外交対応
「ラインザッツ家とメメント家からの抗議か。ま、当然言ってくるわな」
「はい。ラインザッツ家は今回のフォンターナ王国の行為に対して不当な土地の占拠であるために、元の貴族家に返還するようにと告げてきています」
各地にバルカ塾の生徒を送り出し、事務仕事ができる能力がある者には一般人であっても採用してリード姓を与えて仕事を任せる。
さらに、新たに得たとはいえまだまだ居座っただけの状態で不安定な国内を安定させるためにいろんな仕事が山積みだ。
それらをこなしつつも、ペインから国外とのやり取りの報告も聞いていた。
これまでは外交関係はリオンにまかせていた部分も多かったが、リオンも新しい領地であるグラハム領をまとめるのにしばらく時間がかかる。
そのため、当分はペインを始めとして各地に顔の利く者からの情報を受けて対応することになった。
今聞いているのは、先の戦で手に入れた領地についての抗議がよそからきたという内容だった。
「ラインザッツ家は覇権貴族だからそう言わないと自分の立場が危うくなるだろうしな。だけど、その要求には応えられない。あの戦いの発端は旧キシリア領から旧ラージカ領に流れる川の治水工事における水利権問題が原因だ。両者の問題に先に口を出して軍を率いてきたのは北部貴族連合のほうで、こちらは自国の防衛のためにそれを迎え撃っただけだ。そう伝えといてくれ、ペイン」
「わかりました。まあ、おそらくはラインザッツ家もその説明ではひかないでしょうね。山から流れる小さな川の利権問題だけで、貴族領が8つも奪い取られるなんて聞いたことがないでしょうし」
「だろうな。もしかすると、来年あたりはラインザッツ家が軍を動かすかもしれないか。新しく手に入れた領地から徴兵年齢の条件に満たした者をすぐ集めるほうがいいな。今のうちからフォンターナ軍として動けるように訓練しておこう」
「それが良いかと。ただ、いくら徴兵しても士気が低い兵になるでしょう。できれば、フォンターナ軍では訓練が厳しくとも衣食住はしっかりと用意して迎え入れたほうが良いでしょうね」
「わかった。訓練場にそう伝えておこう。で、メメント家はなんて言ってきたんだ?」
「メメント家はこちらが手に入れたうちのひとつの貴族領がメメント領であったと主張しています。そのため、その領地をメメント家に返還するようにと通告してきました」
「はあ? メメント家の? メメント家がそう主張するってことは東側の領地かな。ワグナーのいるキシリア辺境伯領ってことになるのか?」
「そうです。旧ピピリー領ですね。ここは数代前にメメント家が一度ピピリー家に勝利して土地を所有した経緯があるようです。その後、当時の覇権貴族であるリゾルテ家の仲裁でピピリー家に返還したのですが、今回メメント家はあくまでもあれは返還したのではなく自分たちのものだったという主張のようですね」
「そんな無茶な主張があるかよ。けど、やっぱりよっぽどメメント家は弱っているんだな。多分、以前までの飛ぶ鳥を落とす勢いのときは問答無用で攻撃を仕掛けてきたんじゃないのかな」
「かもしれません。王都圏から追い落とされ、南部の領地をリゾルテ王国に奪われて力を落としているのでしょう。この抗議もおそらくは見せかけだけの格好で、どちらかというとメメント領内の配下の騎士に対して強気の姿勢を見せているだけのように思います」
「やはりそうか。とはいえ、いまだ大勢力の一角であることには変わりないしな。メメント家が攻めてきたらキシリア辺境伯も領地を掌握できていないうちは対応も後手に回るかもしれないか」
ラインザッツ家の抗議はシンプルなものだ。
大義無く勝手に奪った領地を元の貴族に返しなさいという内容だ。
おそらくは昔ならばそれを受け入れた貴族がほとんどなのではないだろうか。
代わりになにか価値のあるものでも要求することはあれども、領地を返還し、しかし多少の影響力を残して勢力を大きくする。
そんな感じに争いながらも、過度に潰し合わないようにしていたのだと思う。
が、今更フォンターナ王国がそんな要求を飲む必要もない。
こちらは独立した王国であり、覇権貴族に従う義理もないのだ。
なので、か細い大義名分だが一応理由づけしたこちらの主張を返す。
もともとワグナーがラージカ家と争っていたのは利水関係の問題があったからで、そこに手を突っ込んで火傷したのは北部貴族の自業自得だという内容だ。
もっとも、こんなものは後出しジャンケンみたいなものでまともには信じることはないだろうが、合戦前にも前口上で述べていただけあって、本当に一応だが言い訳に使えなくもないのだ。
対して、メメント家の主張はもはやメチャクチャだ。
お前らいったい何年前の話を持ち出して領地の所有権を主張しているのだと言いたい。
だが、一歩引いて考えてみれば、これはこちらへの本気の主張ではなく、むしろ自陣営に対してのパフォーマンスではないかとも思えた。
もしかしたら、メメント家はラインザッツ家を始めとした連合軍によっての敗北で配下の騎士への求心力を失っているのかもしれない。
が、油断できない相手であることも確かで侮っていいものでもない。
「なにか時間を稼ぐ方法はないかな、ペイン? ワグナーを始めとした辺境伯がそれぞれの辺境伯領を掌握するまでの時間がほしい。もちろん、できるだけ軍を使わずにな」
「それならば、以前の条約の延長はどうでしょうか?」
「条約の延長?」
「はい。以前からメメント家に対しては麦を安く提供する条約を結んでいたはずです。それの期限を延長するというのはいかがでしょう? たしかあれは、数年という取り決めで始めたもので、更新するかどうか再び決める予定だったはず。その更新の理由を領土問題に結びつけるのです」
「うーん。要するに麦の格安提供をこれまでどおり続けるけど、その理由は今回奪ったピピリー領の補填分だ、とかか?」
「そうです。こちらは国内に向けては今まで通りの麦の販売を続けると説明し、メメント家のほうは配下の騎士にフォンターナ側から強気の交渉で格安での食料の確保に成功したという実績を与えさせる。もちろん、我々に不利にならないように条件をもっと調整する必要はあるでしょうけれど」
「なるほど。……そのへんの判断はもう一度検討しようか。リオンにも判断を仰ごうと思う。いいな、ペイン?」
「もちろんです」
むむむ。
やはり、急激に膨張した版図をまとめるのはなかなかに大変そうだ。
できれば、あと数年は国内の安定に向けて時間を使いたいところだ。
しかし、奪われた土地を奪還する動きというのはあるかもしれない。
こうして国の中も外も大忙しの状況での仕事に追われながらも、だんだんと冬の気配が近づいてきたのだった。
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