返還要求
『おい、お前がアルスだな。大地の精霊が宿りし偉大なる石を返せ』
『おい、イアン。お前何言っているんだ。アルスに謝らないか』
『止めるな、タナトス。我々にとって大地の精霊が宿りし偉大なる石がどれほど大切なものか、分からんお前ではないはずだ』
『だからこそ、やめろと言っている。アルスは奪われた大地の精霊が宿りし偉大なる石を取り戻して保護してくれたんだぞ。お前はアトモスの里にとっての恩人に対して唾を吐く気か?』
『なにが保護だ。ブリリア魔導国の奴らと同じだろう。我々にとって大切なものを奪っていったという点では同じではないか』
『だが、アルスがいなければ取り戻すこともできなかったのは事実だ。それにイアンは傷ついた体を治してもらった恩もあるだろう』
『それも俺は納得していない。我々アトモスの戦士にとって戦場でついた傷は勇敢に戦った証でもある。それをすべて消してしまうなど言語道断だ』
バリアントでスーラにバルカ米を預けて農業指導を依頼したときだった。
ドンドンと足音がしそうな感じで歩き近寄ってきたアトモスの戦士の一人が大声で俺に対して喚き立てている。
彼はイアンという名のアトモスの戦士だ。
まだ若く血気盛んといった印象を強く受ける青年だった。
彼はアトモスの里が襲撃を受けてブリリア魔導国に占領されたとき、遠くの場所で傭兵として雇われて戦場で戦っていたらしい。
アトモスの里が奪われたと知ったのはそれからかなり時間が経ってからだった。
傭兵としての雇用期間が終わり、すぐに里へと舞い戻ったときにはすでにブリリア魔導国の警備隊が配備されていて、そのときには魔導兵器もあったらしい。
で、単身で警備隊に挑んで返り討ちにあったという話は聞いている。
どうやら、アトモスの戦士はちょっと脳筋気味のやつらが多いのかもしれない。
これまでにバリアントに集められたアトモスの戦士たちはたいていが里を占領されたという話を聞いてすぐに動いたようなのだ。
たった一人で、あるいはたまたま一緒にいた数人という数の少なさで里を奪い返そうとして大きな代償を払うことになった。
一騎当千の力を持つアトモスの戦士は基本的に傭兵として雇われる際には多くても数人という少数なのだとしても、これはなかなかお粗末な話だと思う。
君たち何か示し合わせてそういう考えなしの行動をしたのか、と問いただしたくなるくらい同じような失敗をそれぞれがして返り討ちにあっていた。
結果として、まともに反攻作戦に出られることもなく、傷ついたアトモスの戦士は各地に散らばることになってしまったということになる。
まあ、あの岩の巨人を出す魔導兵器なる新型兵器がなければ、あるいはそれもうまくいっていたのかもしれない。
それほど、アトモスの戦士の強さというのはすごいのだ。
そして、自他ともに認めるその強さとその強さ故に自分の力でなんとでもなると考える性質をブリリア魔導国によって狙われた。
相手の戦略がよかったと褒めるしかないだろう。
そうして、イアンという戦士は傷を負いながらもなんとか逃げ延びて、周囲の村に隠れ潜んだ。
だが、その傷はライラと同じく非常に痛々しいものだった。
そのイアンを発見し、このバリアントに運ばれてきたのだが、そこで俺がタナトスに頼まれて傷を治したのだ。
かすり傷ひとつないくらいピカピカの新しいボティに復活させてやった。
しかし、どうやらイアン君はそれがお気に召さなかったに違いない。
まあ、重傷を負って意識がないイアンを治したので、あとからなにか言ってくるかもとは思っていたが、俺はまだ彼からお礼すら聞いていないのだけど。
『タナトス。イアンみたいに思っているやつは他にも多いのか?』
『ちょっと待ってくれ、アルス。イアンのやつには俺がしっかりと注意しておく』
『質問に答えてくれよ、タナトス。イアン以外にもアトモスフィアがバルカにあることに文句を言うやつは多いのかと聞いているんだけど?』
『……ああ。まあ、面白く思っていないやつは多いだろうな』
『そうか。こういう場合、アトモスの里ではどうやって意思統一していたんだ? 誰か里の長みたいな、アトモスの戦士たちに言うことを聞かせるやつがいたんじゃないのか?』
『戦士長だな。アトモスの里ではもっとも強いものが戦士長として里をまとめる。戦士長の言うことに異を唱える者がいたら、その者は力を示さなくてはならない』
『つまり、強いほうが偉いって考えなわけね。わかった。それじゃあ戦おうか、イアン』
『……あ? おい、お前。お前が俺と戦うって、今そう言ったのか?』
『そうだ。イアンが俺に勝ったらアトモスフィアは返してやるよ。ただし、俺が勝ったら今後二度とすべてのアトモスの戦士はそのことに文句を言うことは許さん。まあ、お前が俺に勝てる自信がないってんなら他のやつに代わりに戦ってもらうのも許そう』
『な、なめるなよ。俺を誰だと思っているんだ。いいぜ、やってやろうじゃないか。俺の強さを見せてやるぜ』
一筋縄ではいかないだろうと思っていたアトモスの戦士の処遇だが、やはりこうなったか。
まあ、自分の生まれ故郷の大切なものが知らぬ間に持ち出されていたとしたら怒るのは当たり前だろう。
が、もはやこっちもアトモスフィアを返すという選択肢は頭にはない。
あれがバルカニアにもたらした影響は大きく、そしてそれはこれからも変わらない。
こうして、俺は若く実力があるというアトモスの戦士と戦うことになったのだった。
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