強さを求めて
「オラ! 死ね、シネ、しね」
手にしている武器である槍を何度も何度も突き立てながら言葉を発する。
マーシェル傭兵団に入った俺は、その後あまり時を置かずに戦場へと出ることになった。
初めての実戦は緊張した。
迷宮とは全然違う。
多くの人間が敵味方に分かれて殺し合う。
最初はそんな戦場の空気に気後れもしていた。
だが、すぐに気持ちを切り替えて戦うことができた。
多分、迷宮であいつらを殺した経験があったからだろう。
それに、向こうの兵士を殺すことにためらっていたら自分もすぐに死ぬというのがよく分かった。
殺らなきゃ殺られる。
なにせ、金で雇われる傭兵団は過酷な戦場に放り込まれることが多かったからだ。
金で雇われて戦場に出るというのがこんなに危ないことだとは考えもしていなかった。
まあ、後で傭兵団の団員に聞いたが納得もできた。
俺たちのような行く宛のない傭兵稼業の人間を雇って戦わせるようなやつというのは基本的に危険な持ち場を押し付けようとするのだそうだ。
いくらでも代わりの利く便利なコマ。
それが傭兵の扱いだった。
だから、あの手この手で言い含められて一番の激戦区に送り込まれる。
だが、命をかけて手に入れる報酬は日々を過ごすことができるだけの金で、とても大金とはよべないほどの金額だ。
少なくとも団員全員が食べていくためには、常にどこかに雇われて戦場に出ていかなくちゃいけない。
俺が所属したマーシェル傭兵団もそんなふうに各地を転戦していた。
唯一の救いが、マーシェル傭兵団に頭のいいやつがいたことだろう。
危険な場所になるべく送り込まれないように交渉したり、雇い主を見極めたりする賢いやつがいた。
団長と一緒に傭兵団を立ち上げたその人のおかげでこの傭兵団は成り立っていると言われている。
まあ、団長は強かったけど俺からみてもあんまり賢くなかったからな。
そんな傭兵団で、俺はそれなりに活躍していた。
まだ、体は細かったけどあいつらから【収集】した【剛力】や【貫通】という力があった。
この力のおかげでとにかくひたすら槍を突き出すだけでも効果があったんだ。
それに【治癒力強化】というのも手に入れられたのが良かったんだと思う。
多少の怪我はきちんと治ったし、体力も普通よりも早く回復してくれた。
だから、俺は頑張った。
頑張って頑張って、ひたすら目の前の相手に槍を突き立て続けた。
迷宮街で生まれて、ずっとそこで生活してきたから外のことはなにも知らなかった。
他の人に教えてもらって少しずついろんなことを覚えていった。
街の外では頻繁に戦が起きているらしい。
あっちこっちで戦があるから傭兵団の仕事は途切れることがないとも聞いた。
それは本当だったみたいだ。
いろんなところで、いろんな相手と戦った。
というか、自分が今どこにいて誰と戦っているのかもよくわからないほど戦い続けた。
そんな生活が何年も続いたときに、風のうわさを耳にした。
迷宮街が攻め落とされたらしい。
遠くから急襲してきたそんなに数の多くない部隊にあっという間に負けて陥落したと聞いた。
ざまあみろ。
その話を聞いたときに自然と湧き出たのがこの言葉だった。
どこの誰だか知らないけど、よくやったと思った。
ほんのちょっと気持ちが楽になった気がした。
だけど、そんな呑気なことは言っていられなくなった。
団長が死んだんだ。
あれだけ強かった団長があっさりと死んだ。
ただただ相手が強かった。
強いやつが勝って、団長は弱かった。
それだけだった。
団長が死んだ後から、マーシェル傭兵団に対する雇い主の扱いはだんだん変わってきたように思う。
団長の後を継いだのは賢いと思っていた人だった。
今まではその人の助言で危ない橋を渡らずに済んでいたと聞かされていた。
けど、違ったんだ。
本当に重要だったのは団長が強かったことだった。
