決断の時
「みんなよく集まってくれた。これより緊急評議会を開催する。議題はすでに知っている者も多いかもしれないがマーシェル傭兵団のナージャが【裁きの光】を手に入れた問題についてだ。リオン、詳しい報告を頼む」
「はい。では、私から報告させていただきます。先日、カイル殿に対して南部に派遣していた通信兵から報告が入りました。ナージャがドーレン王家の失われた大魔法である【裁きの光】を使用し、ギザニアの街を消滅させたというものです。これはその後の調べで確実であることが判明しました」
「トリオン・バルカだ。こちらも商人連中を通じてその話が本当だと調べがついている。その塩は間違いなくドーレン王家が作る白の塩で、食べることも可能だったそうだ」
「げ、それ本当か、おっさん? 城や壁はともかく、人や生き物も残らず塩にしたんだろ? それを食べた奴らがいたのか?」
「そうらしい。といっても、【裁きの光】のことを知らないような人はいくらでもいるからな。もう誰も見たことのないはるか昔に失われた大魔法だ。そんな大魔法が使われて人が塩になったなんて、残された現場を見た者には想像もできなかったんだろう」
「知らずに食ったのか。まあ、たしかに塩は今でもそれなりに貴重ではあるからな。偶然通りがかって見つけたら、とりあえず懐に入れるくらいはするのかもな」
「話を続けます。その後、ナージャがどのような行動をとるのかについて調べることにしました。そして、その際、アルス様が教会でパウロ大司教からありがたい助言を頂きました。【収集】という力を持ったナージャはその後、教会を襲って力をさらに高めようとするのではないか。最終的には近隣の教会を襲撃しながら、聖都へと向かうのではないかという意見です」
「そうだな。パウロ大司教の言う通り、普通の人を襲うよりも教会関係者を襲撃して魔力を【収集】したほうがよほど効率的だ。そして、それは神父や司教よりも上位の位階を持つ大司教や枢機卿のほうがいいと考えるだろう。なにせ、【裁きの光】を使えば問答無用で相手を亡き者にできるんだからな」
「はい。私も同感です。おそらくはナージャもそう考えて行動するだろうと思い、聖都方面を中心に調べました。知っての通り、聖都とは王都の南西に位置します。追跡調査の結果、ナージャ率いるマーシェル傭兵団は西進して聖都を目指しながら、各地を襲撃していることが判明しました」
フォンターナの街で急遽評議会が開催された。
基本的に評議会というのはフォンターナ国内で有力者の会議みたいなものなのだが、実際はなにも権限というのはない。
評議会で話し合い決まったことでも、それをフォンターナ王国は国として守らなければならないという決まりはない。
が、俺はなるべくこの評議会の意見は尊重して国の運営をしてきていた。
もともと、俺が農家出身の成り上がりもので、ガロードの保護をして当主代行についただけの一時的な身分で周りを従わせてきたからというのもある。
それに、評議会があれば何かと都合が良かったというのもある。
国内の貴族や騎士がなにか要望や不満があって言いたいことがあるときに、それをすべて俺が聞かされるよりも間にワンクッション挟むことができる評議会という仕組みはそれなりに便利だったのだ。
俺やリオン、もともとフォンターナ領だったころからフォンターナ家に仕えていた元騎士で今は貴族になった者、あるいはルービッチ家やエルメス家のように貴族だったがフォンターナ王国に敗北して取り込まれた者たちが一堂になって情報を共有する。
その評議会でリオンが説明してくれた。
どうやらナージャはパウロ大司教の予想通りに聖都を目指しているらしい。
より力を得るために、あるいは神敵認定を取り消させるために。
そしてなにより自分自身のために、教会をぶっ潰すつもりなのだろう。
「聖都では常に枢機卿が【聖域】という魔法を交代で発動し続けている。それによって、不死者の王が封じられていると聞いている。それは間違いないんだな、リオン?」
「はい、アルス様。教会が不死者の王を封じているのは紛れもない事実です。もしもナージャが【裁きの光】を使って聖都にいる枢機卿を手に掛けた場合、必ずその封印が解かれることになるでしょう」
「……教会はそれに対応できるのか?」
「分かりません。今まで教会がこの地に及ぼした影響は計り知れないものがあり、その恩恵はすべての人が受けてきました。そのため、どれほど動乱が続こうとも聖都に対して攻撃が加えられたことはありません。また、今回の件に対して教会が実際にどれほどの抵抗を行えるのかは全くわからないのが実情です」
