奇妙
「なんだ、あの光の柱は?」
「あ、あれは間違いなく聖都のある方向です。もしかして、あれは【裁きの光】が使われたのでは……」
「……間に合わなかったのか。くそ、想像以上にナージャの動きが早かったか」
「急ぎましょう、アルス。急いで聖都へと向かわなければ」
「駄目です、パウロ大司教。あそこで【裁きの光】が発動されたというのであれば、それは間違いなくナージャがいるということです。不用意に近づくのは危険です」
「ですが、それでは聖都が!!」
「落ち着いてください。バカ正直に真正面から近づいていっても攻撃されるかもしれません。とにかく、ここからは姿を晒さないように気をつけながら、聖都がどうなったかを確認する必要があります」
フォンターナからヴァルキリーを走らせてひたすら南下してきた。
いくつもの貴族領や騎士領を、聖都を救う教会のための聖騎士団という名目で特にトラブル無く駆け抜けることができた。
事前に準備の時間が取られたが、トータルでみると最短時間で聖都の近くまで来られたのではないかと思う。
だが、あと少しで聖都が見えてくるという段階になって、その聖都に対して【裁きの光】が使われてしまったようだ。
パウロ大司教も少し取り乱しているが、俺もいろんなことを考えてしまう。
最初から下準備などせずに一心不乱にヴァルキリーで移動していたら間に合ったのか?
いやいや、出発前の出陣式のような演説を行った時間が悪かったのか?
自分の行動の何かが悪かったのではないかと考えてしまう。
だが、それらは現状ではすべて無意味だ。
もはや、「間に合わなかった」ということだけが事実であり、そこにいくら原因探しをしても現状を変えるすべはない。
ならば、気持ちを切り替えて今このときにできる対処をしていくしかないだろう。
少なくとも、パウロ大司教に言ったように慌ててナージャがいるであろう聖都へと急行するのはまずい。
まずは警戒することが大切だろう。
「通信兵、本国に連絡を入れろ。聖都が滅んだ可能性がある。何があっても対応できるように準備だけはしておくようにと伝えてくれ」
「はい、了解です」
「よし、あとはもう少し進んで双眼鏡を使って聖都が視界に入る場所まで行ってみよう。そこで聖都がどうなっているか、さらに情報を……」
「おい、アルス、この感じは」
「……ああ、まずいな。あの時と同じ感じがする。聖都の封印が解かれて不死者が復活したのかもしれないな、タナトス」
「ああ。あの森の中での嫌な感じと同じだ。まず間違いなく、不死者が出たのだろうな」
「ちょ、ちょっと待ってください、ふたりとも。不死者が出現したのですか? 間違いないのですか?」
「たぶんですよ、パウロ大司教。確証はないですが、以前北の森で遭遇した不死骨竜に近い、けれど、それよりも強力な存在感を感じます。聖都の封印が解かれたのかもしれません」
「……なんということだ。まさか、本当にこのような事態が現実のものとなるとは……」
「どうしますか、パウロ大司教?」
「行きましょう。聖都がどうなったか、確認する必要があります」
「わかりました。では、先ほど言ったように遠方から見える位置にまでまずは行ってみましょう。そのあとのことはそれから考えるということで」
「わかりました。いや、ちょっと待ちなさい。万が一のことを考えておきましょう。この場で一応全員に【浄化】をかけておきましょう」
「あ、そうですね。助かります、パウロ大司教」
天に昇る光の柱を見て動きを止めていた聖騎士団。
そこに所属するすべての者にパウロ大司教が【浄化】を使用した。
不死者の撒き散らす穢れを寄せ付けず、穢れに侵された体も癒やす奇跡の術だ。
そして、それを全員の体だけではなく手に持つ武器にもかけていく。
不死者の魔力に当てられると武器も腐ってしまうが、この【浄化】によって腐ること無く武器を使用できるようにもなる。
もっとも、復活したのが不死者の王で伝承が正しいのだとすれば、この【浄化】の守りを上回る穢れた魔力を持っているのでどこまで通じるのかは分からない。
だが、一応全員に今できる最善の備えができた。
それを確認した後、俺が先頭になってヴァルキリーを走らせて聖都が見える地点まで進んだ。
「あそこ、か? 聖都というか、街らしきものはなにもないが……、もう全部塩に変えられたってことになるのか」
「おそらく、そうでしょうね。ここからの地形は以前私は何度か見ています。ここから聖都が見えないはずはありません。間違いなく聖都は消滅しています」
「大丈夫ですか、パウロ大司教?」
「ええ、大丈夫ですよ、アルス。私も動揺してばかりはいられませんから。それで、あそこにいるのがマーシェル傭兵団でしょうか? 逃げ惑っているようですが……」
「そうですね……。なにか様子がおかしい気がします」
「おかしいとはどういう意味ですか、アルス?」
「さっきまで感じていた強烈な存在感が今はなくなっています。けど、あ、いた。あそこにいるのはあれは不死者では? 傭兵っぽいのがそれと交戦して、あ、負けた」
「本当ですね。私は初めて見ますが、あれが不死者ですか? 体が爛れて腐っている途中のような相手から傭兵たちは逃げているようですね」
「うーん、やっぱりおかしい。不死者の王らしき存在がどこにもいない。どうしましょうか? あの不死者から逃げている傭兵たちなら何が起こったか知っているかもしれませんが」
「アルス、お願いできますか? 不死者の王がどこにいるかは分かりませんが、それでも他の不死者も野放しにしていいはずがありません。あれらを倒しておく必要があります」
「そうですね、わかりました。よし、全員聞いてくれ。これから不死者を倒して傭兵たちを回収し、事情を聞き出す。いいな?」
「「「「「おう!!」」」」」
もう何が何やら分からない状況が続いている。
たぶん、聖都は【裁きの光】で滅んだのだと思う。
だが、その後に感じた強烈なプレッシャーが不死者の王のものだとすると、それを今全然感じていない。
そして、更におかしいのが、いくら見渡してもナージャらしき人の姿がどこにもなかった。
ナージャが聖都を滅ぼして、その結果、不死者の王が現れたのであれば、その両者の姿が見えないのは奇妙だ。
いまだに何が潜んでいるか分からない中に姿を現すのは危険だとは思ったが、それでも情報がなさすぎる。
そのため、少しでも話を聞くことができる可能性にかけて、俺は不死者に追われて逃げている傭兵たちを助けるために不死者の前に身を晒すことにしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークや評価などをお願いします。