それからは少しずつ、マーシェル傭兵団は今までよりも危険な戦場へばかり送られるようになっていった。
その流れは賢いだけじゃ止められなかったみたいだ。
やっぱり強くないと駄目だ。
相手はこっちが弱いと思ったらすぐにつけ込んでくる。
もっともっと強くないといけない。
だからひたすら殺した。
目につくやつをすべて殺した。
殺して殺して、たまに戦場であう騎士からは力を【収集】して強くなっていった。
そうしたら、よくわからないうちに俺が団長になっていた。
団のみんなは賢い人よりも俺の言うことを聞くようになっていた。
やっぱり強いと違うんだ。
強くないといけないんだ。
俺が強くなったからみんな言うことを聞くようになった。
だから、もっと強くなるために殺し続けた。
そして、王様も殺した。
なんでそこにいたのかは分からない。
ただ、傭兵として雇われて王都に入ったときだ。
メメント軍の連中が王都に殺到して略奪を始めた。
だけど、俺のマーシェル傭兵団は王都の外側を警戒するように言われて端っこのほうに追いやられた。
そのとき、王都から逃げ出そうとしてきた連中の中に王様がいた。
着ている服はそんなに豪華じゃなかった。
だけど、いつも良いものを食べてますって感じで腹が出て、畑仕事なんかしたことないってくらい日焼けしていない白い肌のそいつに出くわした。
逃げようとするやつは殺せ。
そう言われていたから、そいつを殺した。
そしたら、魔法を手に入れた。
塩を作る魔法だ。
王の魔法が手に入った。
そして、それと同時に俺の魔力量はとんでもなく増えた。
多分、そこらの騎士なんかが束になってもかなわないくらいの魔力量だ。
それこそ、当主級と呼ばれるくらい。
いや、当主級よりも多いかもしれないくらいの強さを俺は手に入れた。
俺は強くなった。
騎士よりも、貴族の当主よりも。
だったら、その強さにあったものを持っていてもいいはずだ。
土地だ。
傭兵団は俺が強くなってそれなりに名を広めたが、やっぱりいつまでたっても立場が低いままだった。
強ければ侮られない。
けど、やっぱり傭兵団ってだけで下に見られる。
だったら、俺も土地を持とう。
俺よりも弱い騎士や貴族が土地を支配しているんだ。
魔法という一般人が持たない力で土地とそこに住む住人を従えている。
だから、俺も自分の力で土地を奪うことにした。
なんだ。
やっぱり難しいことじゃないじゃないか。
手頃な騎士領を攻撃してそこの土地を手に入れた。
その隣の貴族領の騎士とも戦ったけど、勝った。
やればできる。
それに土地を得たときに気がついたことがある。
立場の偉いやつは魔力が多く、そいつを殺して【収集】すればもっと俺は強くなれる。
そして、それは騎士や貴族だけじゃなかった。
ある時、たまたま教会の神父と口論になって殺してしまった。
二人きりの話し合いをしていたときで、死体はすぐに【収集】したからなかなかバレなかった。
そして、その時、気がついたんだ。
教会の神父から力を【収集】したら、貴族から【収集】したときと同じか、あるいはもっと強くなれるということに。
しかも、神父は弱い。
自分が攻撃されるとは考えもしてないから、近づいて攻撃すれば絶対に勝てる。
それだけじゃない。
神父から力を【収集】したときに、今までとは全然違うものを手に入れた。
俺以外の団員にも力を与えられる手段だ。
マーシェル傭兵団全員が俺の持つ魔法を使えるようになる力を俺は手に入れたんだ。
それからは破竹の勢いで勝ち進んだ。
騎士の土地を奪った後に、それを奪い返しにきたほかの騎士やその上の貴族軍も反対に押し返して勝った。
その隣の貴族領の騎士も攻撃してきたがそれにも勝った。
だから、新しく手に入れた要害の地の教会も手にかけた。
もっともっと、強くなれるように。
だけど、そこから雲行きが怪しくなってきた。
今まで俺に従ってきた団員がどこかよそよそしくなった。
