ナージャの生い立ち
この世はクソだ。
生まれてから今まで生きてきて知ることができたこの世界の真理だ。
そして、同時に力こそ全てだというのも理解している。
この世は力のあるやつのために回っていて、力がないやつらはいつも食い物にされる。
俺が生まれたのは迷宮がある街だった。
親の記憶はない。
子どもの頃の記憶で残っているのは、常に空腹だったということだけだ。
街の路地裏で息を潜めるようにして地べたを這いずり回り、商店や飯屋の裏で残飯を漁る。
だが、それも俺はなかなかありつけなかった。
力が弱かったからだ。
店主に見つかれば死ぬまで殴られる。
実際に死んだ浮浪者は何人もこの目で見ていた。
その店主の隙をかいくぐって手に入れた残飯も同じ路地裏生活をしている別のやつに奪われる。
本当にこの世はクソみたいだった。
だが、それでもなんとか生きてこられたのは、生まれた街に迷宮があったからだ。
迷宮では探索者が内部を探索し、魔石や魔物の素材を持ち帰る。
それはかなりの金を生むらしい。
他の街とは違ってこの迷宮街は結構豊かだったみたいだ。
金を持っているやつは飯屋で注文した飯を残したりもする。
それがあったからこそ、なんの身よりもないガキだった俺がなんとか生き延びられたみたいだ。
いつかは俺も探索者になってやるとずっと思っていた。
探索者になって迷宮に入ると強くなれる。
それに変わった力を手に入れるやつもいるらしい。
それは別に良い家の生まれかどうかは関係がない。
どんな力が手に入るかは人それぞれで、誰にでもすごい力が手に入る可能性がある。
絶対に探索者になって力を手に入れてやる。
そして、腹いっぱい飯を食って食って食いまくってやる。
ガキの頃はそんなことをずっと考えながら、空腹をこらえて路地裏で息を潜めて生活していた。
べつにそんなのはありふれた話だ。
大抵のガキは探索者として組合に登録できる年齢になる前に野垂れ死ぬ。
俺は偶然死ななかった。
ひょろひょろでガリガリの体だったが、探索者として認められる年齢まで死なずにすんだ。
だから、昔から考えていたことを実行するために探索者になった。
これで飯を食える。
そう思っていた。
けど、そうはならなかった。
俺に力がなかったからだ。
結局、金を持っているやつほど力を手に入れられるんだ。
それが探索者になって最初に突きつけられた現実だった。
だってそうだろ?
全然力もない、細身な俺はまともな装備すら買えないんだ。
迷宮の中に入ってどうやって魔物と戦うんだって話だ。
出会っただけで死ぬ。
俺と同じように路地裏生活していた奴らは探索者になってそれほど長い期間も持たずに死んでいった。
だけど、それでも諦めるわけにはいかなかった。
魔物とは戦えない。
だから、魔物素材を手に入れるのは不可能だ。
だったら、金を稼ぐ方法はひとつだ。
魔石を手に入れる。
迷宮の中で手に入る魔石は、迷宮の壁に埋まっていることが多い。
つまり、魔物と戦わずに中を進んでいって壁を掘って見つけた魔石を持ち帰れば、それが金になる。
そうすれば戦えなくても金を手に入れて飯が食えるし、もっと稼げれば装備も買える。
別に防具なんていらない。
小さくてもいいからひとつでも武器さえ手に入れられたら。
そう思って、俺は奥へ進んでいった。
まあ、これも結局は俺が考えた俺だけのやり方じゃない。
昔からなにも持たない路地裏生活をしているやつが通る一般的なやり方だ。
当然、うまくいくことなんてそうそうない。
ほとんどのやつは奥に行く途中や、壁を掘っている最中に魔物と出会って死んじまう。
だけど、全員がそうじゃない。
探索者になって俺は死なずに生き延びていた。
もうなってから数年が経過していた。
今までいろんな危険なことがあった。
だけど、どれもなんとか紙一重で生き延びることができていた。
けど、それだけだった。
死んでいないけど、生きているとも言えなかった。
毎日毎日危険を顧みずに迷宮の奥に入っていって魔石を持ち帰る。
だけど、そんなもんじゃその日食べられるかどうかの金しか稼げなかった。
こんなんじゃ、いつまでたっても武器ひとつ買えない。
だから、賭けに出ることにした。
迷宮のもっと奥まで行ってみることにしたんだ。
