神界と聖都と教会
両手で握った聖剣の切っ先を相手に向ける。
その切っ先が一瞬だけブレる。
左から右にわずかに力が入った、ように見せかけて動きを止めた。
すると、元教皇であり神の使徒とも呼ばれていた不死者がビクッと反応するかのように大きく左後方へと跳躍しつつ回避行動をとった。
それを追いかけるように足をぐっと踏み込んで、僅かな時をおかずに接近した。
もう一度、剣を振るう。
が、それもフェイントだ。
俺の上腕に力が入ったのを見た不死者が再び回避しようとした。
だが、大きくバックステップをしたあとに再び跳躍して逃げようとするのは悪手だ。
動きが読みやすく、どこに行こうとしているのかがバレバレだ。
故に、その動きを先読みした俺は回避行動による移動地点に斬撃を置くようにして聖剣を縦に振り下ろした。
その一撃で不死者の体が真っ二つに切り落とされる。
さすがにそうなったら動けはしないのだろう。
ビクビクっと体が痙攣しながらも、地面に伏した元神の使徒は安らかな眠りについた。
もう何体の不死者を倒しただろうか。
最初は高い身体能力を持つ不死者ということで警戒していたが、そこまで強敵として俺たちを追い詰めてくることはなかった。
なんといっても、もともとが教会の人間であるがゆえに戦闘経験がないのだろう。
身体能力は高いので俺の動きを見て反応することはできるが、それだけだ。
面白いようにフェイントに引っかかる。
なので、俺が相手の動きを誘導することも可能で、いかに元神の使徒と呼ばれていようとも大した相手にはならなかった。
俺と同じように戦い慣れたアトモスの戦士であるタナトスとイアンも不死者の相手をしていた。
こちらは巨人化して、棍を振り回して吹き飛ばしている。
俺のように小手先の技で対応するのではなく、巨人という目立つ体に群がってくる不死者どもをまとめて追い払っているようだ。
しかも、魔導兵器を囮兼盾役としても使っているようだ。
相手から向かってくるために回避もおろそかで、こちらも面白いように攻撃があたっていた。
まるでボーナスステージのように群がる不死者が宙を舞っている。
「思ったよりも数が多いですね。ただ、なんとかなりそうですよ、パウロ大司教」
「それはよかった。ですが、知った顔の人間がこのように不死者として討伐されるというのは、いささか気分の良いものではありませんね」
「え? 神の使徒に知り合いがいるんですか、パウロ大司教?」
「もちろんです。我々教会関係者は神の使徒の子ですからね」
「……え、そうなんですか? ということはパウロ大司教はこの神界で生まれたってことですか。じゃあ、親がここにいるとか?」
「おそらくは。もっとも、生まれた子はすぐに下界に降ろされて聖都で養育されるのですよ。ですので、私は自分の親というものを知りません」
「……探したいとは思わないですか? 自分の親や兄弟を」
「そうですね。そう考えていたときもありました。だからこそ、フォンターナで一生を終えること無く中央を目指したのかもしれませんね。ですが、今となってはそのようなことを言っていられないでしょう」
なんか、教会ってところもいろいろあるんだな。
今まであんまり気にしたことはなかったが、教会で神父になるのは誰でもなれるわけではなかったらしい。
神の使徒と呼ばれる元教皇たちが住むこの神界で生まれた子どもが聖都で育てられ、聖職者として教育を施される。
そして、その教育を終えたものが各地に神父やシスターとして派遣されるのだそうだ。
各地で教会の運営と名付けなどを行い、その力が【浄化】を使用できる大司教まで上がれば中央へと戻される。
そして、さらにそこから枢機卿を越えて教皇まで到達して、ようやく本来の生まれ故郷である神界へと戻ることができるのだそうだ。
なんか、魚みたいだなと思ってしまった。
川で生まれた稚魚が一度河口から海にでて、大海原で成長する。
そして、子どもを産める成魚となったら生まれ故郷の川に戻ってきて産卵し、再び子どもたちは広い世界へと散らばっていく。
教会関係者にとってはさながら生まれ故郷の河口が聖都であり、上流が神界なのではないだろうかと思ってしまった。
「しかし、前から気になっていたんですが聞いてもいいですか?」
「不死者を倒しながら意外と余裕があるのですね、アルス。なんでしょうか?」
「ここにいる神の使徒や聖都にいた聖職者がこうして死んでますけど、その人たちと名付けで繋がっていた一般人は魔法を失ったりするんでしょうか? まあ、聖都の連中はナージャがその力を【収集】しているでしょうけど」
「ああ、なるほど。そのことですか。でしたら問題はありません。我々は神父として各地に派遣される前に神に誓うのですよ。そして、自身が死んだときにはその魔力の繋がりを神にお返しするのです」
まだ出てくる不死者たちを聖剣で切り倒しながら、片手間にパウロ大司教の話を聞く。
その話の中で少しずつ教会の仕組みについても分かってきた。
教会は各貴族領にあり、そこに住む住民全てに一定年齢で洗礼式を行い名付けをする。
その名付けの儀式で住民に生活魔法を与えると同時に、そこから魔力を吸い上げるというシステムだ。
だが、考えてみればこのシステムはそれだけだと使い物にならない。
もし、急に神父が死んだらどうなるかという問題があるからだ。
神父が急死したら魔力のつながりが途切れて、その地の住人全員が生活魔法を使えなくなったりしたら大変だ。
教会としても後任が来る度に、住人全員に改めて洗礼式を行うなどということはしたくはないだろう。
そして、実際にそんな手間は発生しない。
神父が死んでも住民たちから魔法は失われたりしないからだ。
これはどうなっているのかというと、聖都で聖職者として育てられた者は各地に派遣される前に一度だけ神界へと来るのだそうだ。
そして、その神界で神へ誓う。
教会のために一生涯尽くすことを。
すると、その誓いとともに神父は名付けの魔法陣が使えるようになるのだという。
そして、その人が死んだら、その魔力パスは神へと返還される。
つまり、パウロ大司教が死んだとすれば、俺はそのまま以前と同じように生活魔法や回復魔法などは使える状態で、俺の持つ魔力などは神へと送られるというわけだ。
なので、ここで神の使徒たちが死んだとしても一般人たちにとってはそれほど大きな影響はないとも言えるのだそうだ。
「ふーむ。ということは、本当にこの場所に神がいるということですか? っていうか、まずいじゃないですか。その神が不死者に穢されてしまうか、あるいはナージャに【収集】されたらとんでもないことになるんじゃないですか?」
「だからこそ、私たちはここに来たのですよ。神を守るために、なんとしても止めねばなりません。……よし、おおかたの不死者は倒したようですね。アルス、あそこに建物があるのが見えますか? あそこに行きますよ」
「あ、もしかしてあそこに神がいるのですか?」
「そのとおりです。まずは神を助け出さなければ」
まだ、タナトスやイアンが残った不死者と戦闘しているが、それでもだいぶ近寄ってくる相手は減った。
ならばと、パウロ大司教が指差したのは神界の中央にある、山がちになった場所の上のほうにある建物だった。
どうやらそこに神様とやらがいるらしい。
まずはその神を助けるのだそうだ。
こうして、俺はその建物に向かって神の顔を拝みに行ったのだった。
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