神の誕生秘話
「ドグマ・ドーレン? ドーレン王国の初代王にして、不死者の王と呼ばれる方と同姓同名なんですね」
「ふっ。心にも思っていないことを言うな、少年。余は間違いなくそのドーレン王国の王であり、貴様らが言う不死者の王でもある」
「……本当ですか。その割には不死者の放つ不浄な魔力を感じませんが」
「それはこの神殿の特性故だろうな。ここはこの世で最も清らかな場所であると言えるからな。言ってみれば常に【聖域】が使用された空間と同義。故に、余の体から放たれる魔力は浄化されているのだよ」
「へえ。確かにこの神殿に入ったときに空気がきれいだとは感じましたが、【聖域】を誰かが使っているわけではないのですね?」
「そうだ。そして、ここであれば余も穢れを撒き散らすことなく人と会話できるというものだ」
「それも不思議です。あなたが本当に不死者なのであればなぜしゃべることができるのでしょうか?」
「ふん。不浄なる魔力に体を侵されたといえども、この程度で余の自我を消し去ることなど不可能だ。会話もできるし、生前と同じように思考することも可能だ」
「なるほど。よく分かりませんが、そういうものなのですね。で、その不死者の王がなぜここに? この神像のことも知っているようですが?」
「……逆に貴様は何も知らんようだな、少年。その女についても全く知らされていないのか?」
「……ええ。この女性の像は聖光教会が神だと崇めている、ということしか。あと、この神像に誓いをたてると名付けなどができるようになるというくらいですかね」
「ふむ。無知であるというのは愚かなことよ。ではそこの神父よ。少年に教えてやったらどうか。貴様らがかつて犯した罪をな」
急に現れた男性。
ドグマ・ドーレンと名乗る初代王にして不死者の王。
そんな相手が言葉を喋れたので、つい普通に話してしまった。
まさか不死者になっても話をできるやつがいるとは思いもしなかった。
が、個人の持つ魔力量などで不浄の魔力に侵された後の体の損傷具合が違っていたので、そういうこともあるのかとひとまず理解する。
それよりも、今日はなんだかいろんな新情報が次々と入ってくるので頭が混乱してしまう。
教会の中央が聖都ではなく、神界と呼ばれる空に浮かぶ島だったということ。
そこには神の使徒と呼称される人々が住んでいて、パウロ大司教もここの出身者であったことなど。
そして、この神界の神殿にいるという神が女性の像だったこと。
しかもなにやらその像について、教会はかつて罪を犯したらしいということ。
色んな情報で頭がいっぱいになるが、とりあえずドグマ・ドーレンに罪を咎められたパウロ大司教の返事を待つ。
が、パウロ大司教はグッと口を一文字に噛み締めて不死者の王をにらみつけるだけで何も言わない。
ということは、なにかあるのだろうか。
あまりおおっぴらにはできないことが、教会の罪として存在しているのかもしれない。
「教会の罪というのはなんの話ですか?」
「よかろう。神父が答えぬというのであれば余が直々に教えてやろうではないか。その女の名はアイシャ。余の妹にして妻でもある」
「……は? 妹? 妻?」
「そうだ」
「いや、めちゃくちゃ近親相姦じゃねえか。何言ってんだ、あんたは」
「別に不思議でもなんでもないだろう。この世にいるすべての女性は余のものであり、それが妹だったからといって我らの愛を邪魔する理由にはなりはしない」
「はあ、そうですか。そりゃまた情熱的だことで。まあ、それはいいとして、ということはやはりこの像はもともと人間だったということですか?」
「そのとおりだ、少年。アイシャは希少な魔法の使い手だった。それに目をつけた教団によって彼女は石にされたのだよ。穢れを癒やす奇跡の術を狙われてな」
「【浄化】や【聖域】などはアイシャさんの魔法だったってことですか。……なるほど。そうか。アイシャさんは女性だった。だから像にされたのか」
初代王が自分の妹を奥さんだと言ってきてびっくりしたので、一瞬理解が追いつかなかった。
だが、少し考えてみてその意味を理解する。
アイシャという女性はかつて【浄化】や【聖域】を使用する魔法使いだった。
彼らが生きていた時代はまだ不死者が今よりもたくさんいたというのを聞いたことがある。
つまり、アイシャの魔法は人々にとって生存していくためには絶対に必要な魔法だ。
もし、この魔法を後世に残したいのであれば名付けをして、継承の儀を行えばいい。
だが、アイシャは女性だった。
この継承の儀にはひとつ、大きな欠点がある。
それは継承権を持つものはなぜか男性に限られているという点だ。
男性が持つ魔法や魔力パスは継承の儀を交わした女性と子を作り、その二人の間に生まれてきた男児が受け継ぐ。
ならば、アイシャのように女性が持つ魔法は継承の儀で受け継ぐことができるのだろうか?
検証していないのではっきりとはわからないが、もしかしたらできないのではないだろうか。
だが、アイシャの持つ【浄化】や【聖域】、あるいは【回復】や生活魔法などと呼ばれる魔法は当時のどから手が出るほど欲しかったのではないだろうか。
だから、彼女を石に変えた。
その魔法を後世に受け継ぐために。
「でも、ただ単に魔法で石に変えられて像として安置されているわけではなさそうですね。そんなことをすれば死んでいるのと同じだ。だとすると、もしかしてこれはただの石ではなく、迷宮核なのでは?」
「ほう。無知だとは思ったが存外頭が働くのだな、少年。そのとおりだ。アイシャはこの天空回廊の迷宮の迷宮核と合成されて、人でありながら永遠に魔法を利用するためだけの物言わぬ像に変えられたのだよ」
「やっぱりここは迷宮の一種だったのか。……って、え? 今なんて言いました? 合成?」
「そうだ。合成だ。アイシャは迷宮核と合成されたのだよ。ブーティカの持つ魔法によってな」
うわー。
まじかよ。
ブーティカ家は不死者の王を倒すことが代々の悲願だとか言っていた。
だが、もしかして違うのかもしれない。
どういうことか、いまだによく分かっていないが、初代王であるドグマ・ドーレンの妹アイシャを教会にとっての神とするためにブーティカ家が迷宮核と【合成】をした。
その肉親である初代王は不死者の王として太古の昔から現在まで生き続けている。
これはつまり、当時を知る唯一の生き残りであり、決定的な証言を持つ初代王を始末したいという気持ちの表れだったのではないのだろうか?
今までいろんな話を聞いて頭がいっぱいになっていたが、それでもその内容はどこか他人事だった。
だが、急に身近な人物が関わった話に直結して思わず動揺してしまう。
ルークとかはこのことを知っているんだろうか?
人間の業を目の当たりにして、俺は思わず額に手を当てて天を仰ぐ仕草をしながら深い息を吐いたのだった。
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