地盤固め
「よし、転送石と吸氷石の像を設置したぞ。次に行くぞ」
「はい。次は新ビルマ領へと向かいます。ヴァルキリーによる騎乗での移動ですがよろしいですか?」
「もちろんだ。すぐ向かおう」
新しく手に入れたフォンターナ王国の土地。
それはまだ戦いに勝利して奪い取っただけにすぎない。
今回の戦いはワグナー率いるキシリア家とラージカ家での争いがフォンターナ王国対北部貴族連合へと発展したものだった。
それ故に、この戦いの問題は本来であればラージカ家に対してだけであり、他の貴族は関係がないとも言える。
つまり、フォンターナは北部貴族と戦いはしたが、その理由はラージカ家をめぐるものであり他貴族の領地の所有権ではなかった。
ようするに、フォンターナ軍は手薄になった8つの貴族を攻略したが、そこには領土の所有権を主張する大義名分は薄いという問題があった。
大義名分というのは重要なものだ。
それがないといくら戦に勝利したとはいえ、その領有権を周囲に納得させることは難しく、そこに住む人々も認めない。
が、勢いに乗って勝った以上、それを手放すことは難しいだろう。
なのでやることはひとつだ。
実効支配するしかない。
今回奪った8つの貴族領にキシリア・ビルマ・イクス・グラハムの4家を配置し、そこに軍を設置して統治を行う。
それに対して文句を言ってこられても無視、あるいは武力的な排除をする。
そして、それを継続的に、恒常的な状態へとすることで事実上の支配を住人にも周辺にも認めさせるのだ。
なんともむちゃくちゃではあるが、この実効支配をしながら、何らかの外交交渉を行って正式に周囲にフォンターナの国土であることを認めさせないといけないだろう。
そのためにはなんと言ってもまずは基盤を整えなければならない。
各地に戦力を置いて不満分子に対処しながらも、外からの攻撃を防ぐ。
それは領地を得た辺境伯家の仕事でもあるが、俺にも手伝えることがある。
その第一段階として転送石と吸氷石の像を設置していった。
転送石はもちろんただ設置すればいいというものではない。
距離の離れた転送石と転送石の間を一瞬にして移動するには魔力的な繋がりがないといけない。
そのために道路を作る。
これはフォンターナ軍にいる工兵を使って、しっかりと計算して作ることにした。
いずれは人や物を運ぶ大動脈のようなものになるはずなので、東方でやったような角ありヴァルキリーによる強引な方法は使わないようにする。
きちんと測量し、まっすぐ街同士をつなぐ道路を作っていく。
それとは別に吸氷石の像も設置した。
これは目に見える実利を与えるためでもある。
新たに得た土地はフォンターナよりも南ではあるが、それでも冬は凍死する人がいる。
現在の季節は秋。
もうすぐ冬が来るという前に寒さを吸収することができる吸氷石の像を設置しておけば、その街に住む住人にとって大きな恩恵となるだろう。
一度設置しておくだけでありがたがってもらえるのであればコスパもいいはずだ。
後はそうだな。
ひとまず予定の転送石が設置できたら炊き出しでもしてみるか。
ヴァルキリーに乗ってあちこちの貴族領を回っているが、総じて貧しい者が多い。
炊き出しという名の食料提供が統治に役立つかどうかは微妙なところだが、住民たちの印象アップには繋がる可能性もある。
それにフォンターナ王国内では食料の無償提供をしても懐がそこまで痛むこともないのだ。
【土壌改良】と【整地】によって今のところ食料自給率は大幅に上がっている。
税として取り立てた麦を使っても財政的にはなんの問題もない。
なにより、地震対策として備蓄している分があるので、それを一部使うようにしておけばいいだろう。
「あとはなんか必要なことってあるかな? なあ、ここらへんの地元住民はなにか困っていることってあるのか、ペイン?」
「住民が困っていることですか? そうですね……、挙げればきりがないほどあると思いますが、賊退治はしておいたほうがよいのではないでしょうか?」
「賊退治?」
「ええ、盗賊などが結構いるのですよ、アルス様。基本的に農民は不作などが原因で税を納められなくなった場合など街に出て仕事を探すことがあります。が、全員が仕事にありつけるわけでもありません。その場合、野垂れ死ぬよりはと考えて盗賊として村や商人などを襲ったりすることがあるのです」
「そうか、盗賊退治をして治安を回復することは住人にとってのフォンターナの印象を上げることにもつながるかもな。でも、賊退治くらいもともといた貴族家がしていたんじゃないのか?」
「長い動乱の影響がありますから。大きな賊や目立つ集団には対処していたでしょうが、小さいものには対応できないこともあるでしょう。それに領都近くはともかく、他貴族との領地の境目などは盗賊が潜みやすく見逃されやすいのです」
「なるほど。境界付近にいる賊を退治するために兵を出せば、その場所に近い貴族や騎士を刺激する可能性もあるから手が出しにくいってことね。今回は一気に複数の領地を手に入れたから、そんな見逃された盗賊集団が新しい国土内に多い状態になるかもしれないってことか」
「その通りです」
「よし、ならバイト兄に伝えてくれ。騎兵部隊を使っていいから片っ端から盗賊を見つけて退治するようにってな」
「はい、かしこまりました」
本来であれば得た領地の統治や治安維持はそこを治める貴族の責任でやるべきだろう。
だが、今回は急な配置換えを同時に行うためにリオンたちも手が回らない可能性がある。
なので、辺境伯領にもフォンターナ軍を動員して盗賊退治を開始した。
これは各地でフォンターナ軍を見せるためのデモンストレーションにもなるだろう。
いくら貴族家が討たれたといっても、各地に存在する騎士家やその地で影響力のある豪族たちはいる。
そういった者たちへとこちらの力を改めて示す機会にもなる。
こうして、着々と地盤固めを進めていったのだった。
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