迷宮は不思議なところだ。
入口に入って横道にそれたところに不思議な石がある。
転送石とかいうらしい。
こいつは初めて探索者になったときに一度だけ触れたことがある。
その時は触ってすぐに離れるように言われただけで、なんにも変わったことが起きなかった。
だけど、迷宮の奥に行くと他にも同じような転送石というのがあるらしい。
その石に触れると一瞬でこの入口の転送石まで戻ることができるんだそうだ。
俺が賭けたのはこの転送石だった。
迷宮に潜るときに探索組合に加入した。
この探索組合は転送石を使って迷宮の奥から帰還した者の力を引き出すことができる、と言われている。
よく分からんが、毎回迷宮に潜る前に苦い飲み物を飲まされているが、これを飲んで迷宮に入ると迷宮内の魔力を体に取り込むことができるらしい。
そして、その魔力は迷宮内の奥に行けば行くほど濃くなる。
で、魔力をある程度溜めた人に組合が儀式を施すと、その人によって違うが力が手に入るんだ。
出自とは関係なく、誰が何の能力を手に入れられるかは分からない。
だけど、そこでいい力を手に入れられれば世界が変わる。
魔法攻撃の力があれば、武器が無くても魔物を倒せるようになるかもしれない。
やるしかない。
どうせこのままだとずっと魔物に怯えながら壁を掘って小さな魔石を持ち帰るくらいしかできないんだ。
それに俺は1人じゃなかった。
同じように路地裏生活から探索者になった似た年代の奴らが何人かいる。
こいつらも俺と同じだ。
このままだと何年経っても代わり映えしない負け組だ。
だから、そいつらと一緒になって迷宮の奥に進んでみることにした。
もちろん、魔物は全無視だ。
見つけたら隠れるし、見つかったら逃げる。
追いつかれて襲われても助けは期待できない。
だけど、転送石まで行って入り口まで帰還できれば……。
そうすれば、組合で儀式を受けられる。
力が手に入る。
このクソみたいな世界がちょっとは変わるはずだ。
同じ境遇のやつらと一緒に迷宮の奥へと向かった。
その途中で半分くらいは死んだ。
だけど、俺は賭けに勝った。
最初の転送石にたどり着いたんだ。
その転送石に触れたら、ふいに足元がふらつくような感覚がした。
次の瞬間、それまではいなかった組合の見張りがいる入口近くの転送石まで移動していた。
不思議な感覚だった。
だけど、そんなことはどうでも良かった。
これで俺は儀式を受けられる。
俺の世界は変わったんだ。
見張りの組合員に案内されて建物まで戻って儀式を受けた。
俺が手に入れたのは【収集】だった。
攻撃魔法じゃなかった。
この能力だと今までの生活と同じだ。
いくらかの荷物を見えない場所に【収集】できるけど、強くなれるわけじゃない。
俺は力が欲しかったんだ。
魔物を倒せる力が。
だけど、俺には今までいなかった味方がいた。
俺と同じように生き延びて転送石までたどり着いて力を手に入れたやつが俺以外に4人もいたんだ。
こういっちゃなんだが、みんな大した能力じゃなかった。
一人ひとりは弱い力だ。
だけど、5人で一緒に行動すればそうじゃなかった。
1人だと迷宮に入って魔物と戦えないくらい弱かったが、5人で迷宮に入れば魔物の一匹か二匹なら勝てたんだ。
こうして、俺たちは5人一組で迷宮に潜ることになった。
それからしばらくは楽しかった。
前までと同じように貧乏だったのは変わらない。
だけど、みんな親のいない路地裏出身で、だけど気のいい奴らだったんだ。
5人で一緒に迷宮に潜ったけど、そんなに無理はしなかった。
再び転送石のあるような危険な奥まで進むこともなく、安全に進める場所まで行って壁を掘って魔石を手に入れる。
そうするだけでも、前までよりは稼ぎは増えて、食べられる量も多くなっていたんだ。
毎日みんなで大きくなったときの夢を語っていた。
いずれはもっと迷宮の奥まで進んで、誰もが羨む探索者になるというやつ。
お金を貯めて店を開きたいというやつ。
迷宮街の外に出て傭兵になると言うやつ。
俺みたいにとりあえずたくさんご飯を食べたいってやつもいた。
毎日そんなことを言い合って、安宿に泊まって飯を食った。
今考えればそれだけで十分幸せだったのかもしれない。
夢はいつか叶う。
みんなそう思っていた。
だってそうだろ?