なかには反抗的なことを言うやつも出てきた。
そんなやつは力を見せつけて反抗しないようにしたが、だんだんと雰囲気がおかしくなってきた。
さらにそれに追い打ちをかけるように、教会が神敵認定とかいうのをしてきた。
それに俺や傭兵団幹部に賞金までかけて。
なんだこれは。
俺が自分の力で自分の土地を手に入れただけなのに、なんで邪魔ばかりするんだ。
教会のせいで傭兵団はだんだんと孤立していった。
逃げ出そうとするやつもいたから、そんなやつは殺してやった。
そうしたら、みんなおとなしく俺に従うようになった。
そうだ。
もっと力があればいい。
教会だってそうだ。
俺がもっと力があるとわかれば、変なことはしてこないはずだ。
そう思っていたときだ。
一頭の使役獣を殺した。
迷宮街に勝った北の軍が使っていた使役獣と同じやつで、こいつは角があれば魔法が使えるとかいうのを持ち主だったやつが言っていた。
だから、その使役獣からも【収集】をした。
そしたら、面白い力が使えるようになった。
【共有】だ。
なんかよくわからないが、【共有】を使ったら今までよりも更に魔力が使えるようになって、そして【裁きの光】という魔法も使用可能になった。
手に入れた新しい力を隣の土地の貴族の住む街に使った。
使い方は説明がなくても理解できる。
視認できる場所に向かって手を伸ばしながら【裁きの光】と言えばいい。
そしたら、その貴族の街に天に昇るような光の柱が出現し、次の瞬間、街が消えていた。
後に残ったのは真っ白い塩だけだ。
強い。
めちゃくちゃ強い。
しかも、この【裁きの光】を使って殺した街の連中すべてからも力を【収集】できた。
多分、街にいた貴族と騎士、そして教会の神父から。
この魔法があればもっと強くなれる。
俺は更に強くなれる。
誰よりも、最強になれる。
そうしたら、もう誰も俺のすることに文句を言わなくなるはずだ。
そのためにはまず教会を黙らせよう。
けど、教会はいろんなところにあちこちある。
それを全部潰すのはさすがに面倒だ。
だったら、大元を断てばいい。
教会の本部がある聖都を潰せばいい。
そう考えた俺はマーシェル傭兵団を引き連れて聖都へと向かった。
行きがけの駄賃代わりに途中にあった街も邪魔をする軍もすべて【裁きの光】で俺の力に変えた。
そして、ついに見えてきた。
聖都だ。
あそこを潰せばみんな俺の言うことを聞くようになる。
「裁きの光」
聖都に向かって手を伸ばしてそう言葉を発する。
次の瞬間、聖都から上空に向かって光の柱が立った。
そして、その光が消えたときには聖都の建物は全て消え失せ、俺は今までにないくらいの強さを手に入れた。
「な、なんだ?」
だが、その時不思議なことが起こった。
光の柱が消え、白い塩だけが残った土地に黒いモヤのようなものが吹き上がった。
……あれは魔力か?
黒い魔力。
みたこともない色のついた魔力が広がり、そしてそれはどんどんと周囲に侵食していく。
「腐っている、のか?」
その黒の魔力が触れた場所はすべて腐ったような状態になっていた。
地面も、そこにある塩もすべてが。
それをみて、傭兵団の中から声が上がった。
不死者だ、不死者の王だ、と。
そして、そいつが指差す方へ視線を向ける。
すると、そいつはそこにいた。
黒いモヤのような魔力が広がる中に、周囲が腐るその場所に立っている影。
見た瞬間、背筋が凍った。
なんだあれは?
ただそこにいるだけで、見るものに死を意識させる存在。
不死者の王と呼ばれた不吉な存在がそこにいた。
そして、そいつがのそりとこちらに向けて歩みを進めてくる。
この世のすべてを否定するかのように、世界を不浄な魔力で穢しながらそいつは俺たちのほうへ向けて近づいてきたのだった。
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