勢力変動
「北部貴族連合と戦うことになった場合、ほかからの横槍が入る心配はないんだな、リオン?」
「おそらくそれはないでしょう。覇権貴族であるラインザッツ家は現在動けません。王都が荒廃しすぎているからです。メメント家を王都から追い出すことには成功したようですが、それで得たものは足かせになっていると言ってもいいかもしれません」
「まあ、王都圏はメメント家が好き勝手にしていたからな。まずは治安を回復させる必要があるか。そうか。だから、ラインザッツ家が動けないからこそ、北部貴族連合は一致団結して抵抗してきたんだな」
ワグナーからの救援を受けて軍を派遣する準備をすすめる。
その間に、さらに状況の整理をリオンや他の者たちとしていった。
今年は俺自身は東方に行ったり、米を作ったり、内政をしたりとしていて国外の貴族領に対してなにかをしていたというわけではなかった。
が、状況は結構大きく動いていた。
まず、去年まで王都圏を支配していたメメント家がついにラインザッツ家によって敗走したようだ。
覇権貴族としての発言力を駆使して他の貴族から軍を動員し、リゾルテ王国とも協定を結んでメメント家に対して二方面作戦を展開したラインザッツ家。
その狙いはうまくいったようで、メメント家は王都を捨てて自領に引っ込むことになった。
本来ならばラインザッツ家としては敗走したメメント軍を追いかけるようにして、メメント領へも進攻を仕掛けたかったに違いない。
だが、そうはならなかった。
メメント家は逃げ方をよく知っていたのだろう。
敗北を悟り、王都圏を逃げる際にメメント家は食料の多くを焼いたのだ。
王都圏というのはドーレン王のもとに発展した栄華を失っていたとしても、やはりこの地でひときわ大きな影響力を持ち、そして人口も多かった。
そんな王都の食料をことごとく焼き払ってしまったのだ。
当然ながらそこに住む人にとっては大問題だ。
生き延びた王都圏の人々がラインザッツ家に対してなにを願うかというと、メメント家への追撃よりも自分たちを助けろという内容になる。
その願いを覇権貴族であるラインザッツ家ははねのけることはできない。
そんなことをすれば、ドーレン王家と同盟を結んで得た覇権貴族としての地位を失ってしまうからだ。
だが、メメント家と戦うために王都圏まで進軍してきたラインザッツ家は住民の腹を満たすほどの食料など持ち合わせているはずがなかった。
なので、追撃は完全に諦めて周囲の貴族家や自領へ向けて、食料の移送を命じなければならなかった。
それは当然のことながら時間がかかる。
さらに荒廃してしまった王都圏の治安を回復し、各貴族の保護や経済の停滞までも面倒を見なければならない。
こうして完全にラインザッツ家は足が止まってしまったのだった。
では、ラインザッツ家に従っていた各貴族はその後どうするかというと、単独でメメント家を追撃する気にはなれなかったらしい。
負けたといってもまだまだ大貴族であり、力があるのだ。
それにラインザッツ家が要求してくる食料の手配を手伝うなら、その出費も馬鹿にならない。
そのため、メメント領に近い貴族家は独自の動きを行ったものの、その他の貴族は様子見、あるいは軍の帰還をし始めたのだった。
南のリゾルテ王国はというとメメント領からある程度領地を切り取り満足したようだ。
リゾルテ王国にしてもかつて三貴族同盟に対して敗北し、勢力を減退させた影響がないわけでもない。
それに王国として独立した後にラインザッツ家と交戦状態に入り、そこでも力を使ったのだ。
リゾルテ王国がメメント領に進攻したのも、メメント軍の主力が王都圏にいるからという火事場泥棒的な理由からで、その本軍がメメント領に帰還してきたのであればそれ以上戦う必要もないと判断したのだろう。
こうして、現状はラインザッツ家が覇権貴族としての力を示してメメント家に勝利を得たものの、重い負債を抱えてしまった。
メメント家は王都圏での敗北によって、すぐに動き出すこともない。
リゾルテ王国も領地を得て満足顔。
つまり、他の大きな勢力は動かないということになる。
ワグナーからの救援要請を断らなかったのはそれも理由のひとつだった。
北部貴族連合と軍を向き合わせても、それに対してほかからの救援は来ない状況。
かつてラインザッツ家と交わした約束も、メメント家を王都圏から追い出す間は相互不干渉だ、というものだった。
すなわち、メメント家が王都圏から出ていった以上、不可侵条約は切れている。
「申し訳ありません、アルス様。我らキシリア辺境伯領の問題に対してこうして救援を出していただき感謝します」
「気にしなくていいよ、ワグナー。お互い困ったときは助け合いだからな。フォンターナ王国のために共に闘おう」
「ええ、もちろんです、アルス様。ですが、大丈夫でしょうか? 北部貴族連合の数はこちらよりも多いですが……」
「北部貴族連合が今回集めたのは8万ほどであると報告にあったが、間違いないのか?」
「はい。キシリア軍は3000ほどです。救援に来ていただいたフォンターナ軍は15000ほどと聞いています。アルス様には考えがあるかと思いますが、数の差は大きいかと思いますが」
「そうだな。純粋な数だけで言えばこちらは不利かもしれない。だが、今回はフォンターナ軍に新しい力が入った。それがあれば、いい勝負になるのではないかと思うよ」
「新しい力ですか?」
「ああ。東方で遊んでいたわけではないということを見せてやるよ、ワグナー」
転送石を使って挨拶にやってきたワグナー。
多分、救援なんて頼まずに自分たちだけで問題を解決したかったに違いない。
だが、相手の数が多すぎた。
意地を張って全滅するよりは借りを作ってもいいと考えて助けを求めに来たのだろう。
本来であれば辺境伯という地位にある以上、自分たちでどうにかすべきだった。
が、キシリア領はブーティカ領と接している。
あそこはグランがいるし、貴重な資材も重要な研究もしている。
キシリア家を見捨ててそちらに被害がいくというのは、こちらとしてもまずい。
だからこそ、圧倒的な数の北部貴族連合に対して戦うことにした。
こうして、キシリア家とラージカ家の戦いに端を発した戦はフォンターナ王国対北部貴族という形で大きく燃え上がることになったのだった。
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