毎日のように迷宮に潜っていると、浅層であっても体は迷宮に漂う魔力を取り込んで、少しずつでも強くなっていくんだ。
俺たちはその後しばらくそんな生活をしていて、いつしか、普通に転送石のある場所まで魔石を取りにいけるようになっていたんだ。
それはつまり、最初から入り口の転送石で奥に跳んで、そこからさらに奥へも進んでいく実力がついたことを意味していた。
こうなったらこっちのもんだ。
もう少し金をためて武器を買えば、【収集】しかない俺だって戦えるようになる。
そうすれば、さらに奥まですすめるようになって、今よりも金を稼げるようになるんだ。
だけど、その生活は唐突に終わりを告げた。
あいつらだ。
迷宮の深層を探索しているあいつらが俺に目をつけた。
いや、違うか。
俺の【収集】に目をつけたんだ。
【収集】は戦う力はなかったけど、便利な能力だった。
なにせ手ぶらでものを持てるし、移動中に物が破損することもない。
俺は見たことがないが、貴族なんかが持つ魔法鞄なんてものに近いらしい。
最初はハズレだと思っていた【収集】だけど、俺は仲間と一緒に迷宮に潜るようになってこの力でみんなのためになっているのが密かな自慢だったんだ。
だから、あいつらが俺にだけ一緒に来いと誘ってきたとき、それを断った。
別に一度断って交渉を有利にしようとか、そういう駆け引きじみたことをしようと思ったわけじゃない。
ただ単に、みんなと離れるのが嫌だと思っただけだ。
だけど、そのときの判断を俺は今でも後悔している。
迷宮の中で出会った深層組に声をかけられ誘いを断った俺たちに対して、そいつらは攻撃してきたんだ。
もちろん、深層に行けるような実力のあるそいつらに俺の仲間が手も足も出るはずがない。
一瞬で全員が殺された。
即死だった。
そして、仲間を目の前で殺されて、俺も身動きを封じられて痛めつけられた。
死ぬ寸前まで殴られて、意識を失いそうな状態でもう一度聞いてきたんだ。
俺たちといっしょに来い、と。
俺はうなずくしかなかった。
涙を流しながら、命乞いをして、仲間になると叫んだ。
だけど、俺はあいつらの言った意味を正しく理解していなかった。
あいつらは、「俺たちと一緒に来い」と言っただけだったんだ。
俺に対して仲間になれとは一切言っていなかった。
つまり、あいつらにとって、俺はただの魔法鞄の代わりだったんだ。
それは仲間でもなんでもなく、俺という人間はあいつらにとってただの所有物と同じだった。
それからは、あいつらと一緒に迷宮に潜った。
だけど、なにかあるたびに俺は殴られたり蹴られたりした。
死なない程度に痛めつけられるなんて日常茶飯事だった。
そして、迷宮から出た後もそれは同じだった。
定宿の一室に押し込められて、そこから出ようとしただけで半殺しにされた。
飯もまともに食わせてもらえない。
抗議の声なんて上げられない。
なにせ、何度か言ったときにいつも以上に念入りにボコボコにされて、それ以降、俺は何も口答えできなくなってしまったのだから。
悔しかった。
悲しかった。
なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
俺が何をしたっていうんだ。
俺はただ、ご飯が腹いっぱい食べたかっただけだ。
なのになんでこんな惨めな生活をしなくちゃならないんだ。
力が欲しかった。
なんでも自分で解決できるだけの力が欲しかった。
いつも涙を流しながらそう考えて眠りについていた。
それからはその深層組に鞄として使われる生活が続いていた。
ずっと、ずっとだ。
一年が過ぎ、二年が過ぎ、十年が過ぎて、俺もおとなになった。
だけど、扱いは変わらなかった。
深層に潜っていたから魔力だけは体が取り込んでくれていた。
そのために、多少は力も強くなって、風邪なんかもひきにくくなったような気がする。
けれど、俺はずっとモノ扱いされているのは変わらなかった。
が、それがようやく終わりを告げた。
そして、俺はその時になってようやく初めて自分の力の使い方を理解した。
俺を連れていた深層組の奴らが死んだ。
迷宮になぜかいたいつもならもっと奥にいるはずの強力な魔物に不意に遭遇したんだ。
何人かが死んで、生き延びたやつもほとんど瀕死だった。
そのとき、俺の頭に声が聞こえた気がした。
今しかない、と。
俺はかろうじて生き延びて転送石までたどり着いたあいつらを【収集】から取り出した予備の剣で刺した。
難しいことは何一つなかった。
もうずっとおとなしく殴られながら従っていた俺が、まさかこうして攻撃してくるなんて考えもしていなかったんだろう。
息も絶え絶えの状態で転送石に触れようとしていたその無防備な背中をめった切りにして、その場にいたやつを全員息の根を止めてやった。
そして、その時が初めて俺が何かを殺した瞬間だった。
あいつらを殺して初めて知ったんだ。
殺した相手から、そいつの能力をも【収集】できるということに。
俺は迷宮の深層でも通用する能力と、あいつらが持っていた装備を手に入れた。
だけど、あいつらから鞄として扱われていた俺のことは、この街ではそれなりに有名だった。
モノ扱いされていたにもかかわらず、迷宮を連れ回しとして寄生虫のように深層組のあいつらにくっついていく荷物持ちだと言われていたんだ。
この世界はクソみたいだ。
そして、この街もそうだ。
だれも俺を助けてはくれなかった。
俺がどんな目にあっていても周りは無視し続けていたんだ。
こんなところに残る気はさらさらなかった。
どこかに行こう。
戦うための戦闘技術なんかはまるでないが、それでも深層にいただけあって身体能力だけなら人並みを超えているはずだ。
それに、あいつらから奪った金もある。
この金を元手に迷宮街を出て、どこかに行こう。
そうだな。
死んだかつての仲間の夢でも代わりに叶えるのも面白いかもしれない。
店を持つのは文字も読めないし無理だろうな。
そうだ、傭兵にでもなろうか。
街の外でそれなりの傭兵団に入れば、俺の身体能力があればそこそこ役立つかもしれない。
だけど、【収集】だけは持っているのがバレたら何をされるかはわからないか。
バレないように気をつけないとな。
こうして、俺は迷宮を出たその足で、そのまま迷宮街から出ていった。
傭兵ナージャとして、マーシェル傭兵団に入団したのはそれからしばらくしてからのことになるのだった。
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