同行者
「くそっ。今がどういう状況か、あいつらは分かっていないのか。なにを考えているんだ」
「……時期が悪かった、としか言えないのかもしれませんね。なにしろ、つい先日まで我々は戦闘行為を行っていたのですから」
「だからって、もう少し融通を利かせるべきだろ。こちらが聖都に向けて通行できないなんてことがあっていいのか? 不死者の王が復活するかもしれない緊急事態なんだぞ」
「そのとおりです。が、こちらの声を届けたものの、他の貴族にとってはそれが正しい情報なのかは判断がつかないのでしょう。事実関係を確かめるだけでも、フォンターナとは違って時間がかかりますから」
「そうは言っても、メメント領を通る東方面を経由して聖都に向かうなんてあんまりだろ? どんだけ遠回りになると思っているんだ」
評議会での表明通り、俺はナージャを倒しに聖都へと向かうつもりだった。
だが、その後、準備を進めている俺に対して待ったがかかった。
なんと驚くべきことに、聖都への駆けつけようとしている俺が最短距離を移動できないという話になったのだ。
聖都というのは王都圏の南西に位置している。
そこに行くにはフォンターナ王国から単純に南下して、王都を横切るようにして向かうのが一番いいだろう。
距離的な問題もあるが、王都へと向かう街道が存在するため移動もしやすいのだ。
しかし、その街道が、いや、街道どころか、南の土地を通ることすら却下されてしまったのだ。
通行を不許可としたのは北部貴族連合、及びそれを内包する反メメント連合、そしてラインザッツ家だ。
彼らの言い分はこうだ。
今年大義名分もなくいくつもの貴族領を奪い取ったフォンターナの関係者が、少数とは言いつつも武装を整えた集団として南下してくることは認められない、というものだった。
まあ、文字に書き起こしてみるとたしかにその言い分にはうなずける部分もあるだろう。
なにせ、少数精鋭の部隊がフォンターナ王国から矢のように放たれたら、それがどんな結果を他の貴族領に及ぼすかは予想もできないからだ。
だが、こちらは事情を説明していた。
南部にいたマーシェル傭兵団のナージャが【裁きの光】を発動させたこと。
そして、そのナージャが聖都を目指していること。
聖都が襲われて滅ぼされたら、不死者の王が復活してしまうことを。
しかし、その説明の内容を裏付けるための手段をほかの貴族家は持ち合わせていなかった。
フォンターナ王国では【念話】を駆使して遠隔地の情報を素早く手に入れる手段が確立している。
が、一般的な貴族はいまだに人伝や手紙での情報のやり取りでしか、離れた土地のことを知る手段がないのだ。
ゆえに、こちらの説明が正しいのかどうかを調べるだけでも冬を越しそうなのんきさだった。
少なくとも一度敵対した自分たちの領地をその部隊が通過することは許さない。
どうしても聖都に行きたいのなら、ほかのルートから行けというのだ。
なんと恐ろしいことにラインザッツ家までもがそういう態度をとった。
そのため、俺が聖都に向かうにはメメント領を通る東ルートしか通行許可が得られなかったのだ。
馬鹿か?
馬鹿なのか?
自らの保身は分からんでもないが、事態は切迫している。
不死者の王が復活するかもしれないというときに、そんなことを言っている場合ではないだろう。
ブーティカ家のルークなどは不死者の王を倒すことが代々伝わる悲願だと言っていたが、どうやら他の貴族は本来の役目を忘れてしまっているらしい。
もともとは不死者に対応するためにこそ貴族がいたのに、自己の利益しか見ていないということだろう。
「東回りはなしだぞ、リオン。いくらヴァルキリーの足が速いと言っても遠回りすぎる。時間がかかりすぎるぞ」
「ええ。ですが、そうなると通行許可を出さない貴族領をいくつも強行突破することになりますね。できないわけではないでしょうが、危険もありますし結局時間を取られるでしょう。どのような邪魔があるか、あるいは体を休めている際に襲われるか分かりませんから」
「それならば、私も一緒に行きましょうか、アルス?」
「え……、一緒にって、パウロ大司教が俺と一緒に聖都に向かうのですか?」
「ええ、そうです。というよりも、便宜上は私にあなたがついてくるのですよ、アルス。大司教たる私が聖都に向かう。そのための同行者があなたであるとするのです。そうすれば、少なくとも軍事的な進攻であるとみなされる可能性は減るでしょう」
「なるほど。パウロ大司教の同行者。つまり、教会関係者の一部とするのですね。もし、それの通行を許可しなければその貴族は教会の大司教の移動を妨げたことになるというわけですか」
「そうです。本来ならば教会としてあなたがたからは中立でいるべきなのでしょう。が、此度の事情は教会にとっての一大事なのです。であるならば、私も動かないわけにはいきません」
「いいのですか、パウロ大司教? 聖都に向かうのは危険なのですよ?」
「分かっています。ですが、それはあなたも同じでしょう、アルス? あなたが命をかけてナージャと戦うというのであれば、私も自分の命をかける必要があるでしょう。もっとも、移動の助けになるだけで私はさして戦えませんが」
「いえ、十分です。それでは一緒に聖都へと参りましょう。よろしくお願いします、パウロ大司教」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、アルス」
聖都へと向かうルート問題。
それに解決の糸口を与えてくれたのはパウロ大司教だった。
大司教というのは教会内ではかなり上位の役職だ。
そんなパウロ大司教が教会中央である聖都へと向かう。
その移動を妨げるのはさすがにどんな貴族でも難しいだろう。
そして、そんなパウロ大司教に供として同行する。
この場合、あくまでも主はパウロ大司教で、俺は従だ。
だが、それならば俺も教会の顔を潰さないようにするために、移動時に勝手な行動をとれないだろうと他の貴族からも判断された。
聖都へと向かう移動中はいかなるトラブルも起こさず、そして起きた場合は教会の責任でもあるとパウロ大司教が認めたために、ようやく通行許可がおりた。
こうして、しばし無駄な時間を使いつつも、俺はパウロ大司教とともに聖都へと向かって移動を開始したのだった。
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