神界転送
「バイト兄、ここでの不死者への対応を任せてもいいか?」
「おう。けど、俺も神界ってところに行ってみたかったぜ」
「ま、無事にことが終わればまた行く機会もあるかもしれないさ。とにかくよろしくな。傭兵団の生き残りもきちんと面倒を見といてくれ。なんか変なことをしでかしたら、そのときはバイト兄の判断に任せるから」
「よし、分かった。こっちのことは俺に任せとけよ、アルス」
「助かる。アトモスの戦士たちは俺と一緒に神界に来てもらうぞ。いいな、タナトス?」
「ああ、分かった」
ナージャが不死者の王とともに消えた。
それを追いかけるために神界へとやらへ向かう。
その前にバイト兄や聖騎士団の面々に事情を説明して、あとを任せることにした。
各地を転戦し、ナージャとともに周囲を荒らしたマーシェル傭兵団の傭兵たちだが副団長がまだ話のわかるやつでよかった。
どうやら力ですべてを解決しようとするタイプでもないようで、どこかのタイミングで許しを得ようと思っていたようだ。
もしかしたら、内心ではナージャのことに愛想をつかせていたのかもしれない。
まあ、教会が残っていれば普通に考えて許されざることをマーシェル傭兵団はしてきたように思う。
が、俺にはさほど関係ない話だ。
この場で不死者の拡散を広げないように戦ってくれるというのであればそれでいい。
なにせ、マーシェル傭兵団は不死者から逃げ惑っていたとはいえ、いろんな貴族の魔法を使える戦力でもあるのだ。
パウロ大司教から【浄化】を受けた傭兵たちは水を得た魚のように武器を奮って不死者を屠っていた。
「では、行きますよ、アルス。準備はいいですか?」
「はい。よろしくおねがいします、パウロ大司教」
一通りの伝達が終わったら、いよいよ神界へと向かう。
行き方はパウロ大司教が【神界転送】という魔法を使うことになった。
本来この【神界転送】というのは教会における枢機卿の更に上の教皇が使える魔法だそうだ。
神界へと移動できる唯一の手段で、魔法陣を展開し、その魔法陣の上にいる者を瞬時に移動するのだそうだ。
つまり、転送石と似てはいるが、魔法を使えない者も一緒に神界へと行くことができるらしい。
なので、タナトスやライラ、イアンといったアトモスの戦士3人を連れていくことにした。
ちなみに、パウロ大司教は昔から神界に行くことが夢だったそうだ。
フォンターナという北の田舎領主の更に森のそばの村がある地区担当の神父になったころから、位階を上げて神界へ行きたいと思っていたという。
だからこそ、俺のことを助けて自分の魔力量が上がるように努力し続けたのだそうだ。
もっとも、その願いが聖都を滅ぼされることによって叶うとは夢にも思っていなかっただろうが。
ナージャは聖都にいる枢機卿複数と教会関係者すべてを【裁きの光】で塩に変えてしまい、そして、その力を【収集】した。
それによって、ナージャも【神界転送】ができるだけの魔力を手に入れ、そして、それは巡り巡って俺やパウロ大司教にも繋がっている。
つまり、俺も今や【聖域】や【神界転送】が使えるというわけだ。
なんというか、あれだな。
強敵を倒して大量の経験値を得て一気にレベルアップして複数の呪文を覚えた、みたいな急激な変化が自分の身に起こっている。
ただ、俺も【神界転送】が使える位階に上昇したことで、神界が存在するということは分かる。
分かるが、本当に神がいるのだろうか?
ちょっとドキドキするな。
「では、手筈通りに頼みますよ、アルス」
「わかりました。パウロ大司教が【神界転送】を行い、神界に到着した瞬間に俺が【聖域】を使えばいいのですね?」
「そのとおりです。先程の証言では不死者の王も神界に入り込んだ可能性が高いですからね。到着した場所に穢れが蔓延している可能性があります」
「了解です。準備はいいですよ、パウロ大司教」
「では……行きます。神界転送」
仮置したセーフエリアである【聖域】から出て、少し離れた場所でパウロ大司教が【神界転送】と呪文を唱えた。
そして、その瞬間、地面に魔法陣が広がる。
これは名付けの魔法陣よりも大きく、さらに複雑な模様をしていた。
そして、その魔法陣の上には俺とパウロ大司教、タナトスなどの5人がいる。
その5人の体が膨大な魔力で包まれながら、魔法陣が光り輝いた。
その光が視界を覆った次の瞬間、軽いめまいのような、足元が不安定になったような感じがした。
転送石で跳んだときの感覚に近いな。
そう思ったので、転送石での移動が終わるときと同じタイミングで俺も魔法を発動する。
「聖域」
地面に足がついたかどうか。
魔法陣が発動し、それによって移動が終わったか終わらないかという際どいタイミングで俺は【聖域】を発動し、周囲が光に囲まれた。
そして、その【聖域】の光の中から周囲を確認する。
ここはどこかの建物の中だったのだろうか?
おそらくは【神界転送】をして跳んでくる場所はここに決まっていたのではないかと思う。
石造りの神殿の一室のような、本来ならば厳かな雰囲気のある部屋だったのではないだろうか。
だが、その部屋の壁は大きく崩されていた。
あちこちが大きくかけて、壁の石が転がっている。
そして、その石には黒い魔力がまだ残っていたようだ。
俺が発動した【聖域】の光によってその魔力が浄化されて消えていく最中だった。
「やっぱり、ここに不死者の王が来たんでしょうね。不浄の魔力があるのがなによりの証拠でしょうか」
「……急ぎましょう。ここは転送部屋のはずです。ここを出て、外を進めば神の社があるはずです」
「神の社か。……ほう。なるほど、これはすごい。なるほど、ここが神界ですか」
「そうです。本来は美しい草花が咲き乱れるはずの場所です。我ら人類の希望の土地へようこそ、アルス」
パウロ大司教の言葉とともに転送部屋を出た俺たち。
その俺の目に入ってきたのは雲海だった。
転送部屋の外は少し距離を離して地面が途切れていた。
そして、そのさきは地面のない状態で、雲が浮いていたのだ。
そう、俺たちは一瞬にして離れた土地、しかも、空の上に浮かぶ土地へとやってきたのだった。
神界、またの名を天空の楽園と呼ばれるここは、功徳を積んだ教皇とその教皇に認められたものだけが入ることが許されるという神秘の場所。
空に浮かぶ不思議な土地だったのだった。
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