知っていましたね。聖都とこの神界で離れ離れにされたのにそれだけ分かっているというのもおかしな話ですが」
「別におかしくはないさ。アイシャとはたとえどれほど離れていても、魔力を使って意識をつなぐことができたからな。先程も貴様が言っていたように、その像の姿になってもアイシャはまだ生きている。アイシャはその像からここにくる連中の話す内容も理解しているのさ」
嘘だろ?
初代王が国を興したのは百年とか二百年とか前の話ではないはずだ。
千年、いや二千年以上は前のことでもおかしくはない。
その間、ずっと死ぬこともなく利用され続けて意識だけがあったのか?
この世の地獄を味わっていると言えるのではないだろうか。
「教会はやってることめちゃくちゃエグいですね、パウロ大司教。しかし、それはそうと不死者の王であるあなたはどうやって封印されていたんですか? 枢機卿が何人も交代でずっと【聖域】を使い続けていたという話ですが、よくおとなしくしていましたね」
「ああ、それこそが余の最大の失敗だった。ずっと眠りについていたのだよ。夢から醒めず、ずっと夢の中でアイシャと交信を交わしていたからな」
「随分と長い眠りだことで」
「フォンターナの氷精を用いた強力な封印だったからな。いかに余であろうとも精霊によって体を完全に冷凍されてしまえば、その氷がある間は復活することができなかった。急にその氷がなくなったと思ったら、聖都とやらも一緒に消えていたので驚いたものだ」
「あ、いいっすね、その情報。氷精召喚。じゃ、悪いんですけど、もっかい寝ててくださいね。永遠に」
「なっ!? 貴様、まさかフォンターナの? 謀ったな、少年」
不死者の王が自分から封印していた手法について教えてくれたでござる。
というわけで、俺はその話を聞いた瞬間に、一瞬で【氷精召喚】を発動した。
今までにない魔力量になっていたからか、ありえないほどの数の氷精が飛び出してくる。
そして、その氷精が次々と不死者の王に飛びかかっていった。
死んだ後に生命活動をしているのかという疑問もあるので、いわゆるSF的なコールドスリープとは違うのかもしれない。
そう考えて、永劫の時をもってしても溶けることのない氷をイメージして氷精に伝える。
その結果、数え切れないほどの氷精たちが神像の置かれたそばに歩き近寄ってきていた不死者の王をその体ごと氷で包み込み、封じ込めてしまった。
いやー、ラッキーだったな。
というか、我ながら自分の機転の速さに感動すらしてしまいそうだ。
かつて行われた教会による非人道的な行為に心を痛めていたのは事実だ。
だが、それはそれとして不死者はこの世に存在してはならないものなのだ。
決して見逃すことはできない。
こうして俺は復活した不死者の王を見事再封印することに成功したのだった。
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