「そうか。……希望的な考えは捨てるべきだろうな。教会が実はすごい戦力を保有していてナージャを跳ね返すかもしれないと期待するのは都合がよすぎるだろう。ナージャが聖都にたどり着いた場合、聖都は教会関係者ごと滅ぶ。そして、その結果、不死者の王が復活し周囲の者はその穢れた魔力で死ぬか、あるいはそいつも不死者となる。そう考えて今後の方針を決めないといけないだろう」
「……そうですね。我々の行動によってフォンターナ王国に住むすべての者の命がかかっているのです。常に最悪の結果を予想して備えておくべきかと思います。それで、アルス様はどうするのがよいと考えているのか、まずは聞かせていただいてもよろしいですか?」
ついさっきまで塩を食った食わないの話をしていたが、そこまではまだ評議会もざわついた雰囲気があった。
だが、問題が聖都の崩壊とそれによる不死者の王の復活の話になると、さすがに雑談をする者は誰もいなくなっていた。
というよりも、雑音ひとつ出してはいけないとでもルールがあるかのように、周囲が静まり返っている。
そこで声を発するのは俺とリオンだけだった。
事実関係をみんなにも聞かせるように再確認しながら、今後の動きをどうするか、リオンが俺に尋ねてきた。
それを聞いて、評議会に参加しているメンバーのすべての視線が俺に注がれる。
異様な雰囲気になったその場で、俺は自分の考えを口にした。
「決まってるだろ、リオン。ナージャの行動はなんとしても止めなければならない。不死者の存在はこの世の理から外れたものだ。それを世に解き放つことはできない」
「では軍を出しますか?」
「いや、その必要はない」
「え? ……どういうことですか、アルス様? ナージャを討つのではないのですか?」
「そうだ。だけど、軍を動かす必要はない。【裁きの光】を持つナージャに対して人数の多い軍はただのカモにしかならない。少数精鋭でナージャに対して急襲して仕留めるほうがいい。というか、俺が空絶剣を持って強襲するのが一番だと思う」
「え……、もしかしてアルス様自らが少数の供だけを連れて行くとお考えなのですか?」
「そうだ。どうやらフォンターナ王国内で確実にナージャよりも魔力量があるのは、俺とガロード様くらいみたいだしな」
「い、いや、しかしそれは危険すぎます。アルス様はこの国の宰相であり大将軍なのですよ? それが少数で向かうなどと……」
「だけど、雁首揃えてみんなで行って、まとめて【裁きの光】で塩に変えられたらどうするつもりだ? 失敗すれば不死者の王が復活する前にこの国は終わるぞ」
「それはそうですが……」
「それに距離的にはもうナージャはだいぶ聖都に近づいてきているはずだ。なら、少数でヴァルキリーに騎乗して急行しないと間に合わない。少なくとも、リオン、お前は残れ。俺になにかあったとき、ガロード様とこの国を任せられるのはお前だけだ」
俺はパウロ大司教と話していたときに、密かに心に決めていたことを表明する。
できれば俺も軍を率いてナージャと戦いたかった。
飛行船の上から魔導兵器を落として攻撃すれば、いかに魔力を高めたナージャと言えども直撃すれば即死だろう。
俺の持つ必勝戦法をお見舞いしてやるつもりだったのだ。
だが、それはもうできそうもない。
飛空船はその構造ゆえに物が大きく持ち運びできないのだ。
魔法鞄の口にも入りきらず、かと言って空を飛ぶ速度はかなり遅い。
そんな飛空船に乗って聖都まで向かえば、たどり着くのは間違いなく聖都が滅んだあとになるだろう。
そうなったら、もしナージャを倒せても不死者の王が残る。
不死者の王に飛空船からの魔導兵器落としが通用するかどうかはわからないが、おそらく効かないような気がするのだ。
とにかく、なによりも重要なのはすぐにナージャのもとに向かうことだ。
故に、俺は軍を率いずに少数で挑むことに決めた。
それが果たして正しい選択なのかは正直分からない。
もしかすると、失敗し、あるいは俺は死ぬことになるかもしれない。
が、ここが命のかけどころだろう。
かつて見た不死骨竜という存在は生きている者すべてにとっての害でしかなかった。
そして、不死者の怖さを本当に知っている者というのは実は少ない。
長い期間不死者が現れずに、俺が不死骨竜を倒したときも真偽が疑われたほどなのだ。
おそらくは、この国もほかの貴族領も不死者が現れたときにまともに対応できないだろう。
だから俺が動く。
こうして俺はナージャを倒し、不死者の王復活を阻止するために南へと向かうことにしたのだった。
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