救援要請
「アルス兄さんもなかなか無茶をするよね。イアンと戦うなんて思わなかったから、決闘するって聞いたときは心配したんだよ」
「まあ、一歩間違えたらこっちが負けていたかもしれないからな。勝ててよかったよ」
「そうだね。でも、その空絶剣があれば負ける心配はいらなかったかな?」
「いや、そうでもないさ。こいつは性能が良いだけあって結構魔力を消費するんだよ。それに、空絶剣に込める魔力の量でどのくらい離れた場所を切ることになるか変動するんだ。ちょっとでも距離感と剣に込める魔力量の調整を間違えたら本当に空を切るだけになるから、扱いが難しいのは確かだよ」
「そうなんだ。そう考えるとただの戦闘では斬鉄剣のほうが使いやすいのかな。空絶剣が有効なのは不死者だけとか?」
「いや、空絶剣には聖剣と同じ性能はないよ。効果があるとは思うけど不死者の王相手だと不浄の魔力に侵されて腐るかもしれない。まあ、それはそれとして普通に人間同士で戦うにもちょっと強すぎることは確かか」
「なるほど。ここぞってときに使うのが良さそうだね」
東方でアトモスの戦士イアンと決闘をしてから、再びバルカニアへと帰ってきた。
決闘内容から新たな魔法剣の性能についてなどをカイルと話し合う。
そのカイルにも言ったが、この空絶剣は強すぎる。
が、過剰火力とも言えるのではないかと思う。
例えば、集団戦であればアーバレスト家の船団ごと燃やした氷炎剣のほうが広範囲に使うこともできる。
それに対して、この空絶剣は離れた場所を切り裂けるとはいえ、その範囲はあくまでも剣としての長さを超えるものではない。
どれほどの防御力があろうとも切ることができるのかもしれないが、反対に切ることができる対象は常に1人ということになる。
一振りで数千人を切り伏せるようなこともできないうえに魔力消費が激しいとくれば、短期決戦用の武器と言えるのではないだろうか。
つまり、いくら空絶剣が強いといっても万能ではないということになる。
なので、これからも今まで通り、いくつかの魔法剣を併用していこうと思っている。
「あ。リオンさんから連絡が入ったよ、アルス兄さん。至急、フォンターナの街に来てほしいだってさ」
「リオンから? 分かった。すぐに行くって返事をしておいてくれ」
そんなふうに魔法剣談義をしていたところで、カイルに対してリオンから連絡が来たようだ。
なんだか急ぎの用事らしい。
連絡を受け取ってすぐさまフォンターナの街へと向かうことにしたのだった。
※ ※ ※
「リオン、どうしたんだ? なにかあったのか?」
「はい、アルス様。ワグナー・フォン・キシリア辺境伯から援軍の要請がきています」
「援軍? ワグナーからか? 状況を詳しく教えてくれ」
「はい。キシリア辺境伯は現在のキシリア領、つまり旧エルメス領ですね、そこから南下して領地の拡張を目指して軍を動かしていました。当初は勢いがあったのですが、どうやら頑張りすぎたようです」
「頑張りすぎた?」
「そうです。旧エルメス領は山がちで麦を収穫できる土地が少ないですからね。もう少し広い土地を求めていたのでしょう。旧エルメス領の南で、ブーティカ領の南西にあるラージカ領に攻勢をかけていました。しかし、そのラージカ領を治めるラージカ家が他貴族に援軍を頼んできたのです」
「ふむ。その援軍が多かったってことか?」
「はい。予想以上に多かったようです。なぜなら、そのラージカ家は北部貴族連合に属しており、その北部貴族連合が集結してきたからです」
「……ちょっと待て。北部貴族連合ってのは確かあれか? 前にフォンターナ討伐連合軍が来た後に出来上がった連合だったか?」
「そうですね。北部貴族連合は13貴族から構成されています。その全てがラージカ家のための援軍に動きました」
ワグナーはもともとウルク家の騎士家であるキシリア家の当主の子どもだった。
ウルク家はフォンターナ家との戦いに敗北して滅亡したが、その時、旧ウルク領にいたウルクの騎士をキシリア家が吸収した。
ワグナーの父であるハロルドが俺たちバルカをはめようと動いた結果だが、今まで敵対関係であったウルクの騎士たちをフォンターナへと取り込むためにワグナーを利用したという面もある。
ワグナーは当時まだ13歳ほどだったが懸命に頑張った。
普通ならばウルクの騎士に裏切り者として糾弾されてもおかしくない状況下にもかかわらずなんとかまとめ上げてフォンターナのために働いたのだ。
その結果、フォンターナ王国の建国後にワグナーのキシリア家は辺境伯という貴族家としての地位を得ることになった。
が、これがどれほど素直に喜べるかは判断の難しいところだ。
なぜなら、それまでの領地だったウルク地区から新たに得た旧エルメス領へと転封になったのだ。
旧エルメス領は忍者の里かというほどの山がちな場所で、麦があまり取れないため薬草売買などで領地運営していたような場所だ。
そこに、旧ウルクの騎士という部下ごと移動させられた。
当然、そんな領地にとどまっていても苦労しかない。
ならば、どうするべきか。
外に打って出るしかない。
辺境伯という地位はそれが可能なのだ。
フォンターナ王国では領地を持っていようとも若い男性を徴兵されてしまう。
が、男手が全員いなくなるわけではない。
旧ウルクの騎士の力と募兵して集めた兵を使って、キシリア領から南下して他の貴族領を奪い取ってしまえばいい。
辺境伯には兵を集める権利と他国の領地の切り取り自由がフォンターナ王国から認められているのだから。
こうして、ワグナーは領地を求めて進軍した。
が、その結果、大きすぎる相手が釣れてしまった。
北部貴族連合という最近になってできた集団だ。
これは以前あったフォンターナ討伐のための連合軍がフォンターナ攻略に失敗したことによって作られた連合だ。
カーマスの防御壁という長い壁によってフォンターナ攻略ができず、その結果、メメント家などの暴走で北部の貴族家がメメント陣営連合軍によって攻撃を受けたのだ。
その際に、メメント家のやり方に反対した貴族が協調し、そして手を取り合った。
それによってできたのが北部貴族連合だ。
ちなみに反メメント連合という更に大きい同盟連合もあるようで少しややこしいが北部貴族連合はその連合の中の一部でもあるようだ。
つまり、北部貴族連合はその生い立ち故に、連合内の貴族が攻撃を受けた場合、一致団結してそれに対処するという性質を持つ。
そして、ラージカ家がその北部貴族連合に加入していたために迎撃にでてきたのだ。
が、13貴族家が軍を率いて出張ってくるとまでは考えられていなかった。
せめて周囲の数家が出てきて、これ以上の進攻は許さないと主張し交渉に入ることになると予想されていたのだ。
「分かった。フォンターナ軍をワグナーの援軍に向かわせよう」
まあ、予想とは違うと言っても無視するわけにはいかない。
このままワグナーを見捨てるという選択肢はないのだから。
もしも、ワグナーからの援軍要請を無視したらフォンターナ王国は配下を見捨てるような、貴族や騎士にとって仕える意義のない国と周囲にも配下にも思われてしまう。
そうなった場合、まだできて日が浅いフォンターナ王国にとっては結構致命的な失点となる。
ゆえに、救援に向かわなければならない。
こうして夏の終わりが近づいてきたころになって、新たな戦場へと向かうことになったのだった。
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