羽ばたく若者たち
「やっててよかったバルカ塾」
「なんのことですか、アルス様?」
「いや、何年か前にフォンターナの街にバルカ塾を作っただろ? それが今回の国土倍増で思ったよりも役立ったなと思ってな。そういえば、バルカ塾を作るきっかけはペインからの助言だったっけ?」
「そうですね。確か、私が提案したものだったと思います。騎士たちの子を対象にした教育機関を作るというのは」
「いいね。ペインにはなにか褒美でもあげないといけないな」
「ありがとうございます、アルス様」
急激な国の膨張。
それまでの貴族領7つ分から15領という大きさに膨れ上がったフォンターナ王国だが、当然ながらこれは結構問題も出てくる。
その中のひとつが統治のための人材不足だった。
それまでいた3つの辺境伯領を外に配置し、その領地の管理はそれぞれの辺境伯領が行うことになる。
が、辺境伯が出ていって空白になった旧ルービッチ領や旧エルメス領はフォンターナ王家直轄領となり、旧イクス領はバルカ領に組み込まれた。
ここにはフォンターナ王国としての代官などを置くことになる。
が、そのための人員は容易には埋まらなかった。
そこで目をつけたのがバルカ塾の存在だ。
このバルカ塾はフォンターナの街で行っている騎士学校とでもいうべきものだ。
フォンターナ王国にはガロードという王を筆頭にして貴族がいて、その下には騎士がいる。
その騎士にはもちろん子どもがいるが、それぞれの騎士家を継ぐのは長男であり、次男や三男以降は自分で身を立てるしかなかった。
そんな騎士の子どもたちを集めてバルカ式の教育をしていく私塾では、主に統治についてを教えていた。
といっても、まだできて数年の学校でそこまでしっかりとしたカリキュラムはない。
せいぜいが、最低限どのような統治を行うかのやり方をケースバイケースで教えたり、あるいはバルカの魔法である【土壌改良】を使えば、どの程度の広さの農地を一定期間で再開発できて、そこからどのくらいの収穫増加が見込めるかなどを教えていた。
騎士の子どもたちというのは一般人とは違って生まれた家である程度の文字の読み書きや計算を教わっているので、より実践的な実務を入学後すぐに教えられるというメリットがあったのだ。
そのバルカ塾から今回多くの生徒が巣立っていった。
まず、生徒の中でも優秀かつ真面目でこれはという人物は俺やカイルなどがこちらから依頼してフォンターナ王国での代官などの仕事についてもらえないかと打診した。
これは自分の領地ではなく、フォンターナ王家の直轄領の運営に携わるというものであり、比較的安定した職場ではあるが自分で戦力を持って領地を広げたりはできない。
自分の力を信じ、自前の領地を得て一国一城の主になりたいと思う者もいるだろう。
そういうやつは王家直轄領ではなく、辺境伯領に行って仕官して就職した者もいる。
今回キシリア家やビルマ家、イクス家という辺境伯がより大きな土地を得る代わりに元の領地から移動となった。
もともと数年前までごく普通の騎士だった家が今や貴族領2つ分の土地を得たといっても、すぐにそれをカバーできるほどの人材的余裕はない。
そのため、やはり辺境伯家でも人手不足にはなったのだ。
基本的に辺境伯のところではそれぞれの家をトップにして、下にいくつもの騎士家が騎士領を治めることになる。
言ってみれば、同じフォンターナ王国という位置づけではあるものの、半分独立した領地でもあるのだ。
そんな辺境伯領のところにいけば、働きや実力に応じて騎士として取り立ててもらい、自分の騎士領を得られるかもしれない。
それは野望に燃える若者にとって大きな魅力として捉えられた。
そのため、安定志向よりも上昇志向の強い者はバルカ塾からの伝手を頼って辺境伯領へと推薦されて、新天地に旅立っていったのだ。
とはいえ、領地運営を習っていたといっても実際は実務経験のない素人同然の若者だ。
はたして辺境伯家側がそんな人材を欲しがるのかというと、実は結構欲しがった。
なんといっても、フォンターナの街はフォンターナ王国の首都でもある。
そこにはカルロスの統治していたフォンターナ領のころから、配下の貴族や騎士はすべてフォンターナの街に住むように命じられていた。
そんな街で、騎士の子ども対象に開かれていたバルカ塾の出身者というのは、おしなべて広い人脈の持ち主でもあったのだ。
つまり、辺境伯家側としては、バルカ塾からの生徒を雇い入れることは即戦力だけではなく、王都にいる有力者の家同士でのコネがある人材を確保することにもつながる。
このコネというのは非常に重要だ。
なにせ、いくら金を積んでも人脈というのは簡単には手に入れられないのだから。
こうして、最低限の統治の知識を持ったバルカ塾の生徒たちが一斉に新たな土地へと散らばっていった。
そしてこれはフォンターナ王国にとっても大きな意味を持つことになる。
なにせ、今までの各地の事務仕事はそれぞれの土地でローカルルールみたいなやり方がなかったわけでもない。
それをバルカ塾で教えたフォーマットを基本として統治を行う者たちが国中に広がった。
つまり、各地の行政的な仕事のやり方にそれまで以上に統一感が出てきたのだ。
また、ほかの貴族家や騎士家にもこの一連の流れは非常に大きな影響を与えた。
なぜなら、バルカ塾という公的でもなんでもない機関に所属して学んでいただけの者が、簡単に成り上がったようにも見えたからだ。
というか、一切の戦場に出ることもなく、文官として代官になるだけではなく、辺境伯家で騎士として叙任してもらえる者もいたのだ。
それが今回だけの特例として終わるかどうかは分からない。
あるいは、今後もフォンターナ王国の国土が増えれば同じようなこともあるかもしれない。
そう考えた者たちは多かった。
こうして、フォンターナの街にあったバルカ塾は今回の件をきっかけにして入塾者が激増することになった。
できればまだまだ各地で仕事ができる人材というのはほしい。
こちらも受け入れ体制を整えて、増えた生徒を即戦力として各地に送れるように更に学習内容をブラッシュアップしていくことにしたのだった。
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