対面
神界、あるいは天空の楽園と呼ばれるここは水も豊富にあるらしい。
神界にある建物にはきれいに整えられた花壇や水路、あるいは噴水などもあるようだ。
いくつかの建物の横を通り過ぎながら、水の流れる音を耳にする。
こんなところでゆったりと本でも読んで暮らせたら、ここを楽園だと言いたくなるのも分かるというものだろう。
そんなふうに神界の中を歩みを進めて、パウロ大司教が指し示していた一番大きな建物を目指した。
そこに神様がいるらしい。
大きな神殿のような建物の入口をくぐって中にはいる。
どうやら、まだここは不死者の王やナージャは来ていないようだ。
穢れた魔力の残滓は見られない。
が、もともとこの建物に人がいなかったのか、物音ひとつしていない。
生き残りがいるかと思ったが、誰もいないのだろうか?
「なんか、閑散としていますね」
「ええ。というよりもおかしいですね。本来はこの神殿には入ることができない結界が作動しているはずなのですが……。何もなく普通に入ることができてしまいましたね」
「結界ですか?」
「ええ。魔力による結界でこの神殿は入ることができないのですよ。最悪、ここの壁を壊してでも中に入ろうかと思っていたので、丁度いいと言えばそうなのですが」
「へえ。そうなんですか。まあ、運が良かったと思っておきましょう。それで、どこにその神様がいるんですか?」
「こちらです、アルス。向こうに神がいます」
「この奥ですか? というか、今更ですけど俺も入ってもいいのですか? 神様がいるんでしょ? 不敬だとか文句を言われても困るんですけど」
「ここには誰もいないようなので、文句を言われることも無さそうですよ」
「ん、いや、そうかもしれませんけど、神様本人に文句を言われるんじゃ」
「それなら大丈夫でしょう。さあ、つきました。ここです」
勝手知ったるなんとやら。
一度ここに来たことのあるパウロ大司教が神殿の中をずんずんと歩いていくのをついていく。
が、本当に大丈夫なんだろうか?
神なんていないなんて思っていたものの、もし本当にいるのだとすれば土足で踏み込むような真似をして怒られたりしないのだろうか。
ふと、そんなふうに心配になってしまった。
だが、パウロ大司教はそんなの関係ねえ、とばかりに進んでいく。
そして、ついにお目当ての部屋まで来たようだ。
重厚な扉があり、いかにもこの先は重役がいますよとアピールした場所の向こうに神様がいるらしい。
その扉を開けて中へ入っていく。
「お、おじゃましまーす」
「なにをしているのですか。早く入りなさい、アルス。さあ、これです。この神像を運び出すのですよ」
「は? 神像? 神様は?」
「この神の像こそが、神そのものなのです」
「え、ああ、そうなんですか。あ、なるほど。神様に文句を言われる心配がないってそういうことか。像が神ならそりゃ文句を言うことなんてないですね」
扉をくぐった俺はなんとなく頭を下げて一礼でもしておいたほうがいいのかと思った。
なので、すぐに扉の向こう側の様子を確認できていなかった。
だが、パウロ大司教に声をかけられて頭を上げてみると誰もいなかった。
ただのだだっ広い室内の奥に、像があっただけだった。
その像は等身大の人の形をしたものだった。
これが教会にとっての神様なのだそうだ。
よく見ると女性の像なので女神像といったほうがいいのではないだろうか?
しかし、こんな像を回収するだけのためにわざわざこんなところまで来たのかと思ってしまう。
「ま、ただの像ってことはないんでしょうけど。すごい魔力を内包しているみたいですしね」
そういえば、教会の仕組みについて説明を受けていたっけか。
神に誓いをたてることで教会の神父は名付けの儀式が使えるようになるんだとか。
そして、その神父が死んだときには人々の魔力パスの繋がりは死んだ神父から神へと帰る。
つまり、この神像に魔力が流れるということなのだろうか。
そう考えると、この神像はやはりとんでもないものに違いない。
なにせ、内包している魔力量がとんでもない量なのだ。
というか、これってアトモスフィアすら上回っているんじゃないだろうか。
壊したら怒られそうだな。
気をつけて運ぶのは神経を使うし、大きめの魔法鞄なら口を開ければ入るはずだ。
そっちに詰め込んでしまおう。
そう思って、俺は神像に手をかけた。
「な、なんだこれ? 生きているのか?」
「正解だ、少年。その女性は生きている。体を石に変えられたとしても、ずっと生き続けているのさ」
「っ、誰だ?」
神像に触れた瞬間、唐突に理解した。
この像は間違いなく生きている。
全く動かず、石のように硬いが、それでも生きている。
そのことを直感的に理解した俺が思わずそのことを口にした瞬間だった。
俺の言葉に同意した者がいた。
だが、それはパウロ大司教の声ではなかった。
タナトスやイアンはこの神殿に入っていない。
外にまだいた不死者を警戒して待機してもらっていたのだ。
そして、パウロ大司教を警護しているライラのような女性の声でもない。
誰だか分からない男性の声が俺に返事をしてきていたのだ。
慌てて振り向いて周囲を探る。
するとすぐにその存在に気がついた。
というよりも、なぜ今まで気が付かなかったのかと思う。
そこには初めて見る男性がいた。
「余に対して誰だと聞くか。我が名はドーレン。ドグマ・ドーレンなり」
俺の声に律儀に返事を返してくれる男性。
不死者の王、ドグマ・ドーレン。
この世に穢れを振りまく不浄なる存在にして、かつて魔物がはびこる未開の地で王国を築き上げた初代王の姿がそこにあったのだった。
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