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決闘の行方

「シッ」


 周囲の観客が見ている中、腰から剣を抜き、そして振り切った。

 俺の口からわずかに漏れる息の音だけが不思議と周囲に響いた気がした。


『……な、ば、馬鹿な。お、俺の腕が!!』


 次の瞬間、こちらの出方を窺っていたイアンの左腕、その肘の先から血がほとばしった。

 巨人化したイアンの体は当然のことながら腕も太い。

 その丸太のような腕から、まるで冗談のように血が出続けている。

 ホースの先を押し潰して勢いよく水を出しているみたいだな、と不謹慎ながら思ってしまった。


『お、お前、なにしやがった……』


 イアンの眼が驚愕によって見開かれている。

 そして、その視線の先は俺がいた。

 どうやら、イアンは自分の身になにが起こったのか正確に理解していないらしい。

 いや、イアンだけではなかった。

 この場にいた多くの者にとって、今、俺がどんな攻撃を仕掛けたのか判別できていなかった。


 多分、俺が反対の立場ならイアンと全く同じリアクションをしていたのではないかと思う。

 もしかしたらさっきの一撃で死んでしまっていたかもしれないとも思った。

 なぜなら、俺はイアンの踏みつけの攻撃を受けて大きく後退して距離をとったのだ。

 そして、今もその場にいる。

 つまり、俺はイアンから離れた位置で剣を抜いて、そしてその場で剣を振っただけなのだ。

 なぜ、イアンの腕がすっぱりと切り落とされて地面に落ちているのか。


『イアン、死ぬなよ』


 だが、なにをしたのかという疑問に対して俺は答えなかった。

 命がけの戦いの最中なのだから特に咎められることはないだろう。

 むしろ注意喚起を促しているだけ、俺の優しさを感じ取ってほしい。


「シッ」


『が、ガアアァァァァアァァァ。お、俺の足がああああぁぁぁぁぁ』


 再び俺がその場から移動すること無く剣を振るった。

 その次の瞬間にはイアンの右足が肉体から切り離された。

 今度は俺からの攻撃を避けようとし、なおかつこちらへと肉薄して攻撃しようとしていたのだろう。

 俺が声をかけてから剣を振るまでに、イアンがこちらに向かって少し迂回しながら走り寄ってきているところだった。

 その最中に足が切り落とされた。

 するとどうなるか。

 体重を支えるはずの軸足を失い、巨体が大きく傾く。


 そのまま、地面に対して激突するかと思ったが、どうやらさすがに戦場で生活しているとすら言われるアトモスの戦士だ。

 たとえ、手足を失ってもその闘争本能は微塵も失われていなかった。

 バランスを崩して倒れかけたものの、右腕を近くにあった木について体を支える。

 決闘場として【整地】した場所の一番端に残っていた木を利用したのだ。

 そして、それだけではなくその木を腕一本でメシメシと音を立てながら根っこを引きちぎって地面から抜いてしまったではないか。


『ウオラアアアァァァァ』


 決闘の場として設定していた土地は多少広くとってはいたがそこまで大きなものではなかった。

 ゆえに、アトモスの戦士としての巨体とその手に持つ木のリーチは長かった。

 こちらに向かって走り寄ってきていた効果もあるのだろう。

 枝が生い茂った木の先は十分に俺のいる場所に届く、はずだった。

 あるいは木を前に突き出すことで、こちらの攻撃を見極め、防ぐ役割を期待したのかも知れない。


「シッ」


 だが、もう一度剣が振るわれる。

 すると今度はイアンの右腕が肩の根本から胴体と別れを告げた。

 木を握った右腕がすっぽ抜けたかのように明後日の方へと飛んでいく。

 さすがにこれを見てイアンもおかしいと思ったはずだ。


 今の俺の攻撃は明らかに当たるはずのないものだった。

 なぜなら引っこ抜いた木には多数の枝と葉が付いた状態で俺に向かって突き出していたのだ。

 普通ならば俺がなんらかの攻撃をした場合、どうしてもイアンの体に当たるよりも前に木にダメージが入っていないとおかしい。

 いわば、イアンの攻撃は木を盾にしながらのものだ。

 たとえ俺の攻撃が視認できないとしても、前に突き出された木が何らかの攻撃をもらったら分かるはずだ。

 その時は木を手放してでも回避しようと考えていたのかも知れない。


 だというのに、木に対しては一切の攻撃もなかった。

 枝どころか葉っぱ一枚すら切れていない。

 にもかかわらず、その後ろにあったはずのイアンの右腕は切り落とされた。

 まるで俺とイアンの体との間にそんな障害物となる木が存在しないかのように攻撃が命中した。


「シッ」


 片足を失いつつも木を抜いて振り回す攻撃を行ったイアンだが、その途中に腕ごと木が飛んでいったせいでさすがに立っていられなかったようだ。

 ブオンという音をたてるかのように体が回転しながら尻もちをついた。

 そこへ追撃をかける。

 四度目の攻撃の狙いは残った左足だった。

 太ももの先がスパッと切って落とされた。


 これでイアンは全身から両手両足を失うことになった。

 今もその切断面からは血が出ているが、筋肉に力を入れて締めているのか最初ほどよりも噴き出してはいないようだった。

 だが、イアンにできたのはそこまでだ。

 両手両足を失い尻もちをついたことで、さすがにすぐに次の行動は起こせなかった。

 というか、立ち上がることもできていなかった。


 周囲に静寂が訪れる。

 だれもが言葉を発せない。

 アトモスの戦士がここまで一方的な状況に陥るとは思っていなかったのか。

 あるいは、いまだに俺がなにをしたのか理解が追いついていないのか。


 なんといっても、観客の誰一人として俺がどんな武器を持っているかすら認識できていないというのが大きいのかもしれない。

 なぜなら、俺が持つ剣は剣の形をしていなかった。

 腰に吊るしていた鞘から抜き取った剣に剣身は無く、ただ柄のみを握っていたからだ。

 刃のない柄だけを振り回す少年の姿。

 まるで剣術ごっこをして遊ぶ小さな子どものようなふざけた状況と、しかしこれが現実であると証明するアトモスの戦士の切り飛ばされた手と足とそこから地面へと撒き散らされた多くの血がその場に広がっていた。


『イアン、死ぬなよ。次は首だ』


『ま、待て。俺の負けだ。負けを認める!!』


『勝負あり。勝者、戦士アルス。ここに決闘が終了したことを宣言する。双方武器を収めよ』


 イアンの降参の発言を受けて、立会人のタナトスが勝負の終わりを告げた。

 だが、俺はまだ剣を握ったままだ。

 タナトスはああ言ったが、この決闘の勝敗をほかのアトモスの戦士が認めるかどうか分からなかったからだ。

 もしかしたら、俺の勝ちが納得できないといって乱入してくる者がいるかもしれない。


 柄だけの剣を握りながら、周囲に目を向ける。

 だが、俺の心配しすぎだったのかもしれない。

 ほかにいたアトモスの戦士を含めて周囲の観客はみんなドン引きしていたからだ。

 当然、乱入するかもというのは俺の杞憂だったようで誰一人俺に近寄ろうとする者はいなかった。

 こうして、俺とイアンの決闘は俺の勝ちで幕を閉じたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 圧倒的じゃないか、、、
[気になる点] これもしや転移石とかを組み合わせて作った空間跳躍攻撃出来る剣か?もしそうなら戦争で無敵じゃん
[良い点] イアン、死ぬなよと事前に呼びかける 優しい [気になる点] イアン、死ぬなよ。次は首だ wwwwww [一言] 相手の気性を鑑みて意地張る間もなく一気にたたみかける脅し方にしたのだろうけど